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第69回 1949年型アメリカ車 – フォード編
2018.4.27

 1949年型フォードに関しては「M-BASE」第30回で紹介したが、今回は別の史料を紹介する。

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●フォード

 第30回でも述べたが、戦後初のフルモデルチェンジとなった1949年型フォードは当初、フルサイズとスモールサイズの2本立てで企画され、生産準備もかなり進んでいたが、1946年5月に発表された1947年型スチュードベーカーの斬新さに衝撃を受け、デザインのやり直しを決断し、わずか19カ月で完成させたと言われる。そして、GM、クライスラーより一足早い1948年6月10日、ニューヨークのウォルドルフ・アストリアホテルで発表された。結果は111万台以上売って、2位のシボレーに10万台以上の差をつけて1位となっている。前年モデルは販売期間も短かったが、シボレーはおろかプリムスにも抜かれて3位であった。

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ワシントン州タコマのアリーナでの発表会の様子。小さくて分かりにくいが女性の来場者が非常に多く、クルマが生活の必需品であり、多くの女性が選択権を持っていたのであろう。フォードミュージアムでガラスケースの中に展示されていた写真で、上下に蛍光灯の照明がありひどい写真だが、会場の雰囲気を見て欲しい。

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フォードミュージアムに展示されている1949年型フォードの量産1号車。

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1948年5月に発行された1949年型フォードのカタログ。「THE CAR OF THE YEAR」とあるが、受賞したのではなくキャッチコピーであった。「Motor Trend」誌のThe Car of the Yearの顕彰は1949年からスタートしたが、第1回の受賞車は1949年型キャディラックであった。

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1949年型フォードには標準のシリーズとややハイグレードのカスタムシリーズがあり、それぞれに6気筒とV型8気筒が設定されていた。この頁にはTUDOR SEDAN(2ドアセダン)(1425~1590ドル)とFORDOR SEDAN(4ドアセダン)(1472~1636ドル)が紹介されている。

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この頁にはクラブクーペ(1415~1596ドル)とビジネスクーペが載っているが、ビジネスクーペは3人乗りでカスタムシリーズには設定されておらず、価格は6気筒が1333ドルで1949年型フォードで最も安価であった。V8モデルは1420ドルであった。ベストセラーはカスタムシリーズの2ドアセダンで約43万台であった。

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これはカスタムシリーズのみに設定されていたコンバーティブル(6気筒:1886ドル/V8:1949ドル)とステーションワゴン(2119/2264ドル)。ステーションワゴンは初めてオールスチールボディーが採用され、ウッディ部分もメタルの骨格に木材を貼り付けたものとなった。クォーターウインドーはスライド式を採用、フロントシートはタンの本革で、2、3列目はビニール張りであった。メタルルーフとなったためフォードのステーションワゴンで初めて天井にヘッドライナーが装着された。

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フロントシートの室内幅は前年モデルより6in(152mm)広くなり、インストゥルメントパネルもシンプルでモダンなものとなっている。ホーンリングはカスタムシリーズのみに付く。

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1949年型フォードではコンバーティブルとステーションワゴンを除いて、Xメンバー無しのラダーフレームを採用し、サスペンションは前後とも横置きリーフスプリングをやめて、フロントはダブルウイッシュボーン+コイルスプリングによる独立懸架、リアは平行半楕円リーフスプリングに変更している。エンジンは基本的には前年モデルと同じ226cid(3703cc)直列6気筒Lヘッド95馬力と239cid(3917cc)V型8気筒Lヘッド100馬力を積むが、改良により燃費は10%向上したとアピールしている。トランスミッションは3速MTが標準だが、オーバードライブがオプション設定されていた。

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上の2点はフランクリンミントから発売された1949年型フォード カスタムコンバーティブルの24分の1ダイキャストモデルで、フレームにXメンバーが追加されているのが分かる。

●マーキュリー

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1948年4月29日に発表された1949年型マーキュリーは、ボディーをフォードと一部共用するのをやめ、小型リンカーンと共用するようになった。ホイールベースはフォードより4in(102mm)長く、小型リンカーンより3in(76mm)短い118in(2997mm)でモデルバリエーションは4ドアスポーツセダン、2ドアクーペ、コンバーティブル、ステーションワゴンの4モデルのみであった。価格は前年モデルに対して20%以上上昇している。

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これは4ドアスポーツセダンで価格は2031ドル。マーキュリーのベストセラーモデルで15万台以上売れた。ドアは観音開きで、この絵ではドアハンドルは手前に引くレバータイプであるが、途中でプッシュボタンタイプにランニングチェンジされている。

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これは2ドアクーペで価格は1979ドル。販売台数は約12万台。

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上の2点はコンバーティブルで価格は2410ドルで販売台数は約1万6700台。キャンバストップは油圧で開閉された。

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上の2点はステーションワゴンで、フロントボディーとドアを除いたボディーシェルはフォードと共用部分が多い。フォード同様初めてオールスチールボディーを採用。ウッディ部分はメタルの骨格にメープルとマホガニー材を貼り付けている。ボディーの生産は引き続きウッディボディー専用工場であるミシガン州・アイアンマウンテン工場で行われた。シートは3列すべてタン、グリーンまたはレッドの本革張りであった。価格は2716ドル。生産台数8044台。

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視界の良いフロントウインドーとインストゥルメントパネル。回転半径22ft(6.7m)で縦列駐車もし易いとしている。

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1949年型マーキュリーはフォード同様、サスペンションはフロントがダブルウイッシュボーン+コイルスプリングによる独立懸架、リアは平行半楕円リーフスプリングに変更している。エンジンは255.4cid(4185cc)V型8気筒Lヘッド110馬力を積み、トランスミッションは3速MTで、オプションで「Touch-O-Matic」と称するオーバードライブが設定されていた。

