三樹書房
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第5回  配役される車 ―「刑事コロンボ」の場合―
2013.3.27

1.はじめに
 車に興味があると、とくに欧米の映画やドラマを観るときにストーリーだけでなく、車についても楽しむことができる。実際に使われ、走っているシーンが多いので写真と違って現実感がある。そのほかに登場人物がどんな車に乗っているかも関心事となる。それは登場人物に適した車種を配役しているからだ。登場人物の社会的地位、経済状態、タイプは様々であり、一方、自動車もブランドや車種によっては固有のイメージが築かれているものがある。登場人物の乗っている車が、彼らがどんな人間かをかなり端的に伝えてくれる。
 なお、ここでの車と人物の関係はあくまでも"「刑事コロンボ」の場合"に関してであり、必ずしも普遍性があるわけではないことと、一部にネタばれを含むこと、さらに、ここに紹介する写真はすべて同型車で、カラーや仕様等は作品に登場した車と異なることをお断りしておく。

2.コロンボの愛車
 コロンボの愛車は1959年式のプジョー403コンバーチブル。同車は、1955年4月、プジョーとしては初の戦後型スタイルのクルマとして4ドアセダンから登場した。2ドアのコンバーチブルは1956年9月に追加された。

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【01】プジョー403コンバーチブル(1961)

 プジョーが最初に登場するのは3作目の「構想の死角」で、1971年の放映だから、コロンボのプジョーは当時12年を経ていたことになる。現在、12年前の車といってもさほど古さを感じさせないが、1960年前後の数年を境に乗用車のスタイルは大きく変化した。そのため1955年に登場したプジョー403は、1971年にはずいぶん古びていたと思われる。コロンボのプジョーは、凹みやキズ、腐食箇所、こわれたパーツがあり、エンジンは不調なことが多く、彼の風采に絶妙にマッチしている。

3.作品ごとの解説
 以下に車について語ることのできる作品の中から12例を取り上げる。日本語タイトルの後ろはオリジナルタイトルとアメリカでの放映時期(年/月)を表す。

(1)「指輪の爪あと」 Death Lends A Hand 1971/10
 大手探偵社のブリマー社長は、自分の思い通りに事が運ばないことに逆上し、取り返しのつかない事態を招いてしまう。彼は殺害した女性の遺体を自分のキャデラックのトランクに入れて廃車置場へ運び、そこに捨てて事件の偽装をはかる。 
 被害者の夫は新聞王として知られる人で、すでに年配のため運転手付きのロールスロイスを使用。捜査で被害者の屋敷に来たコロンボが、そこを出るとき庭に止められたブリマーのキャデラックに目をとめるシーンがある。その理由は後で次のやりとりがなされてわかる。コロンボ「海辺にお住まいで?」。ブリマー「どうしてわかった」。コロンボ「ホィールが錆びていましたよ」。これはブリマーに犯行が可能だったことの理由となった。

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【02】キャデラックフリートウッドエルドラドクーペ(1971)

 あるときコロンボはプジョーを運転中、白バイに止められる。プジョーの片方のストップランプが切れていたからだ。そのとき、「免許も来週で切れますよ」と注意される。コロンボが免許更新に行くと、そこで女性の免許更新者が視力検査をしていた。コロンボはそれを見て、被害者の遺体に眼鏡がなかったことに気づき罠を仕掛ける。それと知らぬブリマーは、遺体をトランクに入れたとき被害者の目からコンタクトレンズが外れ落ちたのではないかと車の置き場所(修理工場)へ探しに行き、待ち構えていた警察に御用となった。事件解決後、不審がる新聞王にコロンボが答えた「ポテトを排気管に突っ込むとエンジンが止まるんです。」コロンボは容疑者の車に細工をして修理工場入りさせていたのだ。

