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第10回 マンガとクルマ(下)
2013.8.27

 先月は「自動車マンガの始まり」と「多くの実在の車が登場する人気マンガ」について紹介した。今月は残りの3つについて紹介する。
・内容が車中心の自動車マンガ
・架空の車が中心に登場するマンガ
・登場人物の愛車やあこがれの車が描かれたマンガ

4.自動車マンガ
 現在驚くほど多くの自動車マンガが存在し、発行作品(タイトル)数は100を超えると推測される。それらの中の60作品ほどを調査した。これらはテーマが、モータースポーツ、走り屋(公道バトル)、技術(レストア/チューニング)、知識・うんちくの4つに大きく分類できるが、そこに含まれないものもあり、自動車マンガの種類は少なくない。モータースポーツにしてもさらに、F1、ラリー、カートなどに細分化され、それぞれの内容も類型化したものばかりではない。
 自動車マンガの種類の多さは、自動車趣味が多岐にわたることから来ており、その一部がマンガのテーマとされている。読者は自分の興味や関心に応じた作品を選び、疑似体験をしたり、知識を広げたりして楽しむことができる。
4-1自動車マンガの分類
①モ一夕ースポーツマンガ〔F1〕
 F1(フォーミュラワン)はモータースポーツの頂点に位置する。架空のチームやマシンで実在するF1チームにチャレンジする作品や、現実のF1の世界をリアルに紹介した作品、実際の出来事をコミカル/シニカル(皮肉って)に脚色して紹介した作品などがある。
②モータースポーツマンガ〔ラリー〕
 ラリーは公道を走ってタイムを競う。ラリー車のベースとなる市販車は一般の人の手が届く範囲にあるので、ラリーマンガの内容はF1より身近に感じられる。作品は、架空のチームやマシンで実在するラリーにチャレンジするものや、実際のラリーを紹介したものなどがある。
③モータースポーツマンガ〔その他〕
 モータースポーツには、限られた者しかハンドルを握れないF1やWRCから、子どもでも参加できるカートまで多種多様な種類がある。村上もとか作「ドロファイター」は、スプリントレースやドラッグレースなどの日本ではあまりなじみのないアメリカのモータースポーツを紹介している。(注)WRCは世界選手権のかかったラリーのシリーズ戦。
④走り屋系マンガ
 走り屋とは、公道でドリフト走行(カーブを曲がるときに後輪を横滑りさせる)、発進加速競争、最高速走行など、違法な走りをするドライバーのことである。マンガでは現実にはありえないテクニックによる競争で読者を楽しませてくれる。
⑤技術系マンガ(レストア、チューニング)
 レストアとはこわれたり古くなったりした車を元の姿に復元すること、チューニングはクルマの走行性能を上げるためにエンジンやサスペンションに手を加えることである。このふたつはクルマを運転して楽しむときに必要な二本柱である。次原隆二作「レストアガレージ251車屋夢次郎」は車種ごとの情報も濃い。
⑥自動車知識マンガ
 自動車に興味を持つと自動車についていろいろ知りたくなってくる。そのときに役に立つマンガである。自動車図鑑のような内容の作品もあれば、ある程度知識を持った読者を対象にしてうんちくを紹介した作品もある。福野札一郎作「クルマンガ」は"クルマ博士"を目指す人に適している。
⑦個別車種マンガ
 個別の車種を中心としたマンガで、開発物語と、その車種を愛車に持つ主人公の物語がほとんどであり、後者が多い。作品に描かれている車種は、ランボルギーニカウンタック、ポルシェカレラ、ミニ、トヨタMR2、ニッサンGT-Rなどである。
⑧その他
 モータースポーツマンガ、走り屋系マンガ、技術系マンガ、自動車知識マンガ、個別車種マンガのいずれにも属さない自動車マンガで、タクシー運転手、若い婦人警官、五百万円で仕事を請け負うドライバーなどを主人公にした作品から、駐車違反をテーマにした作品まである。

4-2 サーキットの狼(走り屋系マンガ)
 集英社『週刊少年ジャンプ』に1975年から1979年にかけて連載された池沢さとし作の自動車レースマンガ。
 主人公の風吹裕矢が愛車ロータスヨーロッパやデイーノなどで公道やサーキットを舞台に疾走する。作品に描かれるクルマはすべて実在のもので、世界中の有名なスポーツカーが登場する。この作品が火付け役となり"'スーパーカーブーム"が巻き起こった。作品中には実在の場所や人物も描かれていて現実感がある一方、実際にはありえない走行テクニックやレース運びなども描かれ、マンガならではの世界を展開し、幅広いファン層に支持された。
少年ジャンプ_R.JPG 【写真】週刊「少年ジャンプ」1976年第8号(左)と1977年第21号(右)。1977年第21号には表紙にスーパーカーの写真が紹介され、中にはスーパーカーカードもとじ込まれていた。

 ストーリー全体を通して「柔よく剛を制す」、すなわち比較的パワーの小さい車種でハイパワー車を倒すという基本的なテーマが貫かれており、これも判官びいきの日本人読者に魅力を感じさせた点といえよう。
≪登場するクルマ≫
 主人公のロータスヨーロッパのほかに、主要登場人物のクルマとして登場するのは、ランボルギーニミウラ(裕也の姉の恋人、飛鳥ミノル)、ポルシェカレラRS(早瀬佐近)、トヨタ2000GT(ピーターソン)、ディーノ246GT(沖田)、マツダコスモスポーツ(佐近のおさな友達)など。彼らに絡んでくるクルマは、デトマソパンテーラGTS、フェラーリ365GTBデイトナ、ランボルギーニウラッコ、ポルシェ930ターボ、BMW2002ターボ、ポンティアックファイアバードトランザム、フォードマスタングマッハ1、ニッサンフェアレディZ432/240Z/240ZG、ニッサンスカイライン200OGT-Rなど当時のほとんどの高性能車である。スーパーカーブームを代表するランボルギーニカウンタックが登場するのは第4巻の後半で、公道グランプリの途中から参戦してくる。巻を追うごとに最新のスポーツカーが次々に登場してくる。第3巻から15巻までの巻末にもうけられた、「世界の名車シリーズ」は、クルマ知識を広げたい読者にありがたい配慮だった。
Lotus Europa Special 1975_R.jpg 【写真】主人公の愛車と同型車のロータスヨーロッパスペシャル(1975 イギリス)

