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第106回 新型ダイハツタントの商品開発
2019.8.27

近年の軽自動車の販売台数、保有台数は目を見張るものがある。国内おける約8,200万台の保有台数のうち4割近くを軽自動車が占め、今年1~6月の新車登録台数のトップ10のうち6車種が軽自動車だ。その中でもトップ3のホンダN-BOX、スズキスペーシア、ダイハツタントはいずれもスーパーハイト系と呼ばれるもので、車評オンライン第103回でご紹介ずみの日産がGame Changer(軽市場を変革するモデル)として導入したニッサン デイズ、三菱 eK(イーケイ)ワゴンもこのカテゴリーのクルマだ。このたびフルモデルチェンジしたダイハツタントのプレゼンテーションを拝聴、試乗し、このモデルの開発にかけたダイハツの情熱に脱帽するとともに、急速に進む高齢化、地方の過疎化、過疎地域における公共交通機関の削減、先進国の中で突出した自動車税などを考えるとき、軽自動車はますますその重要性が増すことに疑問の余地はない。一方で、CASE(つながり化、自動運転、シェアリング&サービス、電動化)への対応を迫られる日本の自動車産業において軽自動車が今後どのように推移してゆくかを推察することは容易ではないが、日本独自の生活の糧として軽自動車の長期にわたる存続を模索することも必須かもしれない。

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タントX(自然吸気)

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タントカスタムRS (ターボ)

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ミラクルウォークスルーパッケージ

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初代ダイハツタントは2003年11月に導入され、1,725mmの全高とそれまでの軽にはなかった広大な室内空間と使い勝手により大ヒットとなり、"スーパーハイト系"という新ジャンルが確立した。その後ライバルメーカーからも続々と競合車が導入され、近年ではホンダのN-BOXが新車登録台数のトップを走り続けていることはご存じの通りだ。2007年12月に導入された2代目タントは助手席側Bピラーを廃止して、前後のドアを同時に開けると大きな開口面積が実現する「ミラクルオープンドア」を採用、さらには2013年10月には左右をパワースライドドアとし、先進・安全技術「スマートアシスト」を採用した3代目を導入、今回導入されたのが4代目で、タントの累計販売台数は200万台を超えている。

新型タントの開発目標
新型タントは「すべてのお客様にむけた新時代のライフパートナー」を目標に、潜在的なニーズを徹底的に掘り起こし、全てを一新したモデルとしたとのこと。
・ミラクルウォークスルーパッケージによる革新的な使い勝手
・次世代スマートアシストの、より進化した先進・安全技術
・新開発のプラットフォーム(DNGA)で実現した高い基本性能
・産学協同による健康な人から介護が必要な人まで高齢者に対する配慮

などがその特徴といえるだろう。車両本体価格帯は130万6800円~174万9600円、月間目標販売台数は12,500台だが、その商品魅力を鑑みるとかなり控えめな目標と言えそうで、ライバルメーカーの対応も含めて今後の販売台数の推移が興味深い。

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パッケージング
「ミラクルウォークスルーパッケージ」は、1,370mmの室内高と、運転席を最大540mmスライド可能とすることにより実現した「世界初」(ダイハツ調べ)の機能で、運転席と後席間の移動や、狭い路地、狭い駐車場、交通流の激しい路上などにおいて助手席側から運転席への乗り降りが可能になった。その発想に頭が下がるとともに、利便性はもちろん、安全性の向上も含めて多くの顧客にとって非常に大きな魅力となりそうだ。また助手席が半ドア時に自動でドアを全閉にしてくれるイージークローザー、降車時にインパネのスイッチを押すことで、クルマに戻った時にパワースライドドア―が自動オープンする「ウェルカムオープン機能」など軽自動初の機能が搭載されているのも魅力だ。

従来よりも細いAピラーによる良好な前方視界、フィット感、座り心地の良い前後シート、フルフラット化できる助手席、左右分割方式、ワンモーションで格納できる後席、手の届きやすい場所に設置された多様な収納装備など実に使いやすいインテリア―もいい。

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先進・安全技術
高齢者による事故の多発が話題になり、いつまで運転を続けるべきかと悩んでいる人が多い中で、次世代スマートアシストの、進化した先進・安全技術は非常に価値のある装備だと思う。従来からの「衝突警報機能」、「衝突回避支援ブレーキ」、「車線逸脱警報機能」、「先行車発進お知らせ機能」、「オートハイビーム」、「アダプティブドライビングビーム」(ハイビームで走行中に対向車を検知すると対向車の部分のみ自動で遮光する)、「ブレーキ制御付き誤発進抑制機能(前方、後方)」などの予防安全機能「スマートアシスト」に加えて、「全車速追従機能付きアダプティブクルーズコントロール」、「レーンキープコントロール」、軽自動車初の駐車支援システム「スマートパノラマパーキングアシスト」などの「スマートアシストプラス」が加わり、合計15の予防安全機能が採用された意義は大きい。

