第15回 結納のイニシエーション

 「結納って新郎から新婦に渡すんだっけ」「さあ、逆じゃない?」「今でもやってる人いるの? 聞いたことないけど」40代の女友達の結婚パーティでのやりとりです。私も横で聞いていて何が正解か咄嗟に答えられませんでした。現代人は、そのくらい結納という風習からは遠ざかってしまっているのです。結婚情報サイトを見たら現代の結納実施率は3割で、なぜか九州と福島が実施率が高いようです。オーソドックスな結納品は、柳でできた樽、白扇子、白い麻ひも、昆布、するめなど......。樽などその後置き場所に困りそうで、白木の献上台に飾り付けたりと何かと面倒そうです。
 その結納品は、江戸時代から脈々と続く伝統でもあります。
「家内来多留ちいさい恋はけちらかし」
 家内来多留(やなぎだる)、柳の木でできた樽です。家の内に福が来る、という意味があるそうです。江戸時代も樽や昆布(子生婦)、するめ(寿留女)などを結納品としていました。その結納パワーで、過去の遊びの恋の残り香など消し去ってしまいます。結納の儀式は呪術的です。
「釣台で娘に錠をおろしに来」
結納品は釣台で運びます。それと共に、妻の貞操も夫の監視下に......。
「昆布寿留女足手がらみの始め也」
「結納をおっかなさうに覗て見」
「もらふ結納を遠く見て居る」
するめや昆布、かつおぶしやあわびを干したものが台に並ぶ図はシュールで、若い娘さんにとっては不気味に見えることでしょう。遠くから伺う様子が目に浮かびます。
「結納を見切ると娘ししに行き」
結納を観察した後、トイレに行く娘。新婦というよりまだ少女のようです。
 婚礼前には、お歯黒も準備しなければなりません。
「水茶やもすんで七所よりもらい」
「七軒のほかは無沙汰なその当座」
 はじめてのお歯黒用の液、初鉄漿は近所の七軒の家をまわり、少しずつ液をもらうという風習が。それぞれの家庭の、夫婦円満のパワーをわけてもらうのでしょうか。現代の都会ではたぶん不可能です。
「仲人が来て田を山に結ひ直し」
娘から嫁に変身するため、髪も島田髷から勝山髷にイメージチェンジ。島田髷は、あんみつ姫を彷彿とさせる可憐なスタイルで、勝山髷は、大きな輪っかに結っていてワイルドです。女として度胸が据わったような髪型です。
「桐の木のもくで娘の年が知れ」
「十五六だろふと杣(そま)は桐を切り」
杣(そま)は、木こりの意。娘が生誕記念で植えた桐を切って箪笥を作るので、年輪で娘の年がバレる、という句です。年増になるほど立派な家具ができそうです。それにしても当時は庭付きの家が多かったのでしょうか。桐を植えて、オーダーメイドの家具を作るなんて、江戸時代の人は全員セレブといっても過言ではありません。
「大丸で値段を聞くのははづかしさ」
「半分は駿河へ運ぶ仕度金」
江戸時代、栄えていた呉服屋、大丸や駿河で婚礼衣裳を注文。大丸は今の大丸デパート、駿河は越後屋から三越になったと思うと、歴史を実感します。デパートの呉服売り場こそ真髄なのかもしれません。
 さらに盃事(というと今は暴力団の風習が思い浮かびますが......)を指南役の老嬢と練習しなければならず、婚礼前は忙しいです。
「盃のならし白髪の嫁が出来」
 続いて「雛分け」という風習が。姉妹で嫁入り前にお雛様を分けて、それぞれ嫁入りの時に持っていきます。雛人形、公平に分配するのが難しそうですが......お内裏様とお雛様で分けたら縁起悪いです。
「血まなこになって姉妹ひなを分け」
「天顔のうるはしいのを姉は分け」
「はづかしさ時候にもれた雛を出し」
 シーズンでないのに雛を出す気恥ずかしさを詠んだ句です。
「ひなわけに母手を出して叱られる」
 「雛分け」は姉妹間のシビアな交渉があったようです。
 それにしても結納や盃事の練習、お歯黒で近所回り、桐を伐採、衣裳発注に雛人形分配......など結婚の準備が現代人の100倍位大変な江戸時代の人。先祖がこれらの行程をこなして嫁いでくれたおかげで自分がいると思うと、その労苦に感謝してもしきれません。また、結婚前にこれだけやれば後戻りできないというか、簡単に別れられません。マリッジブルーになる暇もないです。江戸時代は儀式と呪術で夫婦の絆が固められていたのです。

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