4-3 頭文字(イニシャル)D(走り屋系マンガ)
 講談社の青年向け雑誌『週刊ヤングマガジン』に1995年半ばから連載され、先月29日発売の『週刊ヤングマガジン』に最終回が掲載された、しげの秀一作のクルママンガ。
 主人公藤原拓海(ふじわらたくみ)は高校3年生。中学生のころからとうふ店を営む父親に、クルマを使ってのとうふの配達を命じられ、無免許で父親の愛車トヨタスプリンタートレノAE86を走らせていた。高校を卒業して社会人になると、父から譲り受けた10年以上を経た"旧車"で、最新のハイパワー車と互角の勝負を繰り広げながら公道最速を目指す。拓海には「溝落とし」、「ブラインドアタック」、「溝またぎ(インホィールリフト)」、「多角形ブレーキング」などの得意技があり、一見勝ち目のなさそうな性能のクルマでハイパワー車に勝つのである。その図式は「サーキットの狼」にも見られたものだ。
《登場するクルマ≫
 藤原拓海の愛車はトヨタスプリンタートレノGT-APEX(前期型)。スプリンターとしてはFR(前置きエンジン後輪駆動)方式の最終型。ファンの間ではその車両型式AE86から"ハチロク"と呼ばれている。「頭文字D」のヒットで同型車の人気が出るという現象が起きたばかりでなく、トヨタに、その名も86(ハチロク)の新型FRクーペ車をつくらせる要因にもなった。仲間や勝負を挑んでくる者たちのクルマは、スバルWRX type RS Tiスポーツクーペ(GC8)、ニッサンシルビアK's1800cc(S13)、トヨタカローラレビン(AE85)、ニッサン180SX TYPEⅡ(RPS13)、ユーノスロードスター(NA6CE)、メルセデスベンツ190E(W201)、ニッサン180SX TYPE X(RPS13)、トヨタセリカGT-FOUR(ST205)、マツダRX-7∞Ⅲ(FC3S)、マツダRX-7 TypeR(FD3S)、ニッサンスカイラインGT-R V-SpeCⅡ(BNR32)、ホンダシビックSiR-Ⅱ(EG6)、トヨタMR2(SW20)、三菱ランサーエボルーションⅢGSR(CE9A)など。若者に手の届く国産車を多く登場させることで作品に現実感を与え、読者の心をつかんでいる。
AE86_R.JPG 【写真】ハチロクことトヨタスプリンタートレノ(1983) 車両型式AE86。友人K.M.君所有の頭文字D仕様車。2009年秋にトヨタ博物館で開催した企画展「マンガとクルマ」に展示させてもらった。

4-4 赤いペガサス(モータースポーツマンガ〔F1〕)
「赤いペガサス」は村上もとか作のF1マンガで、『週刊少年サンデー』に1977年から1979年にかけて連載された。当時、日本はF1の人気が出る10年ほど前だったため、F1の世界を世間に認識させる先駆的な作品となった。実際のF1の世界に架空の日本F1チームを存在させる設定で、実話をヒントに内容が構成されていたので、現実感があり、F1に関する知識を得るのにまたとない参考書でもあった。
 主人公赤馬研(ケン・アカバ)は日系異国人のF1レーサー。彼は非常に珍しい型の血液の持ち主で、輸血には同じ血液を持つ妹ユキのものが必要なことから、ユキは常に兄と行動を共にする。ケンは日本のF1チームで世界の頂点を目指す。
《登場するクルマ≫
 主人公が乗るSVシリーズはフォード製エンジンを搭載する、架空のF1チームの日本製架空マシン。それ以外はすべて当時のF1マシン。当時異彩を放っていた6輪のティレルも登場する。マンガの連載開始年に開催された、日本で2回目のF1グランプリにスポット参戦した高橋国光と星野一義も登場する。
 F1マシン以外では、イギリスの公道上で暴走族に絡まれたときにケンが運転していた、市販されていないフェラーリのコンセプトカー308GTレインボー(1976)や、それを追うアルファロメオカングーロ(1964、これもコンセプトカー)のほか、BMW3.5CSL、フォードエスコートRS(初代)など。
 熱狂的なファンを持つアルファロメオカングーロが暴走族のクルマとして扱われていることはファンには嬉しくないだろう。

4-5 ドロファイター(モータースポーツマンガ〔その他〕)
 『週刊少年サンデー』に1979年47号から1981年8号まで連載された村上もとか作のクルママンガ。
 賞金稼ぎのドライバー、ノブ・トクナガが妹・サキとともにアメリカ各地のレース場を渡り歩く。ノブとサキは異父兄妹。両親ともすでにいないふたりだが、いつも仲が良くさまざまな苦難を乗り越えていく。シカゴのレース場で知り合った、アメリカ自動車レース界のビッグマン、エンリコ・マンシーニから不屈のガッツで戦うドロファイターを目指せと激励される。ドロファイターとはドロンコファイターの略で、ドロだらけになりながらはい上がってくる賞金かせぎレーサーのことである。ストーリーを通してアメリカならではのモータースポーツの世界を紹介してくれる。
≪登場するクルマ≫
 アメリカの自動車レースは、単純なコースをマシンのパワーやドライバーの体力にものをいわせ、スピードや派手な走りとクラッシュを楽しむという色彩が濃い。作品で紹介されるのは、スプリントレース、ドラッグレース、オフロードレース、キャノンボールそしてストックカーレースの5種類。北米大陸を横断する違法公道レースであるキャノンボールを除き、それぞれのレースに使われる専用のマシンがどんなものかも紹介される(当時の姿)。一部のレースには実在の有名ドライバーが登場する。キャノンボールでは主人公が初代マツダRX7改造車で挑戦する。
dragster_R.JPG 【写真】ドラッグスターの最高峰、トップフューエルの1/24模型(手前)と、サイズ比較のために置いた同スケールのACコブラ427。ドラッグレースは静止状態から発進しておもに1/4マイル(約400m)を走り切るタイムを争う競技で、その競技用車両をドラッグスターといい、その頂点に位置するのがトップフューエル。性能は1/4マイルを4.5秒で走り、速度は時速530kmにも達する。

