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第103回 BMW M850i xDrive Coupe
2019.5.27

「ブランドマネージメント」という観点で見たとき、BMWは世界的にみても、先端をゆく企業の一つだ。4月半ばに箱根で試乗したのはBMW M850i x Drive Coupeだが、カブリオレや、ディーゼルバージョンはすでにアナウンスされており、4ドア版の導入も行われる可能性が高く、新型8シリーズはBMWブランドの牽引車になるものと言っていいだろう。BMW M850i x Drive Coupeは「究極の美しさと速さを追求することによりラグジャリークーペの再定義を目指した」とのこと、以下試乗時の印象をご報告したい。

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新型8シリーズクーペの開発にあたっては、まず内外装デザインの面で「ラグジャリーとは何か?」を突き詰めたという。「ラグジャリー」の概念は国により、人により大きく異なるが、共通しているのはプライベートの時間がますます重要視されてきていることと、クルマが今や車輪のついた個室ともよべる存在になりつつあり、人々はリビングルームと同じように、「五感が喜ぶ」、「感性を駆り立てる」、「質感の高い」ものに囲まれたいと思っているため、内装の造形、素材、触感などが非常に大切な要素になってくるとともに、外観スタイル上もそれらの要素が非常に重要と考えて開発された結果が今回の8シリーズクーペだ。

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外観スタイル
外観スタイルは、伝統をふまえながらも、左右が一体化され低めに配置されたBMWデザインの最大のアイコンであるキドニーグリルを含むフロント周り、優雅なボディーライン、ダブルバブルルーフと、のびやかなルーフライン、官能的な斜め後ろからの見栄え、シンプルで精密なキャラクターラインなどにより、スポーティーな力感と高級感が非常にうまくつくり込まれている。特にリヤクオーター周りの造形は魅力的で、今回BMWとトヨタが共同開発したZ4ベースのトヨタスープラクーペの外観スタイル、中でもリヤ周りがどうしてもなじめないのとは対照的だ。BMWでは現在世界の4拠点で700名を超えるデザイナーたちがアイディアを競い合える環境にあるという。

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内装デザイン
内装デザインも造形こそ控えめだが、スポーティーで質感あふれる、ラグジャリーなものとなっている。限られた後席居住性は賛否両論あろうが、後席を倒した場合のラッゲージスペースはかなり大きく、二人での長距離ドライブには全く不足ないスペースが確保されている。また新たに採用された「BMW Operating System7」という表示、操作コンセプトは、10.25 インチのコントロール・ディスプレイと、速度、回転数を表示する左右のメーターの間にNAVIマップの一部が表示される12.3インチのフル・ディジタルメーターパネルから成り立っている。ただし個人的には速度計、タコメーターが円形でないこと、ステアリングホイールの握りがやや太すぎることは気になった。

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圧倒的な動力性能
BMWの目指す「ラグジャリー」にとって「ダイナミック&スポーティー」であることも非常に大切な要素で、内外装デザインの「ラグジャリー」に加えて「ダイナミック&スポーティーな走り」も圧巻だ。530ps/5,500-6,000rpmの出力と750Nm/1,800 rpm-4,600rpmのトルクを発揮する新開発の4.4L V8ツインスクロールツインターボエンジンを搭載、8速AT、前後輪の駆動トルクを素早く無段階に可変するインテリジェント4WD、リアアクスルの電子制御ディファレンシャルロックなどが組み合わされ、走り始めた瞬間から圧倒的な加速性能を発揮するとともに、コーナーからの脱出時に安心して加速が可能で、箱根ターンパイク周辺道路で存分に走りを楽しむことができた。0-100km/hはわずか3.7秒とのことだが、最高トルクが1,800 rpm から期待できるのも大きな魅力だ。

フラップ制御式スポーツエキゾースト・システムによるスポーティーで官能的な排気サウンドもいい。このクルマの開発にあたってはニュルブルクリンクを始めとするサーキット走行を通じて徹底的に鍛え上げられたようだが、一方で市街地走行、低速走行も決して不得意ではなく、今回体験は出来なかったが、渋滞もあまり苦にならなそうだ。ゆったりとした市街地ドライブ、カップルでのロングドライブ、箱根のようなワインディングロードでの活発な走り、更にはサーキットランまで非常に幅広く運転することを楽しめるクルマに仕上がっている。

高出力エンジンに加えて、2トンを切る車重(1,990kg)に収まっていることもこのクルマの動的性能に大きく貢献していることに疑問の余地はない。ボディーパネルの大半がアルミで、リアフェンダー周辺のみに深絞鋼板(冷間での良好な加工性を重視して製造された薄鋼板)を使用、センタートンネルをカーボンファイバー製にすることなどにより軽量化がはかられている。

