第8回 「新吉原年中行事 十一月初雪酉の日 海老屋内愛染」 溪斎英泉/「美人東海道 沼津宿 十三」 溪斎英泉

15、「新吉原年中行事 十一月初雪酉の日 海老屋内愛染」 溪斎英泉 文政末~天保頃

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 格子に手をついて、差し出された酉の市の熊手を見ているのは、新吉原の海老屋の遊女、愛染である。島田髷に鼈甲製の簪、左右6本と二枚櫛、その櫛のところにも簪を立に1本挿している。牡丹模様が額縁のようになっている着物には、大小の蝶が乱舞している。中着は、絞りの麻の葉模様に桜や楓が描かれ、帯の片方が床に垂れ下がっている。これだけの衣装と豪華な髪飾りから、上級の遊女であることが分かる。
 初雪の降る酉の日に、いいお客がついてもっと稼げるようにと熊手を差し入れているのは、馴染みの客かもしれない。ちょっとしたプレゼントである。
 足元にある四角い包みは、白粉の美艶仙女香である。これは美艶仙女香の発売元坂本氏と浮世絵の版元がタイアップしたのだろう。いろいろなところに登場している。遊女の顔の美しさと、顔の白さは、この美艶仙女香が演出している、といったところであろう。こま絵には、初雪の降る新吉原が描かれている。今のように暖房設備のない時代、さぞ寒かったに違いない。

16、「美人東海道 沼津宿 十三」 溪斎英泉 天保13年(1842)頃

第8回16渓斎英泉 沼津宿 十三 (美人東海道) .jpg

 剃刀を顔に当てているのは、宿場の遊女であろうか。桜模様の着物を着て、立て膝には手拭が置いてある。髪は潰し島田で、前髪に櫛を挿している。鏡台の上には、房楊枝と歯磨粉の入った箱、その下には、髪を結うのに使う元結などが見えている。また、引き出された引き出しには、剃刀箱、紅猪口であろうか、ちらりと見えている。面白いのは、この引き出しが右に引き出されているところだろう。普通、引き出しは手前に出るが、そうすると、鏡にうつる顔が遠くになってしまう。右に引き出せば、色々な道具も使いやすく、鏡に映る自分の顔も近くに見える、という寸法である。鏡台の左には白粉の美艶仙女香、右には水の入った嗽茶碗であろう。奥の黒い箱は、柄鏡の上蓋かもしれない。
 書かれている句は「剃刀の手あわせかろし春の風」で、「手あわせ」とは、かみそりの刃をみがくため、手のひらにこすり合わせること、である。沼津の宿の春の様子か、山には雪がなく、木々の枝にはこれから葉が伸びて、日1日暖かくなっていくのだろう。なにか、のんびりした風景である。

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