4-6 レストアガレージ251車屋夢次郎(技術系マンガ〔レストア〕)
 次原隆二作の自動車レストアマンガ。新潮社の『週刊コミックバンチ』で、2001年の創刊号から、一時休載をはさんで2010年33号まで連載された。
 レストアとは復元することで、251は"'にこいち"と読む。にこいちとは二個の不完全品から一個の完品を作ることから生まれたことば。レストアでは壊れた古いクルマを復元するとき同型の別のクルマの部品を使うことが一般的に行われている。レストア業50年の里見夢次郎はどんな状態のクルマでも元の姿によみがえらせる腕を持つ。ただそれだけでなく、そのクルマに関わる人々の思い出までもよみがえらせる。登場人物にはクルマヘの想いという共通の気持ちがあり、年齢、性別、職業、境遇などを超えて仲間意識が芽生える。それがこの作品を単なるクルママンガに留めていない点である。
≪登場するクルマ≫
 レストアに持ち込まれるのは1960~1970年代の国産車が主体で、名車といわれるトヨタ2000GTからダイハツミゼットやマツダTシリーズのような三輪トラックまでと幅広い。なかには数台しか市販されなかった日野コンテッサ1300Sという、コンテッサファン以外は知らないような車種も取り上げられている。レストアを依頼されたクルマがガレージに持ち込まれると、「251 Car Archives」というページが設けられて、そのモデルの素性・特徴から仕様、当時の世相まで紹介される。

4-7 ブルヴァール(走り屋系マンガ)
 日生(ひなせ)かおるのデビュー作で、少年画報社の青年向けマンガ雑誌『ヤングキングアワーズ』中心に1996年から5年間連載されたクルママンガ。作者が個人的に気に入って所有していたスズキカプチーノも登場する。ブルヴァール(Boulevard)はフランス語で並木のある大通りのこと。日本では-般に"ブールバード"で使われる。
 親に反対されて大好きなバイクをあきらめた大学生の藤原雪乃がトヨタMR2(2代目初期型)を手に入れる。雪乃は、彼女がバイクで感じていた一番の魅力、バイクと一体になれる感覚をMR2にも感じるようになる。
 作者がこの作品で伝えたい、人とクルマの関係についてのメッセージが第5巻11話「ほほ笑みの才能」で語られる。以下に同誌169ページから引用する。「...昔な ワシに機械を教えてくれた人がいった事がある『本当に上手に扱われている機械ってのは〝生き物〟になるんだ』...ってな」「その機械を動かすうえでの最も柔軟(ルビ:スムーズ)で負荷(ルビ:ストレス)のかからない操作のタイミング...〝呼吸〟といった方が正しいのかも知れん その呼吸で自然に動かす事が出来たなら- その機械は全体で一つの生き物の様に動く ...という話をな」
《登場するクルマ≫
 それまで四輪に興味のなかった主人公が、友人に連れられて行った中古車屋でふと目を留め、試乗させてもらった後購入したのはトヨタMR2の2代目初期型。左側面は事故で傷がついていた。ボディカラーは黄色。雪乃はこのクルマをパトリック(PATRICK)と名付ける。彼女の友人や、知り合った人たちのクルマは、トヨタMR2(初代)、ユーノスロードスター、ダイハツミラ(3代目)TR-XX、スズキカプチーノ、ニッサン180SX、スズキアルト(3代目)アルトワークスなど。

4-8 オーバーレブ!(走り屋系マンガ)
 『週刊ヤングサンデー』、(2008年7月で休刊)に1997年から連載されていた山口かつみ作の公道バトルマンガ。オーバーレブ(和製英語)とはエンジンの設計許容回転数を超えることでオーバーレボルーシヨンの略。それほどエンジンを回すような走りをイメージしてタイトルにしたものと推測される。
 インターハイでの活躍を目指して短距離走に情熱を注いでいた女子高生の志濃涼子は、アキレス腱断裂によってその夢を絶たれた。目標を見失った涼子だったが、ある日友達と訪れた桑原峠で、彼らの目の前で繰り広げられたスカイラインとシルビアのドリフト走行に魅せられる。涼子は解体屋でスクラップ寸前の初代MR2を購入し、走り屋の世界の扉を開ける。
《登場するクルマ≫
 走り屋の間では車名だけでなく車両型式の一部も付けて呼ぶのが普通らしく、この作品でもほとんどそのスタイルである。主人公の涼子が乗るのはAW11トヨタMR2(初代)1.6G-Limited。仲間やバトルの相手のクルマは、S13ニッサンシルビアK's、S14シルビアK's Aero(後期型)、EG6シビックSiR、プジョー106ラリー、GA2ホンダシティ、BNR32ニッサンスカイラインGT-R、PS13ニッサンシルビアK's2000cc、JZA80トヨタスープラRZ、RPS13ニッサン180SX Type X、メルセデスベンツ190E、EK9ホンダシビックTYPE R、EK4ホンダシビックSiR、S13ニッサンシルビアK's1800cc、CJ4A三菱ミラージュサイボーグZR。ここではブランド名も付けたが、作品中では国産車には付けられていない。