(2)「2枚のドガの絵」 Suitable For Framing 1971/11
 美術評論家のデイルは世界的な絵画収集家の叔父を銃で撃ち、アリバイづくりのために画学生トレーシーを利用する。二人の車はそれぞれメルセデス-ベンツ300b(黒)とフォルクスワーゲン(ビートル)コンバーチブル(青)。ビートルはよく学生の車として使われたということなのでこのドラマでも自然だが、美術評論家とメルセデスはミスマッチのような感じがした。それは単に美術や芸術といったときに連想する国として、ドイツより先にフランスやイタリアが浮かぶ筆者の先入観からかもしれない。デイルはトレーシーを殺し、自動車事故に偽装する。
 遺産を相続する叔父の別れた妻エドナのクルマはリンカーンで、ヘッドランプがリトラクタブルタイプであることが時代を感じさせる。

03 Mercedes-Benz 300b 1955_R.jpg
【03】メルセデス‐ベンツ300b(1955)

(3)「死の方程式」 Short Fuse 1972/01
 フェラーリデイトナの走る姿とV12エンジンのサウンドを楽しむことのできる作品だ。
 薬品会社先代社長の息子ロジャーは化学知識に秀でるが道楽者。現社長の叔父がリンカーンコンチネンタルのリムジンで山荘に向う。それにはロジャーがすりかえた手製の化学爆薬を仕込んだ葉巻ケースが乗せてあった。
 ロジャーの車はシルバーのフェラーリデイトナ。夜のシーンではポップアップした丸型4灯のヘッドランプを見ることができる。「もうひとつの鍵」(Lady In Waiting 1971/1207)に出てきたデイトナとはボディカラーのほかにホィールも違う。前者はワイヤスポークホィールだったが、こちらはクロモドラの5本スポークアルミホィール。その形状から"星型"といわれたこのアルミホィールは、この頃のフェラーリの定番ホィールで、力強くダイナミックなイメージを持つ。

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【04】フェラーリ365GTB(1971) ホィールはクロモドラのアルミ製

 山道のシーンで登場する警察の車はジープ。珍しいロングホィールベースタイプで、その助手席にコロンボが這い上がるように乗り込む。警察の車も場所によって変わり、「仮面の男」(Identity Crisis 1975/11)では、殺人現場となった海岸の砂浜にサンドバギー(デューンバギー)の姿が見える!
 叔父を殺したロジャーが社長の椅子に座るつもりで、キャデラックのリムジンで会社に現れるが、まったく板に付いていない。"社長とリムジン"の組合せが一般的なことがわかる。

(4)「黒のエチュード」 Etude In Black 1972/09
 有名なオーケストラの指揮者アレックスの妻は裕福なオーケストラ所有者の娘。アレックスは愛車のジャガーEタイプクーペを行きつけの修理工場へ点検に出す。そこへ彼を迎えに妻が運転して来たのはロールスロイス。ジャガーを点検に出したのは、結婚を迫られた愛人を殺すときのアリバイ工作に利用するためだった。アレックスは修理工場が閉店した後こっそりとジャガーを引き出して犯行に使用。その後また修理工場に戻した。
 捜査を始めたコロンボが修理工場で、自分には縁のない高級スポーツカーのジャガーの運転席に座っている。実はこれはただ高級スポーツカーに座ってみたくてそうしたのではなく、走行距離計をチェックしていたことが後でわかる。整備記録簿には入庫時の距離が記録されるので、コロンボは修理工場から犯行現場までを往復した距離に相当する距離が増えていたことを確認してアリバイを見破る手がかりにしたのだ。

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【05】ジャガーEタイプクーペ(1968)

 ストーリーの始めの方で、大きな屋敷とその前のジャガーEタイプクーペがやや遠方から少し見上げるようなアングルで映されるシーンがある。これでメインとなる登場人物は裕福な環境にあり、知的レベルが比較的高く、割りと繊細な神経の持ち主であることを想像できる。アレックスがジャガーを持ち込んだ修理工場のシーンでは、XK120やSSジャガー100ほか数台のクラシックカーが映る。

