第23回 江戸時代の節約生活

 江戸時代の奥さんはかなりハードです。育児から家計のやりくり、炊事洗濯、裁縫など何でもこなさなければなりません。その体力と生活力に、尊敬の念を送ります。新婚さんの甘いムードに浸る間もなく、すぐ現実がやってきます。
「寝せ付けて亭主とかわる松の内」
「真中にあんよはお下手ぶら下がり」
気ぜわしくも幸せそうな育児の川柳。この頃はまだ夫婦間も仲良さそうですが、次第にシビアな空気に......。
「一つ身ハ二つにならぬ内に縫い」
着物作りもお母さんの仕事です。木綿巾一つでだいたい二着分だったようです。布を倹約したいという堅実さが伝わります。
 川柳にも表れていますが、江戸時代の奥様は節約上手でした。
「もう嫁は二わで五文を買ならい」
一わ三文(40円くらい?)の菜っ葉を二わで五文に値切っています。行商から直接買うのでできる技です。
「急な客ちりめんざこへ海苔を人れ」
家にあるものでパパッとおつまみを作る主婦の知恵。普通においしそうな組み合わせです。グルメ意識が高い江戸人。とくに初物には目がなく、中でも大人気だったのが「初鰹」でした。一本何万円もしましたが、縁起物で、初鰹を食べると750日も長生きするとされていました。ちなみに今、通販サイトを検索すると、初鰹のたたきがポン酢やにんにくとセットで1380円、という特価で売られているのを発見しました......。
「初鰹女房に小一年いはれ」
「おいらもならもふかを着ると初鰹」
旦那が食欲に負けて、高い初鰹を買ってしまったら、これで木綿でも買えたのに、と一年くらい妻にグチを言われ続ける、という、超リアリストな句です。
「秋冬に鰹の小言再発し」
「寒い時お前鰹が着られるか」
暖かい真綿の木綿が買えたお金で初鰹......。妻のイヤミが時代を超えて現代人の心に刺さります。
「意地づくで女房鰹なめもせず」
反対していたのに初鰹を買って来た夫に対し、意地でも食べようとしない妻。おいしいと思ったら負けで、毎年買わされてエンゲル係数の波に飲み込まれてしまいます。
「ふぐ売りへ女房はまけぬよふに付け」
夫がふぐを食べたがるかもしれないので、わざと値切らず行商をスルーする妻。毒に当たって死ぬかもしれない、という心配もありました。
魚では、鰯や塩鮪が比較的安くて買いやすかったようです。
「鰯より外を喰ふと穴が明き」
鰯以外だと家計に穴が開く、という意味です。
「塩まぐろ取巻いているかかあたち」
ちなみに、現代でも、安いまぐろに粗塩を振っただけで高級感が出る、という料理の小技があるようです。
夫のグルメ欲が旺盛で、樽酒まで頼もうとする場合も。
「樽酒の利害女房ハふのみこみ」
「樽酒が徳ぢゃとおもふたはけもの」
一見割安でも、樽酒があると酒量が増えて結局は無駄遣い&飲み過ぎて夫は廃人の道に......。それに気付いていた江戸の奥様はさすがです。
 いっぽう、江戸女子の大好物は現代とあまり変わらない、カボチャやサツマイモでした。
「初南瓜女房ハいくらでも買う気」
「ご亭主が留守で南瓜の値が出来る」
「かかあたち第二のすきがさつまいも」
「小道いをかすり薩摩を女房買い」
初鰹やふぐを買わないように攻防戦を繰り広げていたのが、カボチャやサツマイモは夫のいぬ間にしれっと購入。そんなに高いものではなさそうですが......。カボチャやサツマイモでスイーツ気分を得られたら、かなりヘルシーです。様々なスイーツを知ってしまった現代人には戻れない、江戸女子の境地。
「女房へかぼちやのいしゅでフグを買い」
カボチャを買いまくる妻へのリベンジでフグを買う夫。食べ物の恨みは根深いです。
 冷蔵庫や電子レンジなどもちろんないので、食材はその日に買って消費するのが基本でした。残ったごはんの量を見て、米をたくタイミングも重要です。
「ひやめしのぎんみがすんで米を出し」
そして、炊事は薪をたいて行われていました。電子レンジに頼り切っている身としては本当に尊敬します。そんな薪代を持って、女郎屋に行ってしまうというダメ夫も......。
「女房のいけん壱分がまきをつみ」
一分は約4万円、現代の風俗代とそんなに変わらないリアルな値です。その値段分の薪を買ったらどれだけになるか、と詰問する奥さん。性欲の炎は何の役にも立ちません。
 薪だけでなく、夜の灯りのための灯し油も必要でした。
「気を長く油のまけを待って居る」
油売りから買う時に、油が垂れる最後の一滴まで入れてもらおうとしている様子です。 
「油より今は蛋に銭が入り」
蛍の光を照明に使うのは風流ですが、油の方が安いことに気付きました。蛍は餌代もかかります。
 奥さんがへそくりを隠すのは今も昔も変わりません。江戸時代は針箱にしのばせていたそうです。
「針箱は臍くり銭の文庫蔵」
「針箱をさがすと女房とんで出る」
夫が針箱に触ろうとすると、バレたらまずいので妻が静止します。
「女房をこわがるやつは金があり」
妻を恐れて消費行動が抑えることで、貯金が増えるという流れが。
「さぼてんを買って女房に叱られる」
家計を切り盛りしている妻をよそに、生活感がなくて、必要ないものを買ってきて叱られる夫。他にも妻に「叱られる」シリーズが豊富です。
「飯びつをまたいで亭主叱られる」
「針売りをかえし亭主は叱られる」
「寝かす子をあやして亭主叱られる」
「手のひらへ赤子をのせて叱られる」
「お歯黒の方へはわせて叱られる」
「蕗味噌を子になめさせて叱られる」
と、何をやっても叱られる夫。当時はイクメンという概念もなく、ふだん何もしないのに気まぐれに手伝うので妻を苛立たせているのでしょう。お酒を飲んだら飲んだで翌朝、醜態をまねする妻......。
「あくる朝女房はくだをまきもどし」
「酔たあす女房のまねるはづかしさ」
夫婦間の愛情が次第に冷めていっている様子が伝わります。
飲酒だけでなくギャンブルに身をやつす夫もいました。
「勝ったなら逃げてきなよは女房なり」
「勝った日は意見言わぬが女なり」
勝てば博打も正当化......。それにしても、食欲は旺盛でお酒も好きで博打もするという、江戸時代の夫は、ちょっとどうなのでしょう。やりたい放題すぎではないでしょうか。妻が少しくらいカボチャやサツマイモを食べても良いような気がします。
 続いて次回は、さらに許されざる夫の行状についてです。江戸時代の奥様、本当にお疲れさまです。

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