

読者諸兄はCMFという言葉をご存じだろうか。カラー・マテリアル・フィニッシュ、読んで字のごとく色や素材、そしてその質感に至るまでを示す言葉である。そして、見えるものや触れるものすべてをデザインするのがCMFデザイナーの役割となる。
毎年12月にモビリティのCMFに関するイヤーモデルを選ぶ、オートカラーアウォードという祭典がある。日本流行色協会が主催するこのイベントで、2022年、ダイハツハイゼットが受賞した。今回は、入社間もないデザイナーが奮闘した軽トラックのCMFについて取り上げたい。


■軽トラックとCMF?
そのデザイナーは、ダイハツ工業株式会社デザイン部第2デザインクリエイト室CMFグループ里舘ひなのさん(当時の部署)。2019年に入社後初めて担当したのがこのハイゼットだった。
里舘さんは軽トラックについて、「正直、これまで全く気にしたことがありませんでした」と話し始めた。「しかし、ダイハツハイゼットが誕生したのは、半世紀も前であり、実は日本の“働く”を陰で長く支えてきた名脇役のようなクルマなんです」と気づいたのだ。

しかし、開発当初はうまくはいかなかった。その理由は、里舘さん自身が「軽トラックを全く知らなかったから」だという。「当時は軽トラックイコールビジネスカーと考えていたため、CMFでできることなんてあるのかな、と考えていました」と当時を振り返る。

通常のモデルチェンジなどでは、各担当がそれぞれ、ユーザーの意見だけでなく、市場環境をつかむために雑誌やインターネット記事をはじめ、様々なデータを分析することで、開発の方向性やコンセプトを決めていく。ここで大きくものをいうのがこれまでの経験なのだが、里舘さんは入社間もないこともあり「ハイゼットのお客様である、働く人の気持ちが全く掴めずにいました」と頭を抱えた。そこで、「机の上では何もわからないと考えて、実際に現地に足を運ぶことにしました」と、とにかくユーザー訪問に力を入れた。そうして、「現地の調査で得たお客様の生の声や軽トラックの使われ方から、働く人の気持ちがだんだんと見えてきたんです」と自身の目で見て感じたことの重要性に気づいたのだ。

里舘さんは、「時代の変化から、軽トラックのユーザーはこれまで以上に身だしなみに気を配っていること。そして地域の人との繋がりとともに、仕事もプライベートも大事にしたいなど、従来の形にとらわれない自分らしい働き方を大切にしていること」がわかった。そこで新しいハイゼットでは、「働く人が主役になるクルマにしたいと考えました」と主役をクルマから人へ変えたことを述べた。

■砂汚れを根本から解決
では、そのためにCMFデザイナーとしてどんなことができるのか。里舘さんはまずはインテリア色について検討を進めた。「軽トラックの内装というと、汚れの目立たないグレーのイメージですが、先代ハイゼットでは高級感のあるブラックインテリアを採用しました。お客様からは仕事の気分が上がると大好評でしたので、今回もその期待に応えたい」。

しかし、このブラックインテリアにはたった1つだけ、調査の中で気になることがあった。それは、シートの砂汚れがとても目立つということだった。「毎日お手入れするのは難しく、汚れても仕方ないというお客様が多くいらっしゃいました。私たちは“この当たり前を変えたい”と思いました」。そして里舘さんたちは「軽トラックの内装は、働く人のオフィス。清潔であることが仕事の価値まで高めてくれる」という考えに至ったのだ。

これまで好評だったブラックインテリアを受け継ぎながら、シートの砂汚れも対策するため様々な検討と実験を繰り返すことで、砂汚れの原因を突き止めた。それは、表皮の細かい溝に砂が詰まって取れないことだった。そこで素材の組織に着目して対策が行なわれた。ハイゼットのシートは、ファブリックとPVCレザーがある。
「まずファブリックは、砂の粒よりも細かく編むことで砂が引っかからない構造に、そしてPVCレザーは、断面を斜めにカットすることで砂が弾かれる構造にしたことで、ようやく砂で汚れてもさっとお手入れができるシートが完成しました。やっとお客様に快適な空間を届けられる」と思った里舘さんだが、もう1つ大きな課題があった。


