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論評23 モーターショーで興味を抱いた5台
2012.1.14

前報では「世界一のテクノロジーモーターショーを目指した」はずの昨年のモーターショーは大変残念ながら、日本メーカーの展示の質の低さ、新商品や新技術の提案の乏しさ、心高まるデザインや夢をかきたててくれる提案の少なさなど、今後の日本の自動車産業の厳しさを予見させるようなものであったと報告したが、興味を抱くに値するクルマが1台もなかったわけではない。今回は展示車の中から私が興味を抱いたクルマ5台を抽出し短評を加えたい。

その前に私が新商品を評価する場合の評価軸をざっとみてみると、①商品コンセプト(誰のために、どのような価値を提供するために開発された商品か?)、②デザイン(ブランド、商品コンセプトにマッチした斬新で魅力的な内外装デザインか?)、③テクノロジー(安全、環境、資源などへの対応に加えて、走り、快適性、走りの楽しさなどの目標を実現するためのテクノロジーは?)ということになる。トヨタが標榜しているFun to Drive Againに期待はしたいが、それは納得性の高い商品コンセプトと、心を捕まえて離さないデザインがまずあっての上であることはいうまでもない。以下は今回私が興味を抱いた5台の短評だ。(アルファベット順)

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アウディA1 スポーツバック
東京モーターショーがワールドプレミアとなったのがA1の5ドアハッチバックで、地球にやさしい小型車への乗り換えを考えるときの納得性を十分に備えたコンパクトカーだ。日本市場に1年前から導入されている3ドアハッチバックよりはるかに顧客層が広がるとみていいだろう。内外装デザインや細部にわたる質感などがこれまでの日本のコンパクトカーにはない上質な仕上がりを見せており、日本メーカーにもぜひ関心を持ってもらいたいプレミアムコンパクトカーの1台だ。地球にやさしいクルマへ乗り換えるうねりの、一つのきっかけとなっても不思議はない。日本に導入されるエンジンは1.4Lの直噴ターボとなるようだが、遠からず是非試乗してみたいクルマだ。

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シトロエンDS5
今回のモーターショーには期間中に5回も訪れたが、毎回心躍らされたのがこのクルマだった。ダイナミックで美しく個性的なフロント、サイド、テール周りのデザインは大変魅力的で、加えてユニークで質感に富んだ内装やシートデザインにも思わずうならされた。カテゴリー的にはセダンでもステーションワゴンでもない4人乗りのグランドツアラーとよばれるもので、日本市場むけのDS5は1.6Lの直噴ターボとなるようなので、走りと燃費のバランスにも期待できそうであり、導入が待ち遠しい数少ないクルマの1台だ。昨今の多くの日本車を顧みるとき、このようなコンセプトならびにデザインの挑戦がほとんど見られないのは何としても残念であり、日本メーカーの人たちにも是非注目してほしい。

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ダイハツD-X(ディークロス)
ダイハツのブースはお隣のトヨタのブースよりはるかに好感がもてたが、中でも新しい軽スポーツのコンセプトカーD-Xは是非実現してほしい1台だ。日本は今や「スポーツカー冬の時代」と言ってもいいが、その大きな要因がメーカーの努力の欠如にあることは否定できない。当初は限定された台数のはずだったコペンが予測を上回る成功をおさめたダイハツだからこその挑戦だ。デザイン上はまだ手を入れる余地が残されているとは思うが、男性的な造形には好感が持てる。スポーツカーで最も大切なことは常用領域での運転の楽しさにあることは言うまでもないが、新開発の2気筒直噴ターボによる走りと燃費には期待がもてそうだ。また2気筒の振動に対してダイハツがどう取り組むかには大いに興味がある。

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マツダ「雄」(たけり)
昨今の日本車のデザインに対する危機感は繰り返し述べてきたが、その中での一筋の期待は「鼓動」とマツダが呼ぶ新しいボディーラングェージ(造形)だ。「しなり」というコンセプトカーをベースにした躍動感あふれるデザインの「雄(たけり)」は次世代のアテンザとして遠からず市場に登場するようで、新しいスカイアクティブディーゼル版もCX-5に続き国内にも導入されるものと思われるので大いに期待したい。今回内装デザインをじっくりと観察する機会が持てなかったが、日本車共通の課題でもある内装デザインも大幅に刷新されているはずだ。残念ながら現在の日本市場におけるアテンザクラスのセダンの市場が非常に限られているので、この「鼓動」デザインが次世代のアクセラやデミオに1日も早く採用されるのを待ちたい。

