第9回 ワンボックス4WDの幕開け……飛行機技術者が立ち上げる

2022年7月27日

ワンボックス乗用車=5ナンバー系のベースは、その多くが商用バン=4ナンバー系をベースにシートなどをゆったりとさせたグレードアップ車ということが、1980年代までは多かったといえよう。こうした背景から1980年代のワンボックス乗用車達には、兄弟的な商用バンが存在して……その高級版がワンボックス乗用車ということになる。それは、商用バンは車検が1年毎だが税金や保険の面で断然、経済的だったことが要因としてあげられる。

対してバンの輸出仕様車では、純然たる商用車として捉えられたことが多かった。たとえば多くのラインナップを形成していた日産バネットの輸出仕様では、トラック―ブラインド(パネル)バン―ウインドウ・バンと、中心となる商用車を展開した上で、ステーションワゴン―ステーションワゴンSGLといったラインナップで展開されていたことがカタログからもわかる。

他方でトヨタの同クラスのライトエース輸出仕様は“パッセンジャーライク” (乗用車的)と表現しながら乗用ユースとはしておらず、デザイン的に商用バンに徹したデザインを採用。またデザイン的に凝ったタウンエース系も前回に紹介したように「モデルF」の商用車として出荷されていた。

日本の小型車の寸法に収められたワンボックス乗用車やバンの輸出も、近くは台湾、韓国の現地生産車やオセアニア、東南アジアやパキスタン、欧州圏まで広く行なわれた。戦後すぐから自動車は輸出貢献に寄与しており、特に4WD(4輪駆動)のトヨタ・ランドクルーザーや日産パトロールなどが各国の軍用車として輸出されたりした。

そうした時代背景にあってワンボックス車にも4WD車が望まれるようになってきた。ワンボックス車の4WD登場以前の、戦後の国産小型4WD車の先がけは、東北電力のサービスカーとしてレオーネバンのFF車を改造して4WDにしたのが最初とされる。それ以前には陸上自衛隊用に米国ウイリス社のライセンスで生産された三菱ジープがあり、車体は小型車サイズで存在したが、搭載エンジン排気量は大型車に属するものであった。

三菱がまず、ワンボックス車初の4WDモデルとして登場させたのが三菱デリカ・スターワゴン4WDであった。三菱の民間向け4WD車は、すでに米国のクライスラーの要望で造った三菱フォルテ=ダッジのラム50が生み出されていた。この長いホイールベースを短くしてパジェロが生み出され、さらにはデリカのボディまでも架装されて、ワンボックス4WDが生み出されたのであった。フォルテのシャシーに架装されたボディは、随分と車高の高いものになったが、4WD走行時のハイ&ローの切り替えなど、本格装備が若者達を虜にしたのである。

スバルも量産体制が整い1972年8月にレオーネ・エステートバンに4WDを追加、プレス関係者間でも話題になり、1975年1月に乗用車を加えた。1977年10月には北米向け専用のピックアップ4WDである、スバル・ブラッドが1978年モデルとして加えられてゆく。そしてスバルの4WD拡大作戦がにはじまり、その後全モデルに波及してゆき、他社の動向にも影響を与えてゆくのであった。

1982年10月発行、ライトエースの英国向け1983年型ライトバンカタログの表紙。海外向けはヘッドランプが光軸や認定の関係から、円形で出荷されることが多かった。一見してハイエースの1977年型と似ていなくもない、なお同時期のドイツ向けは当然、ハンドル位置が異なったりして幾分豪華に見えた。

まだ乗用車的なクルマとしては認知されず、商業車としての位置付けがなされていたが、カタログのコピーに「passenger-like=乗用車的な」という表現が使われていた。トヨタUK(英国)では、まだ画像右下のパネルバンなどが主力であることがわかる。日本に持ちこまれたUKフォードディーラー向けなどの、乗用ベース車の商用車のカタログもパネルバン系が多かった。

1983年7月発行の1984年型日産バネットC120 系の英文カタログだが、ハンドルの位置からすると英国向けではないようだ。表示馬力がSAEとなっているが、アメリカ向けは1986年以降のC22系からなので、東南アジア=マレーシア工場製のカタログかもしれない。

