論評19 ルマン24時間レース優勝20周年記念イベント


79回目を迎えたルマン24時間レース


ローマ帝国時代から部族首都として機能してきたルマンは17世紀から18世紀にかけては織物業の町として繁栄、現在でも大聖堂を中心に保存状態の良い旧市街を誇る。パリからTGVで一時間の距離にある同市の人口は15万人弱。1923年に開始されたルマン24時間レースは今年で第79回を迎えたが、世界でもっとも歴史が古くまた有名な耐久レースである。コースはサルト・サーキットと呼ばれる一周13.6キロの周回コースで、そのほとんどが一般公道だが、現コースの原型は1932年に遡る。ユノディエールと呼ばれるかつては6kmを超えた直線では最高速度が400km/hを超えたため、1990年から2か所のシケインが設置された。

ルマン24時間レースは出場チームにとっては1週間に及ぶ長丁場であるとともに、多くの観客が持参のテントでのキャンピングを楽しみながらレースウィークを満喫するという日本ではなかなか考えられないものだ。そのためサーキットの中の通称ルマン村と呼ばれるところを中心とした各種のディスプレイやエンターテインメントも見逃せない。入場者は今年も20万人を超えた。なお写真のルマン市街、コース、ルマン村はいずれも人の少ない時間帯をねらって撮影したものである。

ニッサンは今回ルマン村に多くの看板を出し、大きなスペースで展示を行い、加えてリーフのレーシングバージョンの展示、デモランも行うという積極的な対応を行うとともに、LMP2クラスではニッサンエンジン搭載車が1、2フィニッシュも実現した。今後の積極的な対応が大いに期待される。


注目を集めたマツダブース


そのルマン村の中ほぼ中央に開設されたのがマツダブースだ。限定された予算にも起因してか、他社のブースに比べて大変地味だが、1991年ルマンの優勝車787B、4ローターエンジンに加えて1970年に初めてルマンに参戦したシェブロンB16、初代RX-7、ロードスターなどが展示され、多くの来場者の目を引きつけた。中でもブース内で4ローターエンジンの始動を行うと黒山の人だかりとなるのが印象的だった。


人気俳優パトリック・デンプシー


今回ACOが与えてくれた787Bのデモランの機会は、「がんばれニッポン」の意味合いもあったに違いないし、日本からのより積極的な参戦をプロモートしたいという思いもあっただろうが、破格といって良いものだ。まず9日金曜日にはアメリカの人気俳優、パトリック・デンプシーさんによるフルコースのデモランが実現した。彼はアメリカでレーシングチームをもち、自らもRX-8でGrand-Am Rolex Sports Carシリーズに出場、2009年にはフェラーリ430でルマンにも出場したことのある大のモータースポーツファン。今回は超多忙な日程の中をルマン入りし、9日のデモランが実現、翌日の新聞には多くの記事が掲載され、その日の夕方からの市内パレードでもロードスター上から観衆に手をふってくれた。パトリックの人気は欧州でもすばらしく、マツダにとってこの上ないエクスポージャーになった。


プレスミーティング


10日の午前中に行われたプレスミーティングは、取材メディア数が少なく、また日本メディアの関心も低いのが残念だったが、忙しい合間を縫ってACO会長も出席しスピーチされるとともに、パトリック・デンプシーさんもスピーチを快諾、マツダ副社長金井誠太さん、マツダのルマンの挑戦の歴史をまとめた書籍WNever Stop ChallengingWを出版したピエール・デュドネさん、それに小生のロータリーエンジンによる22年にわたるルマン挑戦に関する短いプレゼンテーションなどが行われた。往年のドライバーに加えてマツダスピードチームを親身になってサポートしてくれたオレカ社長のユーグ・ドシャーナックさんの出席もうれしかった。ドシャーナックさんは、1992年初めに75歳のお誕生日を迎えられたポール・フレールさんから私に寄せられた、「孫や親戚の子供たちをルマンで走った車の助手席に乗せてサーキットを走りたい」という希望に対し二つ返事で全面協力してくれた人だ。(ご興味ある方は、論評03 「ポール・フレールさんの思い出」の中の「おじいちゃんは75歳ではない」をご覧ください)