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VWクロスクーペ
今回VWが世界で初めて発表、VW側の都合によりショー期間中の前半しか展示されなかったのが4ドアクーペとSUVのクロスオーバー「クロスクーペ」だ。SUVというオフロードを前提にしたジャンルが次第にクロスオーバーといわれる混血種に移行している現在、大いに興味をそそられる1台だ。展示車は直噴ターボエンジンをフロントに、2個のモーターをリアに配置したプラグインハイブリッドコンセプトカーだが、直噴ターボエンジンだけのバージョンが先に導入されても全く不思議はない。BMWX6のように余りにも大きな図体のクーペ風クロスオーバー車には全く共感できないが、VWクロスクーペはそれよりはるかにコンパクトであり、ティグアンに比べて多少ユティリティーが犠牲になっても、新しいクロスオーバーとして市場に定着してゆく可能性を秘めていると思う。ただしフロントグリル周りにはデザイン上もっと新鮮な挑戦が欲しい。

今回のショーに展示された国内メーカーの各種コンセプトカー(ニッサンのEVスポーツ エスフロー、トヨタの燃料電池車FCV-R、ホンダのPHV AC-XやEVスポーツ、三菱PX-MiEV、スバルのアドバンスツアラーなど)や、各種新型量産車(トヨタ86/スバルBRZ、レクサスGS、三菱ミラージュ、スバルインプレッサ、ホンダN BOXなど)のどれをとってみてもコンセプト上、デザイン上で心に残るものが少ないのが実に残念だったが、原因は果たしてどこにあるのだろうか? 「若者のクルマばなれ」をうんぬんする以前に、もしかするとメーカーのトップや、商品づくりに携わる人たちのクルマに対する夢や情熱が低下してきているのではないか? あるいはクルマという商品を単なるビジネスとしてとらえる風潮が拡大しているのではないか? 本来クルマが好きで自動車メーカーに入った若者たちのクルマに対する夢や情熱を育むことを、上層部が、あるいはもろもろの社内の仕組みや制約が阻害しているのではないか、などと考えてしまうのは私だけだろうか?

極端な円高と日本市場の低迷故に、日本メーカーが海外市場を向かざるを得ないことは避けられないし、日本では多くのユーザーがクルマを単なる移動の手段としてみており、若者のクルマ離れも急で、日本市場に向けた魅力的な新商品が出しにくいのは紛れもない事実だが、日本が依然として重要な市場であることには変わりはない。クルマへの関心のある日本の人たちから期待をもって迎えられる商品を積極的に提供してゆくことが日本市場の活性化にとって必須であり、それは日本メーカー各社の責務でもある。次回の「車評オンライン」では日本自動車輸入組合が毎年大磯で開催してくれる試乗会の結果をご報告したい。ただし上記のアウディA1スポーツバックやシトロエンDS5が残念ながらまだ試乗車リストには含まれていないことは事前にお断りしておきたい。


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執筆者プロフィール

1941年(昭和16年)東京生まれ。東洋工業(現マツダ)入社後、8年間ロータリーエンジンの開発に携わる。1970年代は米国に駐在し、輸出を開始したロータリー車の技術課題の解決にあたる。帰国後は海外広報、RX-7担当主査として2代目RX-7の育成と3代目の開発を担当する傍らモータースポーツ業務を兼務し、1991年のルマン優勝を達成。その後、広報、デザイン部門統括を経て、北米マツダ デザイン・商品開発担当副社長を務める。退職後はモータージャーナリストに。共著に『マツダRX-7』『車評50』『車評 軽自動車編』、編者として『マツダ/ユーノスロードスター』、『ポルシェ911 空冷ナローボディーの時代 1963-1973』(いずれも三樹書房)では翻訳と監修を担当。そのほか寄稿多数。また2008年より三樹書房ホームページ上で「車評オンライン」を執筆。

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ポルシェ911 空冷・ナローボディーの時代 1963-1973
車評 軽自動車編
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