5.架空のクルマが登場するマンガ
 マンガでは不可能なことはない。空想でしかありえないこともマンガの世界では現実として描かれ、それに疑問をはさむ読者はいない。自分が理想とするクルマをつくりたい・持ちたいと思う人は多いが、実現できる人は限られている。メーカーのチーフエンジニアやデザイナーでさえ様々な制約があり、自由に設計し、デザインできるわけではない。マンガでは何の制約もないため作者の思い通りのクルマを登場させることができる。
 架空のクルマが登場するマンガでは、主人公や主要登場人物のクルマだけが架空のもので、それ以外は実在の車種という例が多い。これは手間を省くためと推察されるが、読者に適度な現実感を与える効果がある。

5-1「少年No.1(ナンバーワン)」
 少年向け月刊雑誌『少年ブック』で、1960(昭和35)年1月号から1年余り連載された自動車マンガ。作者は関谷ひさし氏(1928年1月14日-2008年2月25日)。
 自動車会社で働くクルマ好きの少年南宏(みなみひろし)は、社長の娘をなぐって会社を飛び出した。そして通りすがりに故障していたクルマ(オースチンヒーレースプライトMk1)を直した縁で、町の自動車修理工場、早川モーターズで働くことになる。自動車レーサーにあこがれる宏はおやじさんが作ったフラッシュ号でレースに出る。フラッシュ号は同時代のクルマと類似しており、空想的ではなく現実味のある"理想の"レーシングカーとして描かれている。
 長距離レース主体だが、速度記録挑戦やいくつかの事件解決の話もある。荒唐無稽さがなく、非現実的な内容も適度に抑えられ、全体としては少年に実現性のある夢を見させる内容で描かれている。作品を通して、「根っからの悪人はいない」という作者の一貫した考えが感じ取れる。さわやかで清涼感があり、当時の社会通念上からと思われるが、親が眉をひそめるような場面はひとつもない。
 関谷ひさしの代表作としては「ストップ!にいちゃん」(月刊誌『少年』に昭和37~43年連載)、「ファイト先生」などがある。
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少年No.1_02_R.JPG 【写真】「少年No.1」1969~1970年刊。現在は2007年に3巻にまとめられたものが再販されている。

≪登場するクルマ≫
 「少年No.1」は自動車マンガの草分け的な作品で、「マッハGoGoGo」や「サーキットの狼」はその影響を受けていると推測される。主要登場人物が乗るのは架空のクルマだが、それ以外は当時の最新車種で、輸入車の方が多い。それは「少年No.1」がスタートした当時、国産乗用車は軽自動車を含めわずか11車種しかなかったからだ。登場車種は、当時を反映してイギリス車が最も多く、ジャガーやロータスなど今日でも健在なブランドのモデルから、MG、トライアンフ、オースチン、サンビームなどすでに姿を消したブランドのモデルまである。ドイツ車はポルシェ356、VWカルマンギア(初期型)、メルセデスベンツ300SLなど。アメリカ車はキャデラック(1960)、フォードサンダーバード(2代目)、シボレーコルベット(初代)などが出てくる。国産車はニッサンセドリック、トヨペットクラウン、同コロナ、プリンススカイラインの4車種でいずれも初代モデルだ。

5-2「マッハGoGoGoJ
 「少年No.1」と同様に自動車レースをテーマとした吉田竜夫作の自動車マンガだ。1966(昭和41)年『少年ブック』(集英社の月刊雑誌)に連載開始され、翌1967(昭和42)年4月よりアニメ化された作品がフジテレビ系で1年間放送された。主人公をはじめ主要登場人物の乗るクルマは架空のものである。『少年画報』(少年画報社の月刊誌)1960(昭和35)年11月号から連載開始された同じ作者による「パイロットA(エース)」は「マッハGoGoGo」のパイロット作品と言われている。アニメ作品は米国で『スピードレーサー』というタイトルで放送され人気を博し、その41年後の2008年には映画が制作・公開された。
 三船剛(みふねごう)は、三船モータース社長で父・大介がつくりあげたマッハ号を駆り、国内外のさまざまな自動車レースに挑戦して活躍する。マッハ号には7つの特殊機能が装備されていて、剛はそれを自由に操り、敵の妨害や困難を切り抜けたり、置き去りにできないライバルたちを救助したりしながらゴールを目指す。
 なお、前述の「少年No.1」の作者や、マッハGoGoGoの作者・製作スタッフは、当時運転免許を持っていなかったという。「少年No.1」は、運転免許がないからこそ調査を踏まえてある程度現実に即した内容で描かれているのに対し、「マッハGoGoGo」の方は、免許がなかったからこそ、メカニズムや機能に空想の翼を自由に広げて描いている。その結果、前者はある年齢以上でなければその面白さがわからないが、後者は小さな子どもから大人まで理屈抜きで楽しめるという、それぞれ性格の違う作品になっている。
マッハ号_R.JPG 【写真】2009年秋にトヨタ博物館で開催した「マンガとクルマ」に展示したマッハ号(当時個人蔵)。1997年に制作されたリメイク版アニメのプロモーション用に、タカラトミーとタツノコプロが製作したレプリカで、ニッサンザウルスのシャシーにFRP製ボディを載せている。サイズは約2/3スケール。走行披露では大勢のファンを興奮させた。