(5)「悪の温室」 The Greenhouse Jungle 1972/10
 原作(二見書房の翻訳版 ザ・ミステリ・コレクション「刑事コロンボ 悪の温室)では、甥の財産を狙って狂言誘拐を計画するラン栽培家の叔父が乗るのは"メタリック・グレーのベンツ"、信託財産で暮らす甥の愛車は"黄色いフェラーリ"だが、テレビドラマではそれぞれメタリックグレーのベントレーと黄色いジャガーEタイプに変わる。甥のクルマは狂言誘拐のシナリオで崖下に転落させることになっているため、高価なフェラーリの代わりにジャガーが選ばれたものと思われる。
 誘拐事件を連絡する警察無線の声は、原作(翻訳版)では「― 当人が乗っていた車。黄色いフェラーリ。クーペ。黒のレザートップ。クローム・スポークのタイヤ。ナンバーはZZの0342.繰り返す...」 これがドラマでは、
・オリジナルセリフ:「...driving a yellow sportscar, chrome spoke wheels, license ZZ0324.」
・日本語字幕:「クルマは黄色のスポーツカー、ライセンスナンバーはZZ0324」
・日本語に吹替えたセリフ「黄色のスポーツカー、スチールラジアルのタイヤ、ナンバーはZZ0324」
ドラマでは車名が出ずに、黄色いスポーツカーとしか言っていないのは意外だった。クローム・スポークホィールを日本語字幕では省略し、吹替えではスチールラジアルタイヤに変えている。クローム・スポークホィールが日本の視聴者にはわからないと判断されたからであろうが、スチールラジアルタイヤかどうかの見分けは簡単ではなく、すなわち車両特定に役立つ情報ではないことから、この変更は適当とは言えない。

(6)「ロンドンの傘」 Dagger Of The Mind 1972/11
 コロンボが研修でロンドンへ行く。空港で出迎えたのはロンドン警視庁犯罪捜査局刑事部長で、車は白いローバー2000。ロンドン警視庁でコロンボを待っていたのは案内役のダーク警視正で、車は車格が上がってジャガーXJ6。ロンドン警視庁前でコロンボが乗せられたジャガーXJ6は、現場に着いたときにはXJ12に入れ替わっていた!

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【06】ローバー2000(1967)

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【07】ジャガーXJ6

 舞台俳優夫妻ニコラス(ニック)とリリーは公演のスポンサーである著名人サー・ロジャーを誤って死なせてしまう。彼らはサー・ロジャーが自宅で事故死したように偽装をはかる。遺体を入れた大きなトランクをモーガンのトランクデッキにくくりつけてサー・ロジャーの屋敷へ運ぶ。モーガンは、ボディがクリーム、フェンダーが黒というツートーンカラーだ。

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【08】モーガン4‐4(1959)