左から2台目がブラインド(パネル)バン、現行のバネットNV200バネットにもブラインドバンをラインナップしているから、いまだに需要があるようだ。もっとも日本では、パネルバンは純然たるトラックベースが多く、窓付きライトバンの窓をそのまま金属プレスのままに残したバン型は業務的な需要程度にとどまっているといえる。

最高級車のステーションワゴンSGL。写真の場面は東南アジアであろうか。車両のサイズ的にアメリカではミニバン系が普及しており、このような小型ワゴンでも次世代C22系の場合、高出力エンジンが要求され2.4リッターが搭載されたが、エンジンの熱対策に苦労したようだ。

「日本初、ワンボックス4WD。」デリカのキャッチフレーズがアウトドア派を虜にした感があった。三菱は4WDではジープで先駆、その後は4輪ピックアップ、フォルテの米国向けダッジ・ラム50の1980年型から4WDを採用、ホイールベースを詰めたパジェロを1982年に生み、半年遅れでこのデリカにも4WDを加えることになる。

インパクトのあるシャシー部分をみせて、いかにもパジェロから連なる「血統、4WD。」であると解説がされる。4輪駆動時のハイ・ロー、2輪駆動時のハイなどの説明を、チェンジレバーなどをみせつつ解説していた。4WDファンなら軽自動車4WDで有名なジムニーも同様であったが、まだまだ4WDが好きな人達が多い……とはいえない時代のことでもあった。

デリカのラインナップ。4WDは標準の2.2mホイールベースだが、2WDは新たに150mmホイールベースを伸ばしたロングボディのハイルーフ車が加わった。全長は400mm伸ばされたが、エンジン排気量の関係もあってか、重量増になる小型車枠いっぱいにはボディ拡大がされていなかった。4WDは地上高を高めた感があるが、デフなどがリジッドのため標準型2WDとほぼ同じであった。

前回では輸出仕様のモデルFことスペースクルーザーを紹介したが、その国内仕様がタウンエースということになる。内容的には販売チャンネルの異なるマスターエースのやや大衆版といえる存在であった。右の走行シーンはカタログではおなじみともいえる合成シーンであるが、左下に2C型エンジンを掲載するなど、燃料費の面で得なディーゼル車が注目されていたことがわかる。

左ページのエンジン別の燃費は、よく説明文を読むと5速マニュアル車主体で書かれている。対する右ページはトヨタならではの……女性でも扱える2ウェイオーバードライブ付4速フルオートマチックを、2000ccガソリン車に揃えて主婦でも運転可能なことをアピールするが、画像はどれも最高級グレード車で、この後のバブル景気に向かってゆく時代性を表していた。

ダイハツはトヨタ系列になって、初期には日野とともにミニエースなどを生産したが、その後ライトエース、タウンエースをトヨタ車体と振りわけて開発と生産をしていたのは周知の事実である。豪華なマスターエースがトヨタ車体で生産されたのを契機に、ダイハツも存分に豪華装備にしたデルタワイドワゴンを発売した。艤装類など、生産メーカーならではの……キメの細かい説明が随所にされていた。

エンジンと車体に分けての説明がされた見開きページ。左側のエンジン部は、購入する場合に比較しやすいように3型式を並べて比較できるようにして、その下は変速機構とサスペンション部分の解説。中央部は開発メーカーならではの、視野とボディの特徴部を、右側はチルトステアリングやパワーステアリング、パワーウインドーなどの機能および艤装部品を並べて解説。

1983年6月に登場したのがボンゴ・ブローニイ。全長はボンゴ系の4mや旧小型車枠の4.3mよりやや大きい4.4mで、ハイエースやキャラバンより短く……いすゞファーゴの車格に揃えて登場した。すでに新型ボンゴのデビューが3ヵ月後に決まっていたようで、まずは販売店向けに「大きなボンゴ」としてアピールさせるための登場だった。

ボンゴ・ブローニイの祖先ともいえる、マツダの2000ccクラスの4輪車は、古くは三輪T2000を基本にセミキャブのD2000トラック・マイクロバス系にはじまるが、ワンボックスのボンゴ系がヒットして、2リッタークラスのフルサイズ車となるボンゴ・ブロー二イを生むことになる。このカタログで特筆できるのが中央部画像の左右にある走行性能曲線の存在だろう。最高速度、登坂能力ともガソリン車が優れているのは当然だが、いずれも実用域での性能を良くする設計がされているのがわかる。

