三樹書房
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第30回 スバルBRZ
2012.6.27

2012年4月から販売が開始された今話題のトヨタ86/スバルBRZに試乗する機会を探していたが、5月末軽井沢で、元マツダロードスターの主査で現在は大学教授の貴島さん、軽井沢在住の歯科医で、テレビ信州で自動車番組を実現、クルマへの造詣の大変深い岩崎さん、三樹書房の小林社長らとの、スバルBRZ、マツダロードスター、スズキスイフトスポーツの同時比較評価を企画、今回はまず私のBRZに対する率直な感想を、次回はこの3車の簡単な比較と、貴島さん、岩崎さんを交えてのスポーツカー談義の様子をお伝えする予定だ。BRZは、改善希望点はあるものの、運転の楽しさという点で称賛に値するクルマに仕上がっており、他社への刺激、若者のクルマ離れに対する歯止め、低迷したスポーツ・スポーティーカー市場の活性化の糸口となることを期待したい。

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・試乗車グレード S(6MT)
・全長 4,240mm
・全幅 1,775mm
・全高 1,300mm
・車両重量 1,230kg
・エンジン 水平対向4気筒DOHC16バルブ 
・排気量 1,998cc
・最高出力 200ps(147kW)/7,000rpm
・最大トルク 20.9kgm(205N・m)/6,400~6,600rpm
・変速機 6速MT
・タイヤ 215/45R17
・燃料消費率 JC08モード燃費 12.4km/L
・車両本体価格 2,793,000円(税込)

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まずは86/BRZの誕生に拍手
まずはトヨタ、スバルの協力により86/BRZが実現したことに対して心から拍手を送りたい。日本には半世紀を優に超えるスポーツ・スポーティーカーづくりの歴史があり、1990年には10万台を超えるスポーツカーと30万台を超えるスポーティーカーが国内で販売されたが、近年は両方合わせても1万台そこそこだ。このような極端に低迷したスポーツ・スポーティーカー市場であるが故に、トヨタ独自でもスバル独自でも実現することはできなかったと思われるこの全く新しいFRスポーツカーの登場の意義は大きい。

スポーツカーは多くの場合安定市場への参入ではなく、リスク覚悟の提案型商品であるとともに、収益性評価に加えて、話題性喚起、ブランドへの貢献、さらには若者のクルマ離れへの効果なども考慮にいれることが必要であり、86/BRZが刺激となって各メーカーにおけるスポーツ・スポーティーカー開発に再度拍車がかかることを期待したい。なぜならばスポーツ・スポーティーカーは「右脳へのアピール」が最も大切な車種であり、それらの車種の開発が、ジャンルを超えて日本車の今後の生き残りのキーファクターになると私が繰り返し主張している「右脳にアピールするクルマづくり」を加速すると確信するからだ。

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満足のゆく動力性能と燃費
BRZでまず高い評価を与えたいのが2リッター水平対向エンジンによる「性能と走り感」だ。ボア×ストロークのいずれもが86mm、12.5という高い圧縮比のエンジンにトヨタのD-4Sという直接噴射とポート噴射を最適に制御する次世代燃料噴射システムが組み合わされ、低速から高速までの広範囲な速度領域で自然吸気の2リッターエンジンとは思えない気持ちの良い走りを示してくれる。中でも高速巡航中の加速がいい。また「サウンドクリエーター」による吸気サウンドの車内への導入もマツダロードスターよりずっと効果的で、かなり低い回転数、小さなスロットル開度でも魅力的なエンジンサウンドを提供してくれるのがうれしい。6速MTの操作性、節度感も満足できるレベルだ。燃費は碓井峠を使ったスポーツ走行では11.4km/L、軽井沢周辺の一般路と東京までの高速を合わせて13.2km/Lと、いずれもロードスター、スイフトスポーツ(1.6Lエンジン)と全く遜色なく、車両サイズ、重量、動力性能などを考えると満足のゆくレベルだ。

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曲がる、止まるも気持ちいい
ステアリング・ハンドリングの気持ち良さも抜群だ。高速直進性、安定性は良好で、直進時にステアリングに舵角を与えた時のロールの抑えられたクルマの動きも大変気持ちいい。また碓井峠のような屈曲路をそれなりの速度で走り抜けるときのハンドリングも、舵角に対するクルマの動きがリニアで気持ち良く、ブレーキの良好な操作感、効きとともに、スポーツ走行の楽しさを十分に味わうことができた。フロントフェンダーの盛り上がりも形状が「セクシー」とは言い難いが、コーナリング中のクルマの姿勢を把握する上でうれしい。プリウスと同じタイヤだがグリップに不足を感じるシーンはなく、またコーナリング中のシートのホールド性にも満足した。唯一疑問を感じたのが、BRZのカタログによるとヒール&トーに適した「アルミパッド付きスポーツペダル」がタイプSには標準装備となっているはずなのに、試乗車には写真のようなアクセルペダル(AT用? 86の「Product Notes」のMT車にも同じ形状のペダルが!)が装着されており、ヒール&トーがやりにくかったことだ。