 ダーク警視正は現場の状況から事故死を疑わないが、コロンボは些細な矛盾から事故であることを疑う。そのひとつが車に関することだった。庭でサー・ロジャーのロールスロイスを洗おうとしている運転手とのやりとり。コロンボ「雨のシミが少しあるけど、昨日も洗った?」。 運転手「毎日洗ってますよ」。当日ロンドンから20マイル離れたサー・ロジャーの居宅がある地域では雨は降らなかったが、ロンドンでは雨が降ったことがわかり、コロンボは夫妻への疑いを深める。
 それに関連したコロンボとニックのやりとりでは、同じものがアメリカとイギリスで呼び方に違いのあることを知らされる。コロンボ「フードに雨の跡が」。ニック「フードに雨の跡が? ボンネットのことか」。
 参考までに、ほかにもアメリカとイギリスで呼び方の違うのは(アメリカ/イギリス)、セダン/サルーン、トランク/ブーツ、ウィンドシールド/ウィンドスクリーン(フロントガラスのこと)、フェンダー/ウィング、トランスミッション/ギアボックスなどがある。ニックを演じるのはアメリカ人俳優だが、イギリス人を演じさせるためこういったところもしっかり押さえている。
 サー・ロジャーのロウ人形の初公開には、氏が殺人事件の被害者とわかったことから見学者が殺到。そこへ招待された俳優夫妻が乗りつけたのはデイムラーリムジン(ハイヤーと思われる)だったが、そこを出るときはパトカーのローバーに乗せられる。
 以下に原作の訳本からクルマに関連する記述を抜き出して(≪≫で示す)TVドラマと比較する。
p15 ≪ニックの白塗りのスポーツ・カー、モーガン4-4≫  映像ではクリーム色のボディに黒いフェンダーだが、車種は合わせている。
p42...≪駐車場の片隅に、サー・ロジャーのベントリー・サルーンが駐まっている。あの車にこのトランクを積み込まなければ...。≫ 映像ではベントリー(ベントレー)ではなくロールスロイスだ。オーナーが自ら運転するという点ではベントレーの方がふさわしい。
p71 ≪ダーク部長の専用車オースチン≫  映像ではオースチンより格上で高級なジャガーXJ6だ。原作ではダーク部長が自ら運転するが、映像では運転手がいる。以下は筆者の想像だ。ダーク部長のオースチンは、FRのやや古めかしいスタイルのA110ウェストミンスターが合いそうなのだが、そのボディカラーはツートーンタイプしかない。しかし、"紺のオースチン"とあるから、一色塗りとなれば1964年に登場したFFの1800であろうか、あまりマッチしないが。
p97 ≪傾きかけた日ざしのなか、ニックの運転する白いモーガンが車体をきらめかせながら屋敷の駐車場にすべりこんだ。≫  この場面は映像でも見せてくれる。「ロンドンの傘」は、モーガンや英国車に興味のある人にはこのシーンを含めてモーガンの姿や雰囲気を楽しむことができる作品だ。
p122 ≪「...、その夜、雨が降ってました?」 ... 「車のボディに雨の跡がついてたもんですから」≫  原作では、映像にある"フードとボンネット"のシーンが出て来ない。
P128-129 ≪「...、ディックって老人から聞いたんですが、サー・ロジャーの車があの夜駐めてあった場所が、いつもの位置と違ってたらしいんです。サー・ロジャーは几帳面なたちらしくて、いつも決まった場所...ちょうど赤い煉瓦のラインにぴたりと沿って駐めるらしいんですが、それがえらくずれてたらしいです。人間の習慣ってやつは、そう簡単には変わらないもんでしょう?」 「てことは、誰かが運転してきて、駐めて立ち去ったってことも考えられますな。」≫ このシーンは映像にはないが、確かに人にはそういう傾向がある。コロンボには、自動車を駐めた位置も事故死が偽装された可能性の手がかりとなる。
 ストーリーに関係はないが、コロンボを乗せたローバーの前を走るMGBがボンネット先端にL(教習中、learnerの頭文字)のステッカーを付けている。イギリスでは運転免許を取得する際、試験に合格するまでは白地に赤いLのステッカーを車の前後に貼り、3年以上免許暦のある21歳以上の同乗者を必要とし、高速道路を走ることは許されないなどの制約がある。運転練習用の車がスポーツカーのMGBというのがスポーツカー王国だったイギリスらしい。

(7)「二つの顔」 Double Shock 1973/03
 一卵性双生児の兄弟の弟デクスターは派手好きな料理研究家で、愛車は赤いフェラーリ。この作品では自動車の出るシーンが少なく、このフェラーリも数秒しか映されずクルマファンにはフラストレーションを感じさせる。
 原作では、弟が乱暴に運転する赤いポルシェの中で、兄弟が叔父の殺害についてやりとりする場面が10ページ(翻訳版文庫本)も展開される。弟はポルシェを操れる運転テクニックの持ち主だ。これらは映像では省略されているので、本とドラマでストーリーの印象がずいぶん異なる。原作を読むとデクスターの車は、独特の排気音とエンジン音を発する空冷水平対向エンジンのポルシェ911しか考えられない。映像でポルシェ911を使っていたらもっと違う雰囲気のドラマになったと思われる。なお、映像ではフェラーリ330GTSがV12サウンドを響かせて屋敷に入って来る。夜のシーンなのでフェラーリははっきりとは映らない。