●リンカーン

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1949年型リンカーンはマーキュリーより1週間早い1948年4月22日に発表された。モデルバリエーションは、常に不採算であったコンチネンタルの生産を中止して、ラグジュアリーセグメントへの参入を放棄し、マーキュリーよりやや上級のオールズモビル98に対抗する121in(3073mm)ホイールベースのリンカーン・シリーズと、キャディラック62に対抗する125in(3175mm)ホイールベースのコスモポリタン・シリーズがラインアップされた。奥まったところに装着されたヘッドランプは、当初コンシールド・ヘッドランプにすべく開発していたが、間に合わなかったためにこのような形になったと言われている。

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上の3点は121inホイールベースのリンカーン・シリーズで、ボディーシェルはマーキュリーと共用部分が多い。上からスポーツセダン(2575ドル)、クーペ(2527ドル)、コンバーティブル(3116ドル)で、生産台数は合計3万8384台(モデル別の生産台数は不明)であった。

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上の4点は125inホイールベースのコスモポリタン・シリーズでフロントウインドシールドは1枚ガラスを採用している。上から、タウンセダン(3238ドル、生産台数7302台)は唯一ファーストバックスタイリングであったが、販売が低迷したため1949年1月に生産中止となってしまった。スポーツセダン(3238ドル、1万8906台)はベストセラーモデルであった。クーペ(3186ドル、7685台)、コンバーティブル(3948ドル、1230台)。

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コスモポリタン・シリーズの運転席。インストゥルメントパネルの下にずらりと並んだ大きなスイッチは、左からLights、O' Drive(オーバードライブ)、ステアリングを挟んで、Map、Lighter、Wipers、Fog、Air、Defrost、Heater、Air。コスモポリタンには油圧作動によるパワーウインドー、パワーシートが標準装備されていた。

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リンカーンは1933年からV型12気筒エンジンを採用していたが、1949年型では16年ぶりにV型8気筒に戻った。「A Great New Engine」のコピーを付けて紹介された、新型の336.7cid(5518cc)V型8気筒Lヘッド、ボア×ストローク:3.50in×4.37in(88.9mm×111mm)152ps/3600rpmエンジンは、1948年にフォードF-7、F-8トラックに積まれたもので、1949年型キャディラックの331cid(5424cc)V型8気筒OHVショートストローク160馬力の軽量エンジンに比べ、かなり時代遅れな代物であった。リンカーンにキャディラック並みのエンジンが積まれるのは1952年型まで待たねばならなかった。

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リンカーンにもフォード、マーキュリー同様、フロントにダブルウイッシュボーンの独立懸架、リアには平行半楕円リーフスプリング+リジッドアクスルのサスペンションが装着された。トランスミッションは3速MTで、オプションで「Touch-O-Matic」と称するオーバードライブが設定されていた。この頃になると、オートマチックトランスミッションは高級車には不可欠であったが、フォードはまだ自社開発のものは持っておらず、GMの「ハイドラマチック」4速ATを購入し、1949年6月26日からオプション設定している。

●フランスフォード ヴィデット

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上の3点は、1949年型スモールサイズフォードとして開発されたが、途中で計画が変更されてフランスフォードに回されたと言われる「フォード ヴィデット(Vedette)」。2.2ℓのV8エンジンを積み、サイズはホイールベース2690mm(106in)、全長4500mm。全体のフォルムは当初ラージサイズフォードとして開発されたと言われるマーキュリーにそっくり。
 米国でのスモールサイズフォードは実現しなかったが、第2次世界大戦中にガソリンや資材などの逼迫を経験し、戦後も後遺症が残っていたこと。また多くの兵士たちがヨーロッパ戦線で小型車を見る機会があり、アメリカでも小型車が受け入れられる環境が整ったのではないかと判断したビッグ3各社は、小型車の開発を進めていた。プリムスも「カデット(Cadet)」の名前でホイールベース105.5in(2680mm)の小型車を開発しており、シボレーも開発を進めていたという。しかし、戦争の後遺症も薄れてくると、一転して「大きいことはいいことだ!」と、1950年代には大排気量エンジンによる馬力競争とボディーの巨大化を競う、アメリカ車史上最も華やかな時代を迎えることになってしまう。ビッグ3が再び小型車に注目するのは10年後の1960年であった。

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執筆者プロフィール

1937年(昭和12年)東京生まれ。1956年に富士精密機械工業入社、開発業務に従事。1967年、合併した日産自動車の実験部に移籍。1970年にATテストでデトロイト~西海岸をクルマで1往復約1万キロを走破し、往路はシカゴ~サンタモニカまで当時は現役だった「ルート66」3800㎞を走破。1972年に海外サービス部に移り、海外代理店のマネージメント指導やノックダウン車両のチューニングに携わる。1986年~97年の間、カルソニック(現カルソニック・カンセイ)の海外事業部に移籍、うち3年間シンガポールに駐在。現在はRJC(日本自動車研究者ジャーナリスト会議)および米国SAH(The Society of Automotive Historians, Inc.)のメンバー。1954年から世界の自動車カタログの蒐集を始め、日本屈指のコレクターとして名を馳せる。著書に『プリンス 日本の自動車史に偉大な足跡を残したメーカー』『三菱自動車 航空技術者たちが基礎を築いたメーカー』『ロータリーエンジン車 マツダを中心としたロータリーエンジン搭載モデルの系譜』(いずれも三樹書房)。そのほか、「モーターファン別冊すべてシリーズ」(三栄書房)などに多数寄稿。

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