■シートが破れてしまう
それはシートの破れだった。里舘さんによると、軽トラックは1日におよそ200回の乗り降りがあるそうだが、ユーザーからは、「(破れてしまうのは)しょうがないよね」という声が多かった。しかし、「働く人を支えるのが軽トラックの使命。ここはなんとしてでも解決したい」と里舘さんは意気込んだ。
「初めは、シート素材そのものを固く頑丈にすれば破れにくくなると考えたのですが、お客様の使い方を見てみると、人を支える座面のサイドサポートに大きな負担がかかっていることがわかりました。そこでこの破れは素材だけではなく、シートの仕立てまで考える必要があったんです。そこで、設計やシートメーカーと何度も相談して、これまでは乗り降りで負荷のかかる位置に縫製がありましたが、その位置をぐっと下に下げることで、破れの原因を根本からブロックしました。働く人を長く支える、破れに強い、頼もしいシートを実現させました」。


こうして、「質感の高いブラック内装を受け継ぎながら、砂汚れ、そして破れ対策もバッチリのインテリア」が完成した。

■働くがもっと楽しくなるカラーを
さて、エクステリアはどうだろう。軽トラックのボディカラーといえば多くの人は白を思い浮かべるのではないか。しかしハイゼットは先代から様々なカラーがラインナップされており、そこに里舘さんは気づきがあった。「ハイゼットは、その時代の働く人の気持ちに寄り添った多くの色彩を届けてきており、お客様の声を聞くと、色とりどりのハイゼットをとっても楽しんでくれています。働く人にとっての軽トラックは、ビジネスカーではなく、こだわりの詰まった愛車なのです」。

そこで、「“働く”の形が自由になった現代、新しいハイゼットでは、“働く”がもっと楽しくなる色彩を届けたい、という思いのもと3つのカラーパック(ボディ同色ドアハンドルやスモークドガラスなどのセットオプション)をラインナップしました」。
1つ目はアイスグリーン。「働き方が多様化した今、街のみんなに愛される色を届けたい、気持ちが明るくなるといっていただけるような清潔感のあるカラーです」。
続いては、オフビートカーキメタリックで、「ハイゼットが遊びでも使っていただくようになったことから、週末のキャンプでも活躍してほしいという思いを込めたカラーです」。
最後のファイヤークォーツレッドメタリックは、最上級グレードの限定色として、「上質さを重視し、仕事も日常もアップグレードしてくれるこだわりのカラーです」とそれぞれの特徴を説明し、「この3色を始めとする幅広いラインナップで、ハイゼットは日本の“働く”をもっと楽しく彩ります」と紹介した。



では、この思いはユーザーに届いているのか。里舘さんは、「おしゃれな感じのものがいいなとずっと思っていました」「自分は赤が大好きなのですから、よくぞ出してくれた、そして乗用車に乗っているという感じです」など、自身がリサーチしたファイヤークォーツレッドメタリックのユーザーからの声を紹介してくれた。
「室内についても、とても清潔で、縫製まで踏み込んだ破れに強いシートも畑仕事を支える心強い味方になっているそうです。お気に入りの愛車が毎日の仕事をより一層楽しくする相棒になっていると、素敵な笑顔でお話ししてくださいました」。
カラーシェアも軽トラックとしては異例の展開となった。
「3人に1人がカラーパックを選んでいるという結果になりましたので、私たちの思いがお客様に届いた成果だと思っています」。

里舘さんは最後に、「これまで自分の価値観に近いクルマの世界しか知らず、軽トラックの担当となった時は、正直、驚きから始まりました。しかし、ハイゼットを通じて出会った働く皆さんが教えてくれたのは、私たちの暮らしを支えてくれえている人がいる、ということでした。私たちも働く人を支えていきたいという思いを胸に、ハイゼットの開発をやり遂げることができました。ダイハツハイゼットは、誕生から半世紀。これからも働くみんなの相棒として、日本の隅々を彩り続けます」と思いを語る。
そして「それまで自分は可愛いクルマが大好きで、そのデザインをやるんだろうなと思ってダイハツに入りました。ですから正直、ハイゼットをやってねっていわれた時はびっくりしたんですが、その知らない世界も知ることで、今後、より幅広い提案ができていくような成長を上司が考えてくれていたのかなと思っています」と結んだ。

とにかくユーザーの話を聞くこと、そしてその目で確認することを徹底し、不具合に対して真摯に対処し、ユーザーを失望させないのは、まさに執念といえる。その成果は如実に表れており、ユーザーの“期待を超える”CMFが完成している。ユーザーが不満をいうのは現時点の話。それを対策するのは当然で、その半歩でも先を見据えるのはマーケティングの基本であり、そこまで踏み込んでCMFデザインに取り組んだ里舘さんをはじめとしたダイハツは、まさにユーザーに寄り添ったメーカーといえるだろう。
(文・写真:内田俊一 写真・資料提供:ダイハツ工業)