≪登場するクルマ≫
 アニメ放送当時の日本は、本格的自動車レース"日本グランプリ"が誕生した影響でスポーツカー人気が高まり、各社からスポーツカーやスポーティカーが続々と発売されている最中だった。「マッハGoGoGo」のマンガが連載され、続いてアニメが放送されたときはちょうどトヨタ2000GTがレースで活躍し、生産に移された時期と重なっていた。スポーツカーやレーシングカーは少年雑誌にも掲載されて、少年たちが憧れる対象となった。マッハ号をはじめ主要登場人物のクルマは架空のものだが、トヨタ2000GTほか実在のスポーツカーも多く登場する。

5-3「巨人の星」
 週刊『少年マガジン』に1966(昭和41)年から1971年まで梶原一騎原作・川崎のぼる作画のマンガとして連載され、1968(昭和43)年から1971年まで読売TVでアニメが放映された作品。 主人公の星飛雄馬は、かつて巨人軍に在籍しながら夢破れた父・一徹の意志を継ぐため、"巨人の星"を目指す。この父子の宿命的な関係を軸に、飛雄馬が逆境を乗り越えていく。マンガ史に一時代を画した「スポーツ根性」マンガの代表的な作品。
 当時の巨人軍は絶頂期(1965~73年までセリーグで9年連続優勝)で、巨人フアンが多かった。そこにテレビアニメ「巨人の星」が登場して大ヒットした。
《登場するクルマ≫
 「巨人の星」にはクルマが登場するシーンがいくつかある。マスコミが押しかけたり、11球団が星をスカウトに来たりするシーンでは、それぞれにふさわしいクラスのクルマが描かれている。それらは全て実在の車種ではなく、当時の一般的な乗用車のスタイルを模している。
 また、飛雄馬の永遠のライバル花形満と、友でありのちにライバルとなる判宙太は、ともに大手自動車メーカーの御曹司であり、花形モーターズは高級車、伴自動車工業は商用車を主に生産しているが、ライバル関係にある。この2人もプロ野球界入りし、飛雄馬をライバルに壮絶なストーリーを展開していく。
 「巨人の星」全182話の中でクルマが表面的に登場するのは数回しかないが、そこでは脇役以上の扱いがなされている。
 コミックでは花形満のクルマは7車種が登場し、すべてオープンカーだ。その中に花形モーターズが発売したミツル・ハナガタ2000はない。花形満は花形財閥の御曹司で裕福な境遇にあるが、中学生当時は不良グループのリーダーで、彼がつくった野球チーム"'ブラックシャドーズ"のキャプテンでもある。以下に7台のクルマを順番にA~Gとして説明する。
 A(1巻53頁ほか)は2ドア2列シートのアメリカ車を想わせるコンバーチブルで、花形を含め9人が乗車している。中学生の花形が運転し、9人乗車するがいずれも実社会では違法なことである。
 B(5巻200頁ほか)は、星飛雄鳥が巨人軍入団テストを受けているときに乗ってきた2ドアロードスター(左ハンドル)で、MGA(1955-1962、イギリス)に似たフロントグリルを持つ。このときまだミツル・ハナガタ2000は発売されていない。それが登場するのは7巻47ページで、ポルシェ356に似たフロントスタイルの2ドアロードスターだ。ボディ前部にエンジン冷却用の空気取り入れ口がないので明らかにリアエンジン車である。
 C(9巻200頁ほか)はミツル・ハナガタ2000発売後に登場する2ドアロードスターだが、ミツル・ハナガタ2000ではない。なぜなら、ボディ前部にエンジン冷却用の空気取り入れ口があるからだ。その同じクルマであるにもかかわらず、途中でリアスタイルが変わったり、サイドモールディングが消えたりするコマがある。
 D(11巻185頁ほか)は全体としてはCに似ているが、フロントグリル、フロントウインドウ、テールランプが異なる。ここでも同じクルマが途中で4ドア2列シートに描かれたコマがある。
 E(14巻36頁ほか)はDに似たフロントスタイルと推測されるが、フロントガラスが違う。切り落としたようなリアエンドで、テールランプは大型横長タイプ。左ハンドル。
 F(15巻154頁ほか)は4ドアコンバーチブルで、フロント部が1970年型フォードサンダーバードに似る。4ドアで観音開きタイプ。
 G(19巻22頁ほか)はCに似ているがフロントウインドウやフェンダーラインが違う。
 アニメではコミックとまったくデザインの違うミツル・ハナガタ2000が登場する。これはコミックより後に制作されたアニメが、その当時のスポーツカーを参考にしたためと推測される。アニメではデザインが違うだけでなく、花形満が自分の名前が付けられたスポーツカーを運転するという点もコミックと変わっているところだ。
 アニメのミツル・ハナガタ2000はロングノーズ・ショートデッキスタイルのFR(フロントエンジン・リアドライブ)車で、ボディの前半分はフェラーリ330GTC/GTS(1966-1968、イタリア)、後ろ半分はイソグリフォタルガ(1970、イタリア)を参考にしたようなスタイルだ。
 2005年に、パチスロ(パチンコ店等に設置されるスロットマシン)「巨人の星3」(アリストクラートテクノロジーズ)の販売促進用品として、「巨人の星」の作画担当者川崎のぼる特別監修のもとミツル・ハナガタ2000のミニチュアカーが製作された。製作台数は5000台で、非売品。このときに諸元が設定されて、ミニチュアカーのパッケージにプリントされた。
ミツルハナガタ2000諸元表_R.jpg 【表】ミツルハナガタ2000諸元表
mituruhanagata2000.jpg【写真】ミツル・ハナガタ2000のミニチュアカー
 コミックに描かれたミツル・ハナガタ2000と違うのは、リアエンジンながら控えめなフロントグリルがある点だ。なお、リアエンジン車で直列6気筒エンジンは現実的ではない。なおこのミニチュアカー製作にあたり、その企画者が講談社とやりとりしたところによると、作画担当の川崎のぼる氏は作中に登場する花形満が運転する二人乗りのロードスターはどれもミツル・ハナガタ2000として描かれたようで、「どれが正しいのか」との質問に「5種類の中で良いところを取って再デザインを」と答えられたそうだ。その結果完成したのが写真のミニチュアカーだ。これからもわかるように、「巨人の星」で登場するクルマはあまり正確さを期して描かれたものではない。あくまでも登場人物の社会的・経済的なポジションや価値観等を印象付けるための脇役として描かれている。
 コミックに戻り、花形満のクルマ以外で注目されるクルマを2台紹介する。1台は10巻181頁に登場するタクシーだ。「前進あるのみ」という章の1ページ目で3段にひとコマずつ、タクシーが堤防の上の道路に現れ、近づき、停車するまで描かれている。タクシーの姿が大きくなるにつれ、描写が細かくなるのだが、2コマ目と3コマ目でフロントのデザインが変わってしまう。3コマ目に描かれたタクシーは、フロント部がトヨタクラウンエイトの後期型(1965-1967)、横は2代目トヨペットクラウン(1962-1967)をイメージさせる外観だ。
 もう1台は18巻64ページにひとコマだけ登場する、鬼怒川組長のクルマで、このクルマに限り実在の車種を特定できるように写実的に措かれている。そのクルマは1969年型マーキュリークーガー(アメリカ)だが、それにはマンガで描かれた4ドアセダンはないので、結果的には組長のクルマは架空の車種ということになる。1969年型マーキュリークーガーのフロントグリルは車幅いっぱいの横長デザインで、4灯のヘッドランプはグリルの奥に隠されたコンシールドタイプだ。

