第16回 婚礼の段取り

 いよいよ婚礼の日になりました。花嫁は輿や駕龍に乗せられ、近親者一同と婿の家に向かいます。この「輿入れ」は、花嫁の体調によってずれることもあるようです。現代ではタイミング悪く生理になってしまっても決行するようですが、江戸時代は血の穢れの思想があったからか日にちを延ばしていました。
「折悪いお客嫁入り七日延べ」
「仲人へ四五日のばすひくい声」
 そしてお嫁入りの日になると、お化粧や衣装を着るのに時間がかかっていました。これは今も同じでしょうか。
「一生に一度我が顔見ちがへる」
当時は普段は基本ノーメイクでした。ただ婚礼時のフルメイクを頂点として、その後お歯黒、引眉でホラーな顔になってしまいますが......。
「いびられに行くに立派な支度なり」
江戸時代も嫁姑問題は深刻だったようです。立派な支度であればあるほど姑の神経を逆撫でしそうです。
「富士額雪でうづまる恥しさ」
綿帽子がおおいかぶさる様子です。
「一生にめでたき内をはき出され」
出戻りにならないように、掃き出されるように実家を出た娘。
「下女が荷を油単をかけて数に入れ」
下女が荷物を箪笥用のカバーで包んでくれました。裕福な家は、嫁入りに下女も一緒について来てくれます。しかしその場合、下女の嫁入りはどうなるのか気になります......。
「我がうちへはじめて這入る恥しさ」
そして新郎の家に到着です。それにしても「恥ずかしい」という感情を詠んだ句がこれまでにもかなり出てきていて、日本人は恥の概念が強いことをつくづく実感します。

続いて、婚礼のシーンです。婚礼で花嫁の手伝いをする侍女郎に、式の前に高盛(高く盛った強飯)を出してもらいますが、花嫁は胸が一杯で箸を付けられません。
「鼻につかへる飯をくふ恥しさ」
「毒断てのよふに花嫁手はつけず」
婚礼の場では、着なれぬ装束に綿帽子で足もとしか見えず、侍女郎に介助してもらいながら着席すると、肝心の花婿も裃くらいしか視界に入りません。
「かう向きなさいと花嫁をすはらせ」
「裃の音ばかり聞く綿帽子」
 夫婦愛についてのおめでたい「高砂」の謡も聞こえてきます。
「高砂をちっとずつ聞く恥しさ」
「蝶々の酒を露ほど嫁は呑み」
雄の蝶と雌の蝶に扮した童子が酒を注ぐ、という幻想的な風習があったようです。
「盃もなめてさすのは恥しい」
それでも、微量しか飲めない花嫁。三三九度のあとはお色直しがあったり忙しいです。白無垢を脱いで色模様の小袖に着替えます。
「雪解けして嫁に花咲く色直し」
「花嫁をひやとかん酒の間へ出し」
お色直しで出てくるのは、蛤の吸い物が出て冷酒が一巡した頃でした。さすが日本人、昔から段取りがきっちりしています。
「色直し迄は仲人禁酒なり」
お色直しのあとは、仲人もリラックスしてお酒が飲めます。花嫁は最後まで帰れません。
「嫁へさすまではろれつがまわる也」
「花嫁はみなひらくまでつぼんでゐ」
「寝る暇をちっと残してひらく也」
「帰る」は婚礼の忌み言葉なので「ひらく」と風流に表現。ここから「おひらき」という言葉が来ているんですね。仲人が「さあ、おひらき」と宴をしめくくり、あとはドキドキの初夜......床入りです。
「十度び目の盃事がしんの事」
床盃とは、新郎新婦が初夜に盃を交わす風習。婚礼の三三九度の盃事からずっと飲み続けです。大事な初夜なのに酔っぱらっていたしても良いのでしょうか。
「十粒程ゆづけを喰って御とこ入」
空腹の場合は軽く食事してから床入りします。やはり少しは体力が残っていないと......。盃事が済むと、待女郎が新夫婦を寝床に連れていきます。侍女郎は秘密を遵守してくれるのでしょうか。興味津々な気もします。
 初夜の前には「雀形」模様の屏風を布団のまわりに立てかけ、プライベート空間が作られました。
 「仲人は屏風を立てて壱つぶち」
 がんばって、と鼓舞する仲人。まだいたんですか、仲人......。
「仲人は雀を出すがいとま乞」
「片仮名のサの字にしてひらく侍女郎」
二人が長枕にサの字に寝たところを確認し、侍女郎も帰ります。いよいよ二人きりに。
「さし引きのこり二人寝るはづかしさ」
「顔二つはじめてならぶはづかしさ」
お互い慣れていなくて、結局何もしないまま終わることも。
「手廻しをせぬとしはぐる新まくら」
「とろとろとすると花嫁おこされる」
疲れ切った花嫁がやっと眠りについたと思ったらもう朝です。今日からは娘ではなく大人の女としての生活がスタートします。
「一生にたった一と朝おもはゆき」
「そのあしたおきどに困る嫁の顔」
初夜の翌日の気恥ずかしさが表れている句。現代で初夜が夫と初体験、という人はいるのでしょうか。
「七十五日いきのびるはづかしさ」
初物を食べると七十五日生き延びるという説がありました。お互い処女、童貞だった場合寿命が延びるという特典が。貞淑に生きて来た人徳です。
「女初て花開くあるきつき」
「愛想に嫁は一口なぶられる」
初体験のあとは歩き方が違うと言われ、一挙一動を観察されたり、どうだったかと聞かれたり、花嫁の試練は続きます。婚礼までは恥ずかしいことばかりでしたが、いずれ羞恥心もあまり感じないタフな熟女になっていくのでしょう。

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