最大の特徴は乗用車譲りのSD(スティブル&ダイナミック)サスペンションで、I型ロアーアーム部にトーションバースプリングとスタビライザー、ショックアブソーバーを組み合わせたもので、バネ下重量を軽減する工夫がされた。リアはリーフ式だが長いものを与え、スプリングは両端を薄くしたテーパー型で、乗り心地のソフトさを演出。ホイールもフルサイズ車で設計したことをアピールできる6本スタッドとして登場した。

ボンゴ・ブローニイの特徴のひとつである、インパネ部にまとめられたクラスター(集中)スイッチ。各種機能をまとめて、みやすくしたとされ、特に最高級車のリミテッドのガソリン車では、カペラGC系に似た各種液晶のデジタルメーターを採用して登場した。もっとも通常のモデルでは2連メーターを採用、タコメーター装備というのが走り屋向けに設計されたことを窺わせた。

ボンゴ・ブローニイの当初のラインナップ、まだ全長がフルサイズでないので、ボディサイズ的に一見して通常のボンゴのようにもみえる。左側は廉価車のGLにオプションのカリフォルニアミラー、アルミホイール、ルーフキャリアなど装備して撮影したもの。右側は上からリミテッド-GSX-GL-DXの4車種だが、DXのみ4列シートの10人乗りミニバスで最も簡易な装備になっていた。

ボンゴ・ブローニイ登場から3ヵ月後に登場したのが、ボンゴの3代目。2代目ボンゴ/ボンゴ・ボンディの角目ヘッドランプデザインを踏襲、スタイルをさらに進化させた新鋭モデルである。このモデルの基本系は1999年6月にフロントが衝突安全規制に対応させたロングノーズとなるが、基本は変わらずに2020年8月まで、なんと37年間も継続生産されたことになる。

ボンゴ・ブローニイとほとんど変わらない外観だが、ホイールベースが2220mmと180mm、全幅が60mmとホンの少し小さくなっている。しかしながら大柄にみえるフロントのデザインが他の、特にライトバンの人気で他を圧倒してゆくことになる。特に足回りの良さは絶対的優位に立ち、市街地から高速走行まで安定した走行性能をみせていた。

シートアレンジは他車に劣ることのないよう、ようやくハイエースが実現していた1-2-3列完全フルフラット化を実現、広い居住性を持つデザインとなった。通常は1列目をフラットにすることは、1ボックス車の場合シート下にエンジンがあることで荷物室との段差がつくために、どのメーカーも考えなかったが、ボンゴは座面の高さを2列目シートと同じにすることで解決していた。

カタログ中央部4面見開きページの左側。多彩なシートアレンジに注目、特筆すべきは1列目と2列目シートがフラットにできることで、これはバンの一部グレードにも採用された。特にバンのGLスーパーは乗用車のワゴン系に近い内装で人気が高かった。またオプションのオーディオ装置はボンゴ・ブローニイ系も共通であった。

カタログ中央部4面見開きページの右側。内装は他社のあらゆるクラスのワゴン系を徹底的に研究。本格的なオーバーヘッドリアクーラーはブローニイにも採用されるなど、2リッタークラスに匹敵するものが設定された。時代はバン系も含めてフロントにエアコンがようやく普及しつつあった時代だった。

ボンゴの最高級グレードのリミテッドや2番目のGSXには、ボンゴ・ブローニイGSXと同じタコメーターとステアリングが付き、スポーティなものとなっている。大衆向けGLスーパーやデラックスはボンゴ・ブローニイのGLやデラックスと同じタコメーターなしのメーターパネルであった。パワーステアリングは一部グレードのみの設定だったが、4年後の1987年にはバンを含めて全車に標準装備化される。