5-4「総務部総務課山口六平太」
 架空の自動車会社、大日自動車の総務部総務課を舞台に、サラリーマン山口六平太の日常を描く。次から次へとさまざまな問題が起きたり、持ちこまれたりする。トイレットペーパー切れから、昇進昇格問題、職場の人間関係、社員が起こした問題、福利厚生問題など内容は千差万別。いつもあてにされるのが山口六平太。彼はどんなことも着実に片付けていく。サラリーマンには身近なことがテーマとして扱われており、共感を呼ぶことが多いと思われ、この作品に"サラリーマンの応援歌"という副題がつけられるようになった。成果主義導入に関するテーマなどサラリーマン社会にアイデアを提案しているようなものもある。自動車会社が舞台だが、自動車に関するテーマは少ない。
《登場する実在のクルマ≫
 大日自動車の車種は架空のモデルだ。自社でリッターカー以外生産していない頃の社長車はメルセデスベンツSクラス。同車は金持ちの夫人や大病院の院長が運転するクルマとしても登場する。大日自動車の大抹主である金森老人はみずからロールスロイスファンタムⅥのハンドルを握る。荒っぽい運転でクルマはキズだらけ。六平太と出会ってから、オーナーが本来座る場所である後席におさまるようになる。社員と家族で別荘に行くときのクルマとしてVWのマイクロバス(タイプ3)が登場。今西課長は周囲に気兼ねをしながらも、六平太に背中を押されて憧れのクルマだったミニを買う。あるとき不純な動機から有馬係長が欲しいと言い出したのは日野コンテッサクーペ。そのほかトヨタエスティマ(初代)、キャデラックリムジン、ポルシェ、フェラーリ、コブラなども登場する。
≪大日自動車の車種≫
 ストーリーの初めの方で、大日自動車は軽自動車から1000ccクラスまでを得意とするメーカーとして設定されている。作品中に登場する主要な車種は、コアラ、カンガルー、サザン、ロシナンテ、キーウィの5車種だが、ほかにも車名だけで10車種もあり、車種構成の全容はよくわからない。過去に生産された車種として1号車のクローバー(三輪車)、ポニー、ペコーが登場する。
 サザンは、1000ccクラス以下の車種が主体だった大日自動車初の2000cc4ドアセダン。田川社長念願の、小型乗用車枠いっぱいの車種誕生により、それまでの社用車メルセデスベンツから乗り換える。
 ロシナンテは1930年代のクラシックカースタイルの軽の二人乗りスポーツカー。トヨタ自動車が社内にべンチャー組織をつくって、Willブランドの車種を開発したように、大日自動車でも同様のプロジェクトチーム(第五事業所)がつくられて誕生したのがこの車。
 ポニーは30年くらい前に生産していた車種。トヨタの初代パブリカがヒントと推測される小型の2ドアセダン。愛用し続けているオーナーのために部品を特製するが、"アフターサービス"として費用は請求しない。
 ダイニチ車は外観の特徴として、一部の車種にフロントグリルの代わりに右にオフセットしたふたつの丸い穴を持つ。他の自動車メーカーとしてトミタとニッタンが出てくる。