(8)「白鳥の歌」 Swan Song 1974/03
 冒頭で1971年型キャデラックフリートウッドエルドラドコンバーチブルがコンサート会場にすべりこんで来る。運転してきたのは人気カントリー歌手トミー・ブラウン。自分が稼いだ金を自由にできないことに不満なトミーは、本当はフェラーリやロールスロイスを所有したいと思っている。オリジナルのセリフ(意味)は「みんなはフェラーリ、ロールズに乗っているというのに俺は自分の車さえ無い」だが、日本語の字幕はフェラーリ、ロールズの代わりに"高級車"、日本語への吹替えは「みんなは外車や高級車に乗っているというのに、俺はレンタカーだぜ」。キャデラックはトミーが借りているレンタカーだった。最新の型ではなくても自分の人気にふさわしい車種としてアメリカ製最高級パーソナルカーを選んでいるところが面白い。
 コロンボはトミーがサンフランシスコ行きの飛行機に乗るとき、彼がレンタカーの鍵を持ったままだったことを見逃さなかった。コロンボの推測通りトミーはじきにひき返して来て、レンタカーのキャデラックで証拠隠滅のために現場に向う。

(9)「仮面の男」 Identity Crisis 1975/11
 CIAの責任者ブレナーが、彼の秘密を握るかつての部下を手にかける。車はほとんど犯行に関わらないが、ブレナーの車は極めて珍しいシトロエンSMで、その走る姿を十分に堪能できる。ヘッドライトはアメリカの法規に対応するためにオリジナルの6灯式から丸形4灯式に換えられている。運転中にラジオを聞くシーンがある。ラジオはダッシュボードではなく運転席横にある。そのラジオで聞いたニュース内容を、うっかりスピーチ原稿に取り入れたことでアリバイにほころびが生じてしまう。原作ではブレナーの車は単なる"クライスラー"だ。ドラマで非常に個性の強いシトロエンSMにしたのはなぜだろうか。

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【09】シトロエンSM(1975)US仕様

 この作品ではほかに1956年型シボレーベルエアや、数秒間だがトヨタコロナ(3代目)、ダットサンサニークーペ(2代目)、トヨタコロナマークⅡステーションワゴン(初代)なども画面に出てきて1970年代半ばの日本車が増え始めたロスアンゼルスの路上風景を見ることができる。また、コロンボが自分のクルマについて、「国内に3台だけしかないクルマ」と言う。

(10)「死者のメッセージ」Try And Catch Me 1977/11
 売れっ子推理作家アビゲイル・ミッチェルは、最愛の姪フィリスの事故死は姪の夫エドモンドによる殺害だと確信していた。アビゲイルは事故に見せかけてエドモンドを死に至らしめる。そのとき、エドモンドが乗ってきた車、赤いメルセデス‐ベンツ450SLのキーの処理を誤ったことが命取りとなる。
 アビゲイルは小柄な初老の女性だ。彼女が運転するのはロールスロイスコーニッシュ。高級パーソナルカーとしては当時世界最高の車種と言えよう。その車の登場シーンはこうだ。まず、画面の左コーナーに車体の左前部の上3分の1くらいが映される。ボディの色は鮮やかなブルーだ。画面の残りの部分には、レディスクラブ前の駐車場と、その向こうに広がる景色が見え、路上には数台の車が駐められている。そこにみすぼらしいプジョーがやってきて車体全体が画面に入ったところで停止する。手前にロールスロイスが部分的に写り、その向こうにくたびれたプジョーという構成だ。次にカメラが引いてロールスロイスの全体が画面に入り、コンバーチブルであることがわかる。すなわち、著名で裕福な容疑者の車と、風采の上がらない外見で捜査を続けるコロンボの車は両方とも欧州製コンバーチブルなのだが、一方は最高級車、他方はポンコツ同然という対比が、人物同士との対比とも重なって面白い。
 コロンボは、ロールスロイスに乗り込もうとするアビゲイルに、被害者の自宅への同行を依頼する。そのとき自分の車でと言うが、プジョーを見たアビゲイルはロールスロイスで行くことを提案。同意したコロンボは、ロールスロイスを運転させてもらう。ロールスロイスは濃淡のブルーのツートーンカラーボディに、内装も青といういかにもアメリカ的で、しかも西海岸にぴったりのカラーリングだ。コロンボの運転するロールスロイスコーニッシュは世界最高のパーソナルカーにマッチした場所を快走する。