また、ボンゴ系も必然的にボンゴ・ブローニイ系と同様のコンポーネンツを持って登場。エンジンはすべてSOHC系で、ガソリンエンジンはストロークを縮めて排気量を2000から1800ccにしたエンジンを搭載、ディーゼルエンジンはパワー的にガソリンよりも劣るため、ボンゴ・ブローニイのままの2000 ccを搭載。足回りも基本思想はブローニイ系を踏襲するなど、上級クラスの内容が特徴で、このことがロングセラーに結びついたといえよう。

クルマの進化を感じさせる、各種パーツの解説も興味深いものがある。エアダム・バンパー、ワンタッチガス給油オープナー、ハロゲンヘッドライト、電動リモコンミラー、マッドガード、リアワイパー、パワーウインドー、リアヒーター、ドアロック機能、デジタル時計、リアドアインナーハンドル……などなど、今日ではあたりまえといえる装備が採用され始めたのが1980年代ということになる。

3代目ボンゴの初期フルラインナップ、上級グレードのリミテッド、GSX、標準グレードのGLスーパー、簡易なベーシックグレードのデラックスの4車種が揃う。走行性能の高さは商用車バン系も同様で市街地から高速道路まで、不安なく走ることができた。筆者は2代目ボンゴや3代目ボンゴバンのGLスーパーを10年以上愛用したが、高速走行で不安を感じることはなく、その後の新しい他社ワゴンの方が怖い思いをしたことがあったくらいである。

キャラバンのE23系は、エンジンや内容などは前回に紹介したモデル群と変わりないが、外装の4灯式角目ヘッドライトを1983年に採用し、イメージ一新を試みている。バネット系の商品性向上のための新陳代謝は激しいが、このクラスのアピール手段になると、装備面の変化で展開するしかないのかもしれない。そして新型をアピールする新機構も逐次、盛り込まないといけないなど、設計&販売ともに苦労がみられる。

SOHCディーゼルにターボ装着でクラス最強の81psを誇ってきたLD20・T型だが、この後にいすゞが84ps搭載車を登場させるなどして、パワー競争は一応ピリオドとなる。日産はターボパワーをキャラバンからバネット系の高級モデル達に搭載してきたが、実質的に売れる車種は大衆的なグレードやバン系が多かったとされる。

このクラスの最高級ワゴンを自家用で乗る……というおおきな夢を与えてきたフルサイズ・ワンボックス系であるが、一般にはやや小型サイズのワンボックス車のほうがファミリーカー的で扱いやすいであろう。そう考えるユーザー層からみると、キャラバンの存在もどちらかというと「送迎車」的に映ったようだ。前の画像右側の新グレードFLは、ここでは紹介されていない。

キャラバンの兄弟車ホーミー系も4灯式角目ヘッドライトとなる。販売会社がプリンス店ということで、マニアックなユーザー達はホーミーを好んだとされる。また1981年東京モーターショーにホーミーRVを出品して好評だったことで、ようやくカタログに「RV」を以前よりも大きく謳うことができたが、広告宣伝展開がスローペースだった感がある。

ラインナップは最高峰モデルのSGLリムジン系、SGL系のみ角目4眼+大型アウターミラーを装備、シートが2+2+3名のSGLリムジン系、2+3+3名のSGL系が揃えられた。他はFL系-GL-DX-ロングDX-マイクロバスGLがラインナップ。特にマイクロバスはプリンス・クリッパー時代からプリンスの得意とするところで、カタログスペースを多く占めている。

レオーネに1972年8月に4WDバンが設定されたのが、国産車ではいわゆるジープ型以外では初めての4WD車といえた。そして1980年には軽4輪のサンバーに4WDが搭載され、1983年に小型車に拡大したドミンゴが誕生したのである。ベースは軽自動車ではあるものの、小型車枠で1リッターエンジンを搭載してパワーも充分になり、まずまずのスタートを切るのであった。

ドミンゴはスペイン語で「日曜日」……という意味だが、輸出名はこれとは異なり、欧州全体には「リベロ」(イタリア語で“自在に動く”の意味)、英国では「スモウ」(相撲)、ドイツでは型式の「E10」「E12」、スウェーデンでは「コロンブス」(探検者)、台湾では「エストラット」(エキス)と呼ばれた。また1970年にはサンバーのシャシーにバギーボディを架装した「エルドミンゴ」(“日曜日に”の意味)が語源ともされる。

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