5-5「バットマン」
 「バットマン」(Batman)は、アメリカのDCコミックが1939年から刊行しているマンガで、作画家ボブ・ケーン(Bob Kame1915-1998)と作家ビル・フィンガー(Bill Finger1914-1974)により生み出された。それを原作とした映画・アニメ・TVドラマも制作され時代を超えて人気を保っている。
 コウモリ風のコスチュームに身を包むバットマンの正体は富豪ブルース・ウェインで、アメリカの架空都市ゴッサムを舞台にヴィランと呼ばれるさまざまな悪党と戦う。
 実写映画は1943年に最初の作品が、以後現在まで11作品が制作されている。1989年の『バットマン』は日本にも配給・公開されて大ヒットした。1966年から1968年まで実写ドラマが放映され、1968年から現在までシリーズが変わりながらアニメも放映されている。
≪登場するクルマ≫
 原書を入手していないため1997年に発刊されたダイジェスト版『THE GREATEST BATMAN STORIES EVER TOLD』の日本語版(近代映画社出版)を元に説明する。ただし、クルマの画は分析できるほど描き込まれていないので参考程度にとどめてもらいたい。
 スタートした1939年の作品に登場するタクシーの描写は簡素で、特定の車種をモデルとして描かれてはいない。バットマンの専用車が初めて登場する1944年にはクルマの描写が多少細かくなり、当時の車体形状の特徴がわかる。
 1970年代半ば頃までは、自動車の登場シーンはそう多くなく、バットモービルも-般のクルマも簡単な表現だ。やや写実的な描写になるのは1971年からだが、まだ実在の車種は描かれない。1978年になってやっと車種を特定できる描写になる。「バットマン」はマンガに関する限り、自動車についてはボディスタイルの変遷がおおざっぱにわかるくらいだ。
《バットモービル(マンガ)の移り変わり≫
1944年:既存の乗用車に、フロントグリル部全体を覆うコウモリのマスクと、車体背面に巨大な垂直の羽を付けたスタイル。
1946年:フロントマスクと背面の羽のほか、前後フェンダーが一般の乗用車と異なる。フロントフェンダーはほとんど、リアフェンダーはすっかりタイヤを隠している。
1948年:フロントフェンダーも最下部までタイヤをすっぽり覆ったほか、フロントバンパーが無くされて、一般の乗用車との違いがより大きくなった。
1950年ごろ?:フラッシュサイドボディになった。曲面の一体ガラスキャビンが一般の乗用車にはない特徴となっている。
1958年:当時流行した4灯ヘッドランプを持つ。フロントバンパーが復活している。
1963年:キャビンの上に大きなライトを備える。フロント部の変更は絵がなくて不明。
1966年:一般乗用車とは完全に異なる専用のデザインとなった。ルーフのないオープンカーで、後部の羽はボディの両側に付く。描写がまだ簡素だ。
1971年:これはバットマンがラジコンで操縦するバットモービルで、一般の乗用車と同様のデザインを持つ。描写が現実味のあるものになった。
1979年:基本形状は1966年のものと同じようだが、描写が現実味を帯びたものになった。

5-6「鉄腕アトム」
 21世紀の未来(注)を舞台に、原子力をエネルギーとする感情を持った少年型ロボット、アトムが活躍する物語。天馬博士が交通事故死した息子、飛雄(とびお)に似せて製作したアトムは、紆余曲折を経てその可能性に着目していたお茶の水博士に引き取られる。まじめな性格で正義感が強い一方、ロボットであることを悩む場面も多い。アトムは7つの力を持っている。それは時代とともに変化(能力が向上)するが、始まりの頃の主な内容は次の通りである。10万馬力の原子力モーター。足にジェットエンジンがあり、最大マッハ5で空を飛ぶ。善悪を見分けられる電子頭脳。普通の1000倍も聞こえる耳など。
 21世紀の未来の世界(注)が舞台の「鉄腕アトム」には、路上を走る車に加えて、当時未来の自動車として空想画によく描かれていた空飛ぶ自動車(エアカーと呼ばれていた)が登場する。
 なお、手塚治虫のマンガに登場するクルマは、設定が実時間であっても車種を特定できるように描かれていないものが多い。
(注)『鉄腕アトム』は1952年に誕生したため、21世紀は未来だった

6.登場人物の愛車やあこがれのクルマなど
 自動車が登場するマンガの中に、主人公や主要登場人物が愛車を持っているものがある。登場人物のキャラクタ一にマッチした車種が選ばれるのが普通だが、作者の趣味が反映されているケースもあるようだ。
 自動車の中には、一般の人々にもよく知られたブランドや車種がある。それはそういったブランドや車種のアイデンティティが確立されているからで、たとえば高級車といえばロールスロイス、お金持ちのクルマといえばメルセデス-ベンツ、スポーツカーといえばフェラーリやポルシェなどだ。マンガの中で、登場人物や話題に合わせてクルマを登場させるときにその種の車種が自然と選ばれることになる。

6-1「ルパン三世」
 「ルパン三世」はモンキー・パンチ(本名加藤一彦)原作のアクションマンガで、双葉社の青年マンガ雑誌『漫画アクション』の創刊号(1967年)から連載された。テレビアニメ化(1971年)により人気に火がつき、以後たびたびテレビアニメ化や映画化がされている。
 ルパン三世は怪盗アルセーヌ・ルパンの孫という設定で、ねらった獲物は必ず奪う大泥棒だ。仲間はガンマン・次元大介、サムライ・石川五ェ門、謎の美女・峰不二子。彼らの活躍と、ルパン逮捕を生きがいとする警視庁の銭形警部の奮闘を描く。作者は原作ではルパンをあくまで「大泥棒」として描いていたが、アニメや映画化で若年者に人気が出たため、その後「心優しいルパン」という設定になってきている。
《登場するクルマ≫
 ルパンの愛車としてはメルセデスベンツSSK、アルファロメオクワトロルオーテザガート、フィアット500、ミニクーパーなどがあるが、劇場版アニメ第2作『ルパン三世 カリオストロの城』以来、ルパン3世の愛車としてはフィアット500の印象が強まっているようだ。「ルパン三世」のスタッフの一人で、同車を所有したこともある大塚康生は、『ルパン三世カリオストロの城』の監督宮崎駿から、この作品でフィアット500をルパンの車にするよう指示されたと話している。なお、同作品のカーチェイスシーンでヒロインのクラリスが追手から逃げるのに運転したシトロエン2CVは宮崎監督の当時の愛車だったという。ルパンの逮捕に執念を燃やす銭形警部が乗るパトカーはダットサンブルーバード1964年型だ。

