第1回 “デザインの意図”や“造形の妙”を自動車模型で観察

2023年3月2日

自動車デザインを生業として37年、いつも傍らには自動車模型がありました。職業柄、クルマを立体として捉え、新しいカタチを模索する活動をしてきた自分にとって、自動車模型はデザインの発想を助けてくれる“大切なツール”としての役割がありました。

若い頃は 新型車のプラモデルが出るとすぐに購入し、箱からボディを出してデザインを舐めるように観察しました。立体の構成やハイライトの繋がりなど、日本メーカーのプラモデルはその再現力が素晴らしく、写真で見るより“デザイナーの意図”を良く理解できました。もちろん実車もディーラーに見に行ったわけですが、ショールームで新車を舐めるように観察すると“変なお客”と白い目で見られ、今だと出入り禁止になりかねません。実車との対話は素直にお客様が感じるがごとく、インパクトや存在感を“心で見る”ようにしています。そして“デザインの意図”や“造形の妙”はプラモデルや写真でよく観察するのです。

また、幼少の頃も“自動車模型”は自分にとって無くてはならない存在でした。

この三樹書房のブログM-BASEを読んでくださっている皆さんも幼少の頃、自宅のクルマに乗ってドライブしたり、近所に停まっている珍しいクルマを、通学路を遠回りして見に行ったり、将来大人になったら自分の好きなクルマを手に入れてどこでも好きな場所に行きたい! と思いを巡らし、“クルマ趣味人”として成長を遂げた人だと思います。

筆者もそんな夢見る少年でした。

幼少の頃はバス通学で、一番前の席に座り高い視点から俯瞰して走っているクルマを見るのが大好きでした。おかげで数多ある車種や名前を憶え、クルマを立体的に観察し、小さなデザインの違いも分かってしまうほどの目を養い、知らぬ間に現在の仕事に大きく役立つという経験を重ねていました。自然にクルマを好きになる環境だったことに、今、感謝です。

お小遣いをもらうと、おもちゃ屋へ駆け込んで「今回は、プラモデルにしようか?ミニカーにしようか?」と、悩みに悩んで、欲しいお気に入りの自動車模型を購入したものです。

プラモデルを買った時は、すぐつくりたい気持ちが先走り、部品をランナーから全部外してバラバラにしてしまい、組立図を見てもどの部品だかわからなくなり途方に暮れることを繰り返し・・・塗装もしないで雑に組んでしまい、接着剤がはみ出して・・・取り返しがつかない汚いモデルになってしまっても、完成したクルマを前後左右から舐めるように眺めて、ニヤッと悦に入ったものでした。自分の中では至極愉しい時間であったと記憶しています。

このような少年が大人になると……趣味も仕事もクルマ一辺倒、本物のクルマと自動車模型三昧で、どんどんのめり込んでいきました。“自動車趣味人”の皆さんも、思いあたる経験があるかと思います。

■ミニカーの定義
世界には星の数ほど自動車模型のメーカーがあります。6回の連載の中でデザインの考察と共に、それぞれのメーカーの特徴や歴史、雑学をご紹介することで自動車模型の味わい方を共有し皆さんの“自動車趣味の世界”が広がる手助けができればと思っています。

まず始めるにあたり名称の定義からですが、実車(リアルカー)に対して、スケールダウンして そのカタチを模した自動車模型のことを、「ミニカー(ミニチュアカー)」と呼びます。この言葉は和製英語ですので、海外では通用しません。筆者は、このミニカーはプラモデルやラジコンカーのようにつくることや動かして遊ぶ目的を持ったモノとは区別する必要があると思っています。したがってミニカーという定義は“子供や大人の玩具としての目的を持つ自動車模型”を示します。「プラモデル(プラスチック製:自分で組み立てる)」や「ラジコン(ラジオコントロールカー)」は、そのまま意味が名称となっていますので、文中このまま使っていきたいと思います。

次に自動車模型の味わい方の前提として“使われる素材”が重要な要素であり、ミニカーを鑑賞する際に違った視点から楽しめるようになりますので、筆者の視点でご紹介します。

最初のミニカーはT型フォードで、1915年頃にアメリカのダウスト社が鉛合金をダイキャスト製法により商品化されました。鉛は加工しやすいのが特徴です。アンティークショップに行くとよくある鉛の兵隊なども有名です。アンデルセンの童話にも登場する程、歴史が古い素材です。欧州(ドイツ)ではブリキ(薄い鉄板)を加工してミニカーを作成していました。日本製ブリキ玩具は加工が見事で、世界中に輸出され1950~60年には世界一になりました。ブリキ玩具と燕の洋食器は、戦後、日本の輸出での外貨獲得に大きな役割を果たしました。ブリキは味わい深い素材です。その後、ブリキ製より加工しやすいダイキャストやプラスチック製のミニカーが主流になります。素材の進化と共に加工精度が上がり、デザイン表現が充実し、魅力的な実車をこの小さな世界に再現して大量生産でたくさん売るようになりました。

この進化とは別に、大量生産を目的としない“限定的な少量生産の超精密ミニカー”として「レジン樹脂」が使われ出しました。金型と違い型の耐久性が無いので少量生産+加工も施す手づくりなので当然高額になります。求める人がいるので高価でも需要があります。

このような素材の違いは、塗装してしまうと見分けがつかなくなりますが、触れたり持ったりすることで、ミニカーから温度感や重量感が伝わってきて素材の違いが分かります。どうしても、実車が板金で頑丈にできていますので「金属」でつくられたミニカーに魅力を感じてしまいます。「ミニカーが軽いと興ざめする」という意見を聞いたことがあります。その方は自分でつくったプラモデルにオモリを仕込んだそうです。この意見には共感するところがあります。

素材と共に、小さいミニカーだからこそ塗装も重要です。塗装は実車でもお客様の購入意欲を駆り立てる重要な要素ですから、もちろんミニカーの世界でも大切です。塗装についても解説の中で味わい方をお伝えしたいと思います。

■日本車の中で最もモデル化されているTOYOTA 2000GT
今回のブログ『ミニカー概論』の軸として、日本が誇る名車TOYOTA 2000GTを素材に“自動車模型の世界”をひも解いていきたいと思っています。ミニカーの味わい方や、模型メーカーの再現力やデフォルメ力などを、同じクルマで比較しながら解説できますし、日本車の中で最もミニカーやプラモデル、ラジコンがつくられて皆さんを笑顔にしているのはTOYOTA 2000GTだと感じているからです。筆者がざっと調べただけでも、日本だけではなく世界中で50社以上の模型メーカーがモデル化していました。驚くべきことに、1965年に東京モーターショーでTOYOTA 2000GTが登場してから58年が過ぎていますが、今でも新しいミニカーが続々と発売されています。

それはなぜでしょうか? やはり、デザインなのだと思います。

流麗で美しく魅力的な誰もがウットリしてしまうデザインをまとい、さらには自動車産業の黎明期に大きく遅れを取っていた日本車が、1966年スピードトライアルにて世界記録3個、13の国際記録を叩き出したという神格化したヒストリーが注目され、世界中でミニカーがつくられるという金字塔が築けたのだと思います。このクルマの誕生や活躍が、世界中の自動車好きの魂の共鳴を生んだ証だと思います。

TOYOTA 2000GTの実車を見ると、まずその小ささに驚かされます。実際の大きさ以上の存在感が際立っているからです。デザイン的に見てまっさきに心躍るのは、ロングノーズ・ファストバッククーペのバランスがとれた美しさでしょう。誰が見ても美しいと感じるデザインだと思います。この流麗なボディは手づくりです。当時の技