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DNGA
新開発プラットフォームDNGA(Daihatsu New Global Architecture)による高い基本性能も大きな魅力だ。操縦安定性、乗り心地の性能を最大限引き出すためにサスペンションアレンジを最優先で設計した上で、ボディー骨格を最適配置、衝突安全性、NV性能などの向上のため曲げ剛性を30%アップ、大幅な軽量化も実現したという。まず車両全体で80kgの軽量化をしたうえで、仕様・意匠の向上、基本性能の向上、安全性の向上などのため40kgを使い、結果的には従来タント比40kgの軽量化を実現しているが、このプラットフォーム(DNGA)は今後のダイハツの各種モデルにも活用されるとのこと。

今回さらにCVTにスプリットギヤを組み込むことで従来の「ベルト駆動」から「ベルト+ギヤ駆動」の世界初のCVT「D-CVT」を自社開発、さらに1サイクルに2回火花を飛ばすマルチスパークの採用や、燃料噴射方法の改良などにより燃焼効率を高めたエンジンの採用とも合わせて、加速性能や燃費の向上も実現している。

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産学共同プロジェクト
新型タントで是非触れておきたいのが、産学協同による健康な人から介護が必要な人までの、より多くの高齢者に対する垣根のない商品の充実だ。従来から昇降シート車、車いす移動車などの福祉車両を提供してきたダイハツだが、今回は標準車と福祉車両の垣根をなくすコンセプトを産学共同で開発した。「ラクマスグリップ」(助手席用と後席左右用の乗り降りをサポートするグリップ)、「ミラクルオートステップ」(ドアの開閉に連動して自動的に展開、収納する大型ステップ)、「ウェルカムターンシート」(レバー操作により助手席を30度回転して乗降しやすく機能)などはこれまでにない新機構だ。

新型タント短評
このような新型タントに千葉で短時間だが試乗する機会がもてたが、まずは他の軽はもちろん、5ナンバー、3ナンバー車でも体感することのできない室内居住性、室内の利便性に脱帽、「ミラクルウォークスルーパッケージ」のメリットは決して子育てファミリーに限るものではないことを実感することができた。動力性能は、自然吸気も不満のないレベルに仕上がっていたが、ターボモデルの走りは一段と良好で、全く不足のない走りを示してくれた。ステアリング・ハンドリングも良好で、ワインディングロード走行時のボディーのロールも抑制されており、スーパーハイト系を連想させないハンドリングに仕上がっていることを確認することができた。遮音も良好で、乗り心地も総じて悪くないが、14インチ装着車の場合、転がり抵抗を重視したタイヤのためか、路面からの突き上げがやや気になったので今後の改善を期待したい。試乗後ホテルの駐車場でダイハツの方がデモしてくれた駐車支援システム「スマートパノラマパーキングアシスト」も非常に操作が簡単で、しかも価格が7万円強と大変リーズナブルなのもいい。その他の先進・安全技術も含めて、家族にハンドルを委ねる場合はもちろん、高齢化が進むドライバーの安心感にも大きくつながるだろう。最後に内外装デザインに一言触れておこう。コンセプトは「タント・ゼロ」(ダイハツらしさ、タントらしさをゼロから見直そう)というもので、外観スアイルは、親しみやすく、洗練されたスタイル、インテリアデザインは居心地の良さと上質感を目指したようだが、各社のスーパーハイト系のモデルの外観スタイルはあまりにも近似しすぎており、タントならではの個性を出すために、タント、タントカスタムとも、もう一歩頑張って欲しかったというのが正直な感想だ。

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執筆者プロフィール

1941年(昭和16年)東京生まれ。東洋工業(現マツダ)入社後、8年間ロータリーエンジンの開発に携わる。1970年代は米国に駐在し、輸出を開始したロータリー車の技術課題の解決にあたる。帰国後は海外広報、RX-7担当主査として2代目RX-7の育成と3代目の開発を担当する傍らモータースポーツ業務を兼務し、1991年のルマン優勝を達成。その後、広報、デザイン部門統括を経て、北米マツダ デザイン・商品開発担当副社長を務める。退職後はモータージャーナリストに。共著に『マツダRX-7』『車評50』『車評 軽自動車編』、編者として『マツダ/ユーノスロードスター』、『ポルシェ911 空冷ナローボディーの時代 1963-1973』(いずれも三樹書房)では翻訳と監修を担当。そのほか寄稿多数。また2008年より三樹書房ホームページ上で「車評オンライン」を執筆。

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車評 軽自動車編
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