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【10】ロールスロイスコーニッシュコンバーチブル(1987)

 原作では、レディスクラブの駐車場を埋めつくす車はどれも美しく磨きあげられた豪華なものばかりとあるが、それがテレビドラマでは見られない。その代わりにアビゲイルの車をリンカーン(地味なイメージがある)から、鮮やかなブルーの超高級パーソナルカー、ロールスロイスコーニッシュにしたと推測できるが、結果としては成功している。

(11)「美食の報酬」Murder Under Glass 1978/01
 料理評論家のポール・ジェラールは自分の立場を利用して、レストランのオーナーたちから金を巻き上げていた。その金で買えたのであろう、と思われるのがスタッツブラックホークだ。同車は「忘れられたスター」(Forgotten Lady 1975/09)にも登場するが、それはウィンドシールドがV型(平面ガラス2枚)の初期モデルだったが、今度は1枚の曲面ガラス仕様だ。なお、原作ではポールの愛車は〈赤いランボルギーニ〉だ。
 被害者となったレストランオーナーの1人、ヴィットリオの埋葬シーンで、墓地内の路上に駐車したクルマの1台に3代目トヨタコロナが映る。このコロナはトヨタにとって初めて国際マーケットで認められた乗用車だ。当然、アメリカで成功した最初のトヨタ車であり、現地生産のホンダアコードが追加されるまでは、フォード博物館に常設展示されていた唯一の日本車だった。

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【11】スタッツブラックホーク

 スタッツは1910年代始めからスポーツカーとして名を馳せたアメリカのブランドだが、世界恐慌の煽りを受けて1935年に消滅した。そのブランドが1人のカリスマカーデザイナー、バージル・エクスナー、1人の資本家、ジェームス・オド-ネル、1人の理解者、ジョン・デロリアンの協力で1969年に復活した。ポンティアックグランプリのシャシーにエクスナーのオリジナルデザインボディを架装して生まれた2ドアハードトップクーペの超高級車は「ブラックホーク」と名付けられた。1987年の生産終了までに約500台が生産された。ネッドの車としてスタッツブラックホークはまさにぴったりの配役といえる。

(12)「策謀の結末」 The Conspirators 1978/05
 詩人ジョー・デヴリンは出身国アイルランドの革命軍に自動小銃を調達しようとしていた。デヴリンが取引していた武器商人ヴィンセント・ポーリーは、私服を肥やすために請求額を水増しした。取り引きの裏切りに気づいたデヴリンはポーリーを殺害する。
 デヴリンの車は白いジャガーXK120で、幌を下ろした状態(オープン)と上げた状態の両方が見られる。しかも、ドアにサイドスクリーンを付けた様子も見られる。昇降式のドアガラスがないロードスターでこの恰好が見られるのは珍しい。走行シーンも見られる。原作では〈銀色のジャガー・スポーツタイプ〉で、モデル名まではない。
 ポーリーの車はゴールドのフォードLTDの4ドアハードトップ。原作では〈黒いシボレー〉だ。フォードはシボレーと並ぶ大衆車だから代わりになるが、武器買い付けをする役柄の人物が乗るクルマの色としては目立たない色が合いそうだ。

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【12】ジャガーXK120(1952)

