三樹書房
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designhistory
第4回 デザインとは(後編)
2021.5. 1

1950年代頃より、産業活動に従事する企業内デザイナーが活躍するようになり、デザインに表面的な美しさや可愛さが求められる時代から、その後、デザイン本来の意味である設計に関わるようになり、人間工学や材料、生産性など工学的な分野にも広がってきた。単なる表面処理だけではなく、形全体を作るように変化し、コンセプトの立案、パッケージから素材を含めた生産性や、原価を含め工場での作りやすさまでを対象とし、企業と消費者の間をつなぐ重要な役割を持つ存在になってきた。
企業の経営目標は「人間性の実現と社会性の確保」と言われていたが、最近では、企業経営の経済性にプラスし、社会性・文化性がより強調され、デザインが会社の存続にまで影響を及ぼすようになってきた。公益財団法人日本デザイン振興会が主催するグッドデザイン賞の受賞作品も、ここ数年、「カタチ」のデザインから「システム」や「行為」のデザインが大賞を受賞していることが、それを証明している。2018年の貧困問題解決に向けてのお寺の活動「おてらおやつクラブ」、2020年の自律分散型水循環システム 「WOTA BOX」などが、その代表例であろう。

近年、デザイナーが様々なモノやコトをデザインするときの考え方やプロセスを、経営に取り入れようと、「デザイン思考」というコンセプトが注目されるようになった。これは、経営者が明日の経営を考えるとき、今の延長線上に社会が続いているかいないかは別にして、「ゼロから会社の行き先を考えよう」という提言である。この「デザイン思考」という考え方は、私のようなデザイナーが、日頃、当たり前のこととして取り組んでいる行為だが、1980年頃からビジネスマネージメントとして意識され始め、ビジネスの問題解決やイノベーションを起こすための発想として活用され始めた。
文献によると、スタンフォード大学のd.schoolやIDEO社のティム・ブラウンCEOが、この「デザイン思考」を問題解決に適用したのは有名で、また、デザインプロセスの方法論の一つとして様々な研究がされてきたが、1979年、ブルース・アーチャー(英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートにデザイン・リサーチ・ユニットを設立し、デザインプロセスの構造化に取り組んだ人物)は、おそらく「デザイン思考」という言葉を使い始めた最初の人物であるといわれている。その歴史はともかくとして、私なりに自分が今まで行なってきた車両開発時のデザイン作業について、「デザイン思考」の流れをベースに、そのプロセスを振り返ってみた。プロセスを理解しやすくするために、4つのステージに分けることにした。

第1ステージ
観察・共同化(ユーザーとの対話を通して暗黙知を獲得する)→洞察
最初に、観察・共同化だが、対象ユーザーと十分な対話や観察をし、その中から、ユーザーが望んでいるだろう想いを推察し、おそらくこんなモノ・コトを望んでいるだろうと仮説を立てる。ユーザーは「こんなものが欲しい」とは言っても、それは今現在のことで、明日は違うかもしれない、そう思ってヒアリングをした方がよい。明日のことは聞き取る側が仮説を立て、暗黙知を洞察するしかない。聞き取る側は、その商品に対しての経験値がなければならないことは当然だが、過去の経験にこだわり過ぎて、ヒアリングした話にフィルターをかけてしまうと、その話の中に隠れた真意が読めなくなってしまう。真っ白な気持ちで聞き取ることが重要で、最も気をつけなければならないことである。そうかと言って、まったくその商品について知識のないものがインタビューしても、真意を推察することは難しい。
また、調査の専門家に委託することもあるが、それも一つの方法かもしれないが、デザインする本人が同行するなり、やはり直接、ユーザーの言葉を聞くのがベストだと考える。ヒアリングの結果、おそらく「こんなモノ・コトが欲しいのだろう」と洞察ができれば大成功である。ユーザーの「こんなモノ・コトが欲しい」がつかめたら次のステージになる。

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第2ステージ
概念化・表出化(チームの対話から暗黙知から形式知へ変換)
 →アイデアの素のキーワード、コンセプトを創る
このステージでは、洞察した仮説からキーワード、コンセプトを作っていく。ここで注意しなければならないのが、これからデザインしようとする商品の発売時期の時代背景の確認である。その商品が、今存在しているものであれば、その商品が誕生した起源までさかのぼって、なぜその商品が誕生したか、どういう時代背景のもとで誕生したか、そして、どのような変遷で今に至っているかなど、過去の事実を明確にしておくことが重要である。さもないと、この商品が発売されるときのあるべき姿を見間違える可能性があるからである。今までなかった商品の場合も、この商品の発売時期の時代背景について予測できていなければならない。そして、関係者が理解できる「キーワード」を作る。これは、チーム全員が同じ方向にベクトルを合わせやすくし、無駄な動きを極力避けるためである。企業の大きなチームになると「船頭多くして船山に登る」などと揶揄されるが、そのようなことがないようにするのである。キーワードができるとチームで向かうべき方向が決まったわけなので、次はどうやったら実現できるかに移る。