軽快で安定した走り
アクティブMサスペンション・プロフェショナルは、従来のダンパーに加えて電子制御アクティブスタビライザーを装備することにより、ロール特性を調整し、高速コーナリングだけではなく、一般道での快適なクルージングも実現しているとのこと。またインテグレイテッド・アクティブステアリングと呼ぶ4輪操舵システムにより最小回転半径を5.2mに抑えて取り回しの良さと俊敏性を高めるとともに、車線移行や高速コーナリングの安定性を高めているとのことだが、今回の箱根ターンパイク周辺での試乗で、ハンドリングが実に軽快で、低速、高速コーナリングも含めてあらゆるコーナーを安心して楽しく走れることに感銘した。

ブレーキも非常にリニアーで満足のゆくコントロール性をそなえている。加えてロードノイズ、路面からの突き上げも驚くほどよく抑えられており、快適性という面からも大変好ましいクルマに仕上がっている。今回の試乗では箱根ターンパイクに加えて湯河原方面へのワインディングロードも走ることができたので、このクルマのポテンシャルをかなり広範囲に体感することができたが、早いだけではなくこれほど安心して快適に走ることができる競合モデルは現時点他には思いあたらない。

最先端の運転支援システム
加えてこのモデルには各種の最先端の運転支援システムが標準装備されている。「ストップ&ゴー機能付きアクティブ・クルーズコントロール」、「車線変更警告システム」、「ステアリング&レーンコントロールアシスト」、「サイドコリジョン・プロテクション」、「事故回避ステアリング付き衝突回避・被害軽減ブレーキ」、「クロストラフィック・ウォーニング」などがそれで、加えて「パーキング・アシスタント」には「リバース・アシスト」という機能が初めて採用されているが、これにより直前に前進した最大50mまでを記憶し、その同じルートをバックで正確に戻ることが可能になったという。

BMWブランド戦略上のかなめに
試乗車の価格は税込みで¥18,608,000(車両本体価格は¥17,140,000)と決して安くはないが、ブランドスローガン「駆け抜ける喜び」をまさに実現したモデルに仕上がっており、ポルシェはもちろん、フェラーリ、ランボルギーニ、マセラティなどとはかなり異なったモデルであり、考えようによっては高くないといえそうで、BMWブランド戦略上も貴重な役割を果たしてゆくことになるだろう。

またすでに3ℓクリーンディーゼル(319ps、680Nm、価格は1237万円)、カブリオレが追加され、追って3ℓ直6エンジン(340ps)や4ドアグランクーペも追加導入される可能性は大きく、シリーズ全体でどのくらいの販売台数となるか非常に興味深い。機会があればポルシェなどとの同時比較をしてみたいが、かなり性格の異なる乗り味に仕上がっていることは間違いない。

日本車もブランド&商品戦略の強化が必須
自動運転、EV化の加速、若者のクルマ離れ、中国市場の急速な拡大などを考えるとき、日本の自動車産業は少なくともこれまでは品質、生産性、一部の環境技術などで世界をリードしてきたことは間違いないが、一方で世界をリードできるデザインは少なく、ターゲットカスタマーやコンセプトも明確でないクルマが多く、人とクルマの素敵な関係という視点から見た場合の欧州車との格差はむしろ拡大しつつあると言っても過言ではない。左脳型のクルマづくりがますます拡大し、プレミアムカーづくりでは欧州メーカー、自動運転ではシリコンバレーとのギャップがむしろ拡大しているのが現状だ。その意味からも日本車のブランド&商品戦略の強化は必須の課題であり、BMWのブランド&商品戦略を学ぶことは非常に価値があると思う。

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執筆者プロフィール

1941年(昭和16年)東京生まれ。東洋工業(現マツダ)入社後、8年間ロータリーエンジンの開発に携わる。1970年代は米国に駐在し、輸出を開始したロータリー車の技術課題の解決にあたる。帰国後は海外広報、RX-7担当主査として2代目RX-7の育成と3代目の開発を担当する傍らモータースポーツ業務を兼務し、1991年のルマン優勝を達成。その後、広報、デザイン部門統括を経て、北米マツダ デザイン・商品開発担当副社長を務める。退職後はモータージャーナリストに。共著に『マツダRX-7』『車評50』『車評 軽自動車編』、編者として『マツダ/ユーノスロードスター』、『ポルシェ911 空冷ナローボディーの時代 1963-1973』(いずれも三樹書房)では翻訳と監修を担当。そのほか寄稿多数。また2008年より三樹書房ホームページ上で「車評オンライン」を執筆。

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