6-2「クレヨンしんちゃん」
 「クレヨンしんちゃん」は、臼井儀人のマンガ、およびそれを原作とするアニメやアニメ映画。
 1990年夏に双葉社の週刊青年マンガ雑誌『漫画アクション』で連載開始され、2000年から同社の『マンガタウン』で連載中。アニメはテレビ朝日系で1992年から放送中。海外でも翻訳出版・アニメ放送・映画公開がされている。
 しんちゃんはアクション幼稚園(アニメではふたば幼稚園)に通う5歳の幼稚園児、野原しんのすけ。しんちゃんと家族や園児たちとの生活が描かれる。思ってはいても大人だと言いにくい、本音やや皮肉を5歳児にしゃべらせているため、本来大人向けマンガであった。それにもかかわらず、アニメの影響で幼児・子どもやその親の読者・視聴者が増えてきたことから、それに合わせるように内容がホームコメディに変化してきている。
≪登場するクルマ≫
 「クレヨンしんちゃん」のマンガやアニメではクルマは単純に描かれ、参考にされた車種がなんとなくわかるくらいだ。しかし、劇場映画シリーズ第9作目の『クレヨンしんちゃん嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』(2001年公開)ではクルマが重要な役割を持つことから、車種がわかるように描かれ、セリフにも実車名がのぼる。秘密結社のリーダーの愛車トヨタ2000GTをはじめ、スバル360、マツダコスモスボーツ、ニッサンスカイラインなどオトナにはなつかしい昭和40年代のクルマが何台も登場する。幼稚園バスとスバル360群のカーチェイスシーンは15分以上にも及ぶ。トヨタ2000GTとスバル360はそれぞれオトナにとって夢のクルマ・なつかしい大衆車の象徴的存在として選ばれたものと思われる。

6-3「ちびまる子ちゃん」
 1970年代半ば頃の静岡県清水市(現在の静岡市清水区)を舞台にしたファミリーマンガ。
 作者はさくらももこで、月刊少女雑誌『りぼん』(集英社)に1986(昭和61)年夏から掲載され始めた。当初は自身の少女時代のさまざまな経験が作品のヒントだったが、連載の長期化に伴い次第に完全なフィクションに変わってきているようだ。ちびまる子と家族、クラスメート、町の人たちとの日常のかかわりが、まる子の見た目、感じた心で描かれている。
 テレビアニメ化(1990年)、劇場アニメ作品制作(1990年)、実写テレビドラマ化(2006年)、朝刊紙面連載(2007年-)などは本作品の人気を裏付けるもので、「ちびまる子ちゃん」は今や国民的マンガ作品となっている。
≪登場するクルマ≫
 「ちびまる子ちゃん」に登場するクルマといえば、花輪くんの家のロールスロイスだ。車種は1970年前後のファンタムⅥのようだ。それはショーファー(お抱え運転手)により運転される超高級車で、その後席におさまるのは各国元首や王侯貴族、富豪などごく一部の人々である。昭和天皇の御料車の1台としても使われた。生産台数は少なく、ファンタムⅥは332台。「ちびまる子ちゃん」では執事のヒデじいが運転して花輪くんを送り迎えするシーンがときどき出てくる。まる子ちゃんはロールスロイスを「ロースハムみたいな名前だね」と言う。
 「ちびまる子ちゃん」のマンガやアニメではクルマの表現は概して簡素だが、1992年に制作された劇場アニメ作品『ちびまる子ちゃん-わたしの好きな歌-』(映画原作特別描き下ろしもある)では、ロールスロイスともう1台が写実的に描かれているところがある。ヒデじいがまる子に「カッコいいね」と言われて想像しているのはスポーツカー。花輪家の執事を務めるヒデじい(西城秀治)は、花輪家のロールスロイスの運転もするが、個人的に好きなクルマはスポーツカーであることがわかる。車種はイギリスのトライアンフTR2。68歳のヒデじいが若いときに憧れたものと思われる。

7.終わりに
 クルマに関する知識は、車種であれ、技術であれ、歴史であれ、少しでもあった方がいいことは間違いない。ここではマンガをテーマとしたが、映画でも小説でもクルマがストーリーの中で意図的に使われることは少なくないからだ。自動車の世界は極めて広いため、どこから始めていいのかわからないかもしれないが、クルマに関する知識を広げ、深めるのにマンガは最適のツールのひとつである。というのはマンガには、古今東西のどんな車種でも、その形のわかる資料があれば自由に登場させられるからだ。さらに、本文中に紹介したように、自動車マンガにはそれぞれの分野をテーマにした作品があるので、自分の興味・関心に応じてほしいものを選ぶことができる。
 まずは、どれでもいいから楽しめそうな自動車マンガを1冊読むとよい。それで得られた知識が自動車の世界への入口となる。繰り返すが、自動車について知識があるに越したことはない。


<参考文献>
「マンガの時代」東京都現代美術館/広島市現代美術館発行1998年
「現代漫画博物館1945-2005」小学館発行2006年
「KINO VOL.01」京都精華大学情報館発行2006年
「マンガの昭和史昭和20年~55年」珠式会社ランダムハウス講談社発行 2008年

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執筆者プロフィール

1949年(昭和24年)鹿児島生まれ。1972年鹿児島大学工学部卒業後、トヨタ自動車工業(当時)に入社。海外部で輸出向けトヨタ車の仕様企画、発売準備、販売促進等に従事。1988-1992年ベルギー駐在。欧州の自動車動向・ディーラー調査等に従事。帰国後4年間海外企画部在籍後、1996年にトヨタ博物館に異動。翌年学芸員資格取得。小学5年生(1960年)以来の車ファン。マイカー1号はホンダN360S。モーターサイクリストでもある。1960年代の車種・メカニズム・歴史・模型などの分野が得意。トヨタ博物館で携わった企画展は「フォードT型」「こどもの世界」「モータースポーツの世界」「太田隆司のペーパーアート」「夢をえがいたアメリカ車広告アート」「プラモデルとスロットカー」「世界の名車」「マンガとクルマ」「浅井貞彦写真展」など。

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