第3ステージ
形式知の体系化(モノ・コトとの対話からプロトタイプ制作)
 →ビジネスモデルの試行錯誤 のイノベーション
ここで考慮しなければならないのは、その企業の精神である。他社でできても、我が社ではやれない、もしくはやらない。つまりその企業独自の創業からのポリシーを大切にしながら、実現できるかが重要な鍵になってくる。
例えば、電気自動車を例に取るとわかりやすいかもしれない。過去の変遷、時代背景、これからの世の中の動きを予測すると、おそらく、皆、電気自動車に移行していくだろう、そう仮説を立てたとする。しかし、インフラがついてきていない。これは大きな壁であろう。ではどうするのか。ガソリン車から電気自動車に移行すること、本当にユーザーはそれを望んでいるのだろうか。ユーザーにすれば、安全に楽しく移動ができ、コストは可能な限り少なく、環境に優しいのであれば、ガソリンでも電気でもどちらで良いかもしれない。もし、企業のポリシーが、多くの一般のお客様がターゲットということであれば、高性能だが高価であるモノ作りをすることより、ごく一般のお客様が不自由なく購入し、使用できるモノ作りを選ぶべきであろう。そう考えると、インフラの整っていない電気自動車を今、たくさん作っても企業として負荷が多すぎる。ならば、あるべき姿の落としどころを探すべく、知恵を絞り出すしかない。

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第3のステージの形式知の体系化(モノ・コトとの対話からプロトタイプ制作)は、ビジネスモデルとして成立するか否かを検証するための試行錯誤で、壁が高ければ高いほどイノベーションを起こすことを考えるしかない。いくら論理的に成立しても、実際にモノができなければ話にならない。
例えば、ガソリン車と電気自動車の間に、ガソリンと電気の両方を使ったハイブリッド車という考え方が、自動車が誕生した当時からあったとする。しかし、蓄電技術や電気の技術が粗末なものであったため、とても使えるようなものではなかった。それが時代背景、技術の進歩とともに、工夫をすれば一般に使用でき、しかもガソリンの消費量も大きく削減できるイノベーションが起こせるかもしれない。そんな仮説のもと、ハイブリッド車が開発された。当然のことだが、ガソリンエンジンにモーターが乗り、その分、重量が増える。そこでまた軽量化が求められる。デザインにおいても、従来のサイズよりコンパクトで、しかも居住空間は、同じクラスの性能の車両と同じかそれ以上の空間と快適性が求められた。
こうしてでき上がったプロトタイプは、数年後にはビジネスモデルとして成立することが確認され、形式知の体系化へと進めることができ、21世紀に向けて一般ユーザーが安心して使えるイノベーションが生まれた。

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初代プリウス

第4ステージ
形式知から暗黙知へ →「デザイン思考」は、デザインの開発プロセス(0から1を生む)
を参考に経営者や会社のリーダーに取り入れようとした考え方
このようにして生まれたイノベーションは、形式知から世界中に広がり、今では暗黙知となりつつある。そして、また時代背景や技術革新が進みインフラが整ってくれば、電気自動車も使いやすくなり、今後一般に普及していくであろう。時代背景とともにデザインが変わり、技術が変わり、過去の事実を踏まえながら未来に向かって仮説を立て、それを現実のモノとし、いつの間にかそれが当たり前となり、またイノベーションが求められる。これが繰り返されることを意識すべきである。
「今日の常識は明日の非常識、明日の常識は今日の非常識」。デザイナーはこれを忘れてはならない。
写真:トヨタ株式会社 図版:木村デザイン研究所

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執筆者プロフィール

木村 徹(きむらとおる)
1951年1月17日、奈良県生まれ。武蔵野美術大学を卒業し、1973年トヨタ自動車工業株式会社に入社。
米CALTY DESIGN RESEARCH,INC.に3年間出向の後、トヨタ自動車株式会社の外形デザイン室に所属。
ハリアーなどの制作チームに参加し、アルテッツァ、IS2000 などでは、グッドデザイン賞、ゴールデンマーカー賞、日本カーオブザイヤーなど、受賞多数。愛知万博のトヨタパビリオンで公開されたi-unitのデザインもチームでまとめた。
同社デザイン部長を経て、2005年4月から国立大学法人名古屋工業大学大学院教授として、インダストリアルデザイン、デザインマネージメントなどの教鞭を執る。
2012年4月から川崎重工業株式会社モーターサイクル&エンジンカンパニーのチーフ・リエゾン・オフィサーを務める。その他、グッドデザイン賞審査員、(社)自動車技術会デザイン部門委員会委員(自動車技術会フェローエンジニア)、日本デザイン学会評議員、日本自動車殿堂審査員(特定非営利活動法人)、愛知県能力開発審議委員会委員長、中部経済産業局技術審査委員会委員長、豊田市景観基本計画策定有識者会議委員など過去、公職多数。
現在は、名古屋芸術大学、静岡文化芸術大学、名古屋工業大学で非常勤講師として教鞭を執る。

木村デザイン研究所

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