ルマン市街を787Bが疾走


当日夕方、ジャコバン広場を中心に行われたのが出場ドライバーのルマン市街パレードで、ここでもマツダに対する特別な配慮に感銘した。まずドライバーパレードに先立ち、7万5千人もの群衆の中を寺田陽次郎さん、デイビッド・ケネディーさんがそれぞれ1週ずつ787Bを走らせ喝采を浴びると共に、その後パトリック・デンプシーさん、金井さんがロードスター上から群衆に手を振り、寺田さんの運転するロードスターにはルマン市長が乗ってパレードを行った。それらとは別に旧車、音楽隊、さらには子供たちの運転するミニカーのパレードなど、まさにお祭り気分にふさわしい賑やかで楽しいイベントが繰り広げられた。


表彰台に立つジョニー・ハーバート


そして今回のハイライトが、決勝直前に行われた優勝ドライバー、ジョニー・ハーバートさんによるルマンフルコースのデモランだった。当初は1ラップと聞かされていたが、実際には3ラップも許されたため、ジョニーは20年ぶりにハンドルを握った787Bの本領を遺憾なく発揮し、大観衆を前に実戦に近いペースで走り喝采をあびるとともに、コントロールタワー下にもどると、アナウンサーのリードで20年前にゴール後脱水症状のため上がることの出来なかったポデュームへと導かれるという感動のシーンまで用意されていた。ご興味ある方はマツダのホームページにアクセスし、彼の見事な走りを含む複数の動画を是非ご覧になってみてほしい。


ルマンミュージアム


ルマンミュージアムには1992年に優勝車のレプリカを贈与しているが、現役時代にはミュージアムに足を運ぶ時間的な余裕は正直言ってなかった。今回はゆっくりと見学することが出来、ルマン24時間レースの歴史の深さ、モータースポーツ文化への欧州の人たちの一方ならぬ思い入れなどを改めて感じ取ることができた。同時に、今年に限ったことであるにせよ、ミュージアムの入口に優勝車787Bのレプリカが展示されていたのもうれしかった。またルマンで16回もの優勝を果たしてきたポルシェはスペシャルコーナーを有し、当然ではあるがルマンの歴史に貢献してきた人々の中にジャッキー・イクスさんが含まれている。


Never Stop Challenging


1981年のスパ・フランコルシャン24時間レースで、RX-7で総合優勝、マツダで7回もルマン24時間レースに挑戦してくれた旧知のベルギー人のジャーナリスト兼レーシングドライバー、ピエール・デュドネさんが、マツダのルマン挑戦史の取材のために昨年11月に来日、多くの当時の関係者とのインタビューに同席することが出来たこと、日本語版の編集にあたっての日本語の校正に参画したことはすでに述べたが、WNever Stop ChallengingWと題されたフランス語版、英語版はルマンまでに出版が間に合ったため、写真のようにミュージアム内の書店や、ルマン村の中の書店に並ぶとともに、随所でピエールさんがサインに応じていた。日本語版は最終校正も終了したので遠からず発行されることになるもの思われ、日本ではhttp://www.mzracing.jp/en/を通じて入手可能となる予定だ。


旧交を温める


以上のように今回のイベントは実に多岐にわたる配慮がなされたものであり、厳しい企業環境下とはいえ、マツダが優勝車をフルレストアしてルマンに持ち込み、限られた人数だが当時の関係者をルマンに招聘し、副社長の金井さんが出席されたことは非常に意義があったと思う。またマツダの優勝に貢献してくれた人たちと旧交を温めることができたことも大変うれしかった。

今回のマツダに対する厚遇の背景にはルマン挑戦29回を誇る寺田さんの存在があることも忘れることが出来ない。またマツダのルマン優勝に計り知れない貢献をしてくれたジャッキー・イクスさんがマツダの長年の定宿にお嬢さんとともに投宿されていたため、何回かお会いすることができたのはこの上ない喜びだったし、お嬢さんが7位で完走されたのも素晴らしい。ただし何といっても残念だったのは、最大の功労者たる大橋孝至さんがこられなかったことであり、この場を借りて改めて「大橋さんありがとう」といいたい。


スカイアクティブ技術によるルマンへの再挑戦

今回の優勝記念イベントを通じて感じたことは、世界市場における日本車の生き残りをかけての技術の更なる進展と、日本車のアイデンティティーの強化を視野に入れた、しかも近年のF1のような大金がかかることを前提としないターゲットとして、ルマン24時間レースは依然として非常に価値のある存在であるという点だ。ニッサン、トヨタもかなりルマンに向けて舵を切りつつあるように見えるし、ホンダも例外ではないかもしれない。そしてマツダには是非ともスカイアクティブ技術によるルマンへの再挑戦を目指して、長期計画をスタートしてほしいと思うのは私だけではないはずだ。



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