市街地での乗り心地は要改善
高速、ならびに良路のスポーツ走行では全く苦にならない乗り心地だが、ダンパーの微小ストロークの作動に起因してか軽井沢市街や都内の凹凸路での乗り心地は許容範囲を超えており、是非とも改善を期待したい。スポーツカーといえども高速道路やワインディングロード走行よりも低速の市街地凸凹路を走る機会の方がはるかに多いのが現実だからだ。凸凹路での乗り心地という点も総じて欧州車の方が優位で、スズキスイフトスポーツ、マツダCX-5でも同様な批判したように、日本の自動車メーカーの開発エンジニアには日本のリアルワールド、中でも常態化している舗装悪路での評価をもっと大切にしてもらいたいと思うのは私だけではないはずだ。

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実用性は合格点
BRZは2+2で、前席の居住性には全く不満はないが、私が適切なドライビングポジションを設定した後席には子供ですら乗車は不可能で、助手席後方に人に乗ってもらうには助手席を一番前に移動する必要があり、緊急時の3人乗りが限界だろう。ただし後席の折りたたみ機構は便利で、スポーツカーとしては例外的な積載性が確保されている。惜しむらくはリアシートが2分割されていないことで、もしも2分割されていれば、夫婦と子供に加えてかなりな荷物を積載でき、一家での長距離ドライブもやりやすいはずだ。狭い駐車スペースで限られた角度しかドアが開けられない場合のドアの足抜きも良好とは言えないが、実用性に関しては総じて十分に合格点が与えられる。

艶めきが十分とはいえない外観デザイン
外観スタイルは正直言って艶めき(セクシーさ)が十分とはいえない。フロントの顔つきはBRZの方が86より好きだが、テールランプ、リアフェンダー周り、フロントフェンダーの盛り上がりなど細部にわたる面の練り上げが十分とは言えず、結果として「十分に艶めきのある」(Alluring, Emotional, Sexy)デザインだとは言い難いのが大変残念だ。

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内装デザインには?マーク
内装デザインにはそれ以上に大きな?マークを付けざるを得ない。造形、カラー、素材感などに起因し、内装にとって非常に重要なファクターである"Inviting to Drive"、"Quality Feel"のいずれもが私の眼には低くしか映らないからだ。またアナログの速度計も疑問だ。理由はメーターのサイズに加えて、260km/hまでの表示という意味のない速度領域が災いして、文字が小さすぎて走行中に速度を把握することが困難で、ディジタルメーターしか使いものにならないからだ。是非ともアナログ速度計の視認性を改善してほしい。

BRZの評価を一言でいえば
「車評」プロジェクトで設定した評価項目の中で、「運転の楽しさ」、「性能&走り感」、「ステアリング&ハンドリング」、「ブレーキング」、「室内居住性」、「利便性、使い勝手」、「実測燃費」などには高い評価を与えることができ、総じて魅力的なスポーツカーに仕上がっているが、「乗り心地」、「内装デザイン」、「全体の質感」には高い評価が与えられないのが残念だ。

全国ジムカーナイベントの開催を
最後に、ミニマムな経済的負担で走りを楽しめる86/BRZのためのイベントを日本中に広げてほしいと思うのは私だけではないだろう。間違っても公道でのドリフト走行は推奨できないし、サーキット走行は敷居が高くコストもかかるので、お勧めは自動車練習場やちょっとしたパーキングスペースがあれば実現でき、参加費用が安く、リスクが低く、タイヤの損傷も限られ、運転技量の向上にも役立ち、クルマ好きを養成するのに最適なジムカーナだ。スポーツカー市場の活性化、若者のクルマ離れへの一策として考えるならば、全国各地で高い頻度で開催してもその費用たるや微々たるものだ。


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執筆者プロフィール

1941年(昭和16年)東京生まれ。東洋工業(現マツダ)入社後、8年間ロータリーエンジンの開発に携わる。1970年代は米国に駐在し、輸出を開始したロータリー車の技術課題の解決にあたる。帰国後は海外広報、RX-7担当主査として2代目RX-7の育成と3代目の開発を担当する傍らモータースポーツ業務を兼務し、1991年のルマン優勝を達成。その後、広報、デザイン部門統括を経て、北米マツダ デザイン・商品開発担当副社長を務める。退職後はモータージャーナリストに。共著に『マツダRX-7』『車評50』『車評 軽自動車編』、編者として『マツダ/ユーノスロードスター』、『ポルシェ911 空冷ナローボディーの時代 1963-1973』(いずれも三樹書房)では翻訳と監修を担当。そのほか寄稿多数。また2008年より三樹書房ホームページ上で「車評オンライン」を執筆。

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車評 軽自動車編
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