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第115回 1973年、Can-Amを席巻したポルシェ917/30
2022. 2.28

 ポルシェのファイルを見ていたら、「AUTOCAR」誌1974年5月11日号に載った、「1100bhp, 240mph – Mark Donohue, CanAm Champion (Ret’d) talks about the birth, the life and the death of the wourld’s fastest racing car: the Porsche 917/30. By Ray Hutton」のタイトルが付いた記事の切り抜きが出てきた。

 当時人気のカンナム(Can-Am)シリーズ(Canadian-American Challenge Cup)にポルシェが投入、ターボバージョンの共同開発とレース運営はペンスキー・レーシング・チーム(Penske Racing Team)に委託したマーク・ドナヒューの917/30は、1973年シーズンの初戦のモスポート(Mosport)7位、第2戦ロードアトランタ(Road Atlanta)2位で、優勝は先輩の917/10であったが、第3戦ワトキンスグレン(Watkins Glen)から最終の第8戦リバーサイド(Riverside)は6連勝と向かうところ敵なしであった。しかし、第7戦ラグナセカ(Laguna Seca)開催の3日後の10月17日に発生した第1次オイルショックの影響を受け、1974年シーズンには燃費規制が導入され、1レースに使える燃料は73USガロン(276L)となり、燃費1.5mpg(0.64km/L)(別の資料では1.04~1.18km/L)の917/30では177kmしか走れず、200mile(322km)前後のレース距離を完走できず、ワークス活動を中止してしまった。わずか1シーズンの活躍であったが、1100馬力、最高速度385km/hのモンスターの存在は刺激的であった。

 上の3点は「AUTOCAR」誌1974年5月11日号に載った記事。1973年最終戦の前日にマーク・ドナヒューにインタビューした内容をもとに書かれている。ドライバーであり優秀なエンジニアであったドナヒューはチューニングに大きくかかわっていたことが読み取れる。エンジンは5374cc空冷水平対向12気筒ツインターボ1100bhp/8000rpm、1098Nm(112kg-m)/6400rpmを積む。5.4リッターのエンジン出力は、ターボのブースト圧1.3気圧(atm)では1100馬力であったが、ブースト圧を1.7atmに上げると1200馬力、テストベッドで2.2atmに上げると1560馬力を記録したとある。アルミ製マルチチューブラーフレームの重さはわずか133ポンド(約60kg)。

 Can-Amのチャンピオンであり、世界チャンピオンの可能性もあると言われたマーク・ドナヒューであったが、1973年のCan-Amを最後にレースから引退した。1975年、アラバマ州のタラデガ・スーパースピードウェイで、クローズドコースのスピード世界新記録を樹立。917/30の姉妹車で平均速度355.848km/hを達成している。この速度を達成するために12気筒の出力を特別に1,230馬力まで高めていた。(Photos:AUTOCAR)

 上の3点はマーク・ドナヒューのポルシェ917/30。ポルシェは1972年に917/10を投入してCan-Amシリーズのタイトルを獲得したが、1973年には917/30を投入して驚異的な戦績を残した。1972年11月にホイールベース検討用にホイールベースの調整可能なスペースフレームを持つテストカーが作られ、ヴァイザッハのサーキットでテスト走行を行った後、シュトゥットガルト大学で風洞実験を行い、南フランスのル・カステレにあるポールリカール・サーキットでテスト走行を行った結果、ホイールベースは917/10より184mm長い2500mmが採用され、安定性が増したという。サイズは全長4562mm、全幅2085mm、全高730mm、トレッド 前/後1670mm/1564mm、空車重量845kg、燃料タンク容量400L。加速性能は0-200km/h5.4秒、0-300km/h約11秒であった。(Photos:Porsche AG)

 1973年シーズンCan-Amの最終戦リバーサイドでの勝利を記念して発行されたポスター。1位はマーク・ドナヒューの917/30ターボ、2位、3位を917/10ターボが占め、ポルシェが1-2-3フィニッシュを達成している。マーク・ドナヒューが追い越しているのは、3周遅れで6位となったロバート・ペッカム(Robert Peckham)のマクラーレンM8C。(Photo:Porsche AG)

 1973年のCan-Amシリーズを終え、優秀な戦績を残したポルシェが発行したポスター。最終順位は1位がマーク・ドナヒューの917/30ターボ、2,3,4,6位を917/10が占めている。(Photo:Porsche AG)

◆ Can-Amへの挑戦:ポルシェ917PAスパイダー

 1969年のジュネーブ・モーターショーに登場した4.5リッターのポルシェ917は、それまで2.2リッターの907を走らせていたポルシェにとって大きな飛躍となった。ポルシェはアメリカで非常に人気の高いPan-Amレースへの参戦を視野に入れ、917スパイダーを開発した。ツッフェンハウゼンで4.5リッター空冷水平対向12気筒自然吸気580bhp/8400rpmエンジンを搭載したユニットが2台製作され、1台はジョー・シファート(Jo Siffert)が1969年シーズンCan-Amシリーズ第5戦ミッド・オハイオから最終の第11戦テキサスに参戦、最終的に総合4位入賞を果たした。このクルマは917PAスパイダーと呼ばれるようになった。PAは当時のアメリカにおける販売会社であるポルシェ+アウディの頭文字をとったものである。