4.車の使われ方
 アメリカにおける車の使われ方で気がついたことを紹介する。それは車への乗り込み方だ。
 「殺人処方箋」(Murder 1968/02)で、高名な精神科医フレミングが友人である検事に、コロンボの捜査についてクレームをつけている。彼らは、路上駐車した検事の車(2ドアセダン)の横に立っていた。話が終わると、検事は助手席のドアを開けて自分の車に乗り込み、運転席へ移動した。アメリカ車のフロントシートにベンチタイプが多かったのはこういう使われ方が普通に行われていたからだ。
 「黒のエチュード」では、オーケストラの指揮者、アレックスが、ロールスロイスを運転してきた妻と運転を代わるとき妻は運転席から助手席へ移動した。
 「ロンドンの傘」では右側通行のアメリカと左側通行のイギリスの違いが車の乗り方に出る。コロンボを乗せようとロンドン警視庁の刑事部長が左後部ドア(歩道側)を開けるが、コロンボは右側から乗り込むのに慣れているためさっさと車道に出て右後部ドアの方へ向う。ドアを開けて待っていた二人の英国紳士はやれやれという表情。
 「死の方程式」や「別れのワイン」ほかでキャデラックやリンカーンのリムジンが登場するが、後席に乗り込むときは頭から入る。これはドアの開口位置より奥にシートがあるためだ。 
 これは乗り込み方ではないが、「別れのワイン」(Any Old Port in a Storm 1973/10)で、コロンボが容疑者のワイナリー経営者カッシーニを警察に連行する途中、彼のワイナリーの前で車を止める。そこでコロンボは、このシチュエーションにふさわしいだろうと選んできたポートワインをカッシーニに振舞う。乾杯のためにコロンボも一杯飲む。なんと、酒気帯び運転をするのだ! 

5.終わりに
 欧米の作品では、車種や自動車に関する知識が多少でもあると、ない場合より楽しめそうだ、とおわかりいただけたとしたら幸いである。もちろんそれは付随的なことであり、ストーリー自体がはるかに面白いことは言うまでもない。
 ここに紹介した12作品は製作年が1968年から1978年に渡っていることから、その間の車の変化も見ることができた。日本車は、アメリカの中でそのシェアが比較的高い西海岸地域でも、ドラマの中では"発見"するほどにしか出てこなかった。1989年から2003年まで製作された「新・刑事コロンボ」の方では、画面に映る日本車の数が増えているだけでなく、米国産車の様子も安全基準の強化や燃費規制により様変わりしているはずだ。たとえば、日本車について言えば、「殺人講義」(Columbo Goes to College 1990/12 )では、事件に使われる車としてトヨタトラック4X4(ハイラックス)が出ている。全作品のDVDが発売されたらまた登場する車もチェックしてみたい。
 なお、「2007年度トヨタ博物館紀要」に書いた原稿では45作品を紹介したので、ご興味をお持ちの方には郵送料負担で送付させてもらえるため、トヨタ博物館の紀要係まで問い合わせいただきたい。

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執筆者プロフィール

1949年(昭和24年)鹿児島生まれ。1972年鹿児島大学工学部卒業後、トヨタ自動車工業(当時)に入社。海外部で輸出向けトヨタ車の仕様企画、発売準備、販売促進等に従事。1988-1992年ベルギー駐在。欧州の自動車動向・ディーラー調査等に従事。帰国後4年間海外企画部在籍後、1996年にトヨタ博物館に異動。翌年学芸員資格取得。小学5年生(1960年)以来の車ファン。マイカー1号はホンダN360S。モーターサイクリストでもある。1960年代の車種・メカニズム・歴史・模型などの分野が得意。トヨタ博物館で携わった企画展は「フォードT型」「こどもの世界」「モータースポーツの世界」「太田隆司のペーパーアート」「夢をえがいたアメリカ車広告アート」「プラモデルとスロットカー」「世界の名車」「マンガとクルマ」「浅井貞彦写真展」など。

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