 もう1台はテストカーとして使用され、1971年にはフェルディナンド・ピエヒ(Ferdinand Piëch)の指示によって開発された、6.5リッター空冷水平対向16気筒自然吸気755馬力というポルシェ史上最強の自然吸気レース用エンジンのテストカーとなった。同じころ、12気筒のターボエンジンも製作され、16気筒エンジンより50kg軽い270kgだが、4.5リッターの排気量から850馬力を発生し、同クラスを大きく凌駕した。これを機に、エンジニアたちはポルシェのターボテクノロジー開発に専念し、16気筒の917スパイダーは実戦に参加することなく博物館入りとなってしまった。

 1970年シーズンにはジョー・シファートは17位、1971年シーズンは4位で、相変わらずマクラーレンが上位を独占、1971年にはジャッキー・スチュワート(Jackie Stewart)がローラT260で3位となっている。

 Can-Am挑戦のために作られたポルシェ917PAの最初の姿。(Photo:Porsche AG)

 1969年Can-Amシリーズ第10戦リバーサイドにおけるジョー・シファートの917PA。スポイラーやウイングが追加され、最初の姿とは大きく異なる。(Photo:Porsche AG)

◆ Can-Amへの本格的な挑戦:ポルシェ917/10

 1970年と1971年の世界スポーツカー選手権における917の大成功を受け、ポルシェは新たな挑戦を開始する。Can-Amシリーズをターゲットにターボエンジンを搭載した917のオープントップバージョン、917/10を開発する。アメリカのライバルたちがシボレーなど8リッターを超える大容量V8エンジンを積むのに対抗して、5リッター空冷水平対向12気筒ツインターボを積み、ターボ付きレースエンジン開発のパイオニアとなった。

 1972年シーズン第1戦モスポートではデニス・ハルム(Denis Hulme)のマクラーレンM20が1位、マーク・ドナヒューは2位であった。第2戦ロードアトランタでの練習中に大きな事故が発生した。ドナヒューの917/10に装着したマグネシウム製新品のリアボディーがしっかり固定されていなかったため、バックストレートに入ったとき跳ね上げられてしまった。クルマは横転して破壊されたが、幸いにもドナヒューは膝の骨を折る程度で済んだ。復帰したのは第6戦ドニーブルーク(Donnybrooke)からで、わずか2カ月で回復している。ドナヒューの代わりに急遽起用されたのがジョージ・フォルマー(George Follmer)で、彼の活躍で1972年Can-Amシリーズ9レース中6レースでアメリカのライバルを抑えて勝利を収めた。そして翌1973年シーズンは917/10と後継の917/30で8戦全勝という驚異的な勝利を収めることになる。

 上の2点は、マーク・ドナヒューのクラッシュによって急遽起用されたジョージ・フォルマーの917/10。彼は第2、4、5、8、9戦で1位を獲得しチャンピオンとなった。(Photos:Porsche AG)

 上の2点はポルシェ917/10の4999cc空冷水平対向12気筒ツインターボ1000馬力エンジン。ボッシュ製燃料噴射+エバースペッヒャー(Eberspacher)製ターボチャージャー×2基+エアサーチ(Airesearch)製ウェイストゲートを装備。トランスアクスルはポルシェ920型4速MT。リミテッドスリップデフ(マーク・ドナヒューのクルマには彼の指示でディファレンシャルは無かったようだ)、ドーナツ型のラバージョイントを介してチタニウム製ドライブシャフトで駆動する。(Photos:Porsche AG)

 1972年のCan-Amシリーズを終え、優秀な戦績を残したポルシェが発行したポスター。最終順位は1位がジョージ・フォルマーの917/10、2位がミルト・ミンター(Milt Minter)の917/10、同順位でデニス・ハルムのマクラーレンM20そして4位にマーク・ドナヒューの917/10となっているが、Can-Amのレギュレーションでは「同順位は、シーズンを通してのドライバーの成績で決まる」となっており、第1戦と3 戦で優勝しているデニス・ハルムが2位で、ミルト・ミンターは3位とするのが正しいはず。(Photo:Porsche AG)

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執筆者プロフィール

1937年(昭和12年)東京生まれ。1956年に富士精密機械工業入社、開発業務に従事。1967年、合併した日産自動車の実験部に移籍。1970年にATテストでデトロイト~西海岸をクルマで1往復約1万キロを走破し、往路はシカゴ~サンタモニカまで当時は現役だった「ルート66」3800㎞を走破。1972年に海外サービス部に移り、海外代理店のマネージメント指導やノックダウン車両のチューニングに携わる。1986年~97年の間、カルソニック(現カルソニック・カンセイ)の海外事業部に移籍、うち3年間シンガポールに駐在。現在はRJC(日本自動車研究者ジャーナリスト会議)および米国SAH(The Society of Automotive Historians, Inc.)のメンバー。1954年から世界の自動車カタログの蒐集を始め、日本屈指のコレクターとして名を馳せる。著書に『プリンス 日本の自動車史に偉大な足跡を残したメーカー』『三菱自動車 航空技術者たちが基礎を築いたメーカー』『ロータリーエンジン車 マツダを中心としたロータリーエンジン搭載モデルの系譜』(いずれも三樹書房)。そのほか、「モーターファン別冊すべてシリーズ」(三栄書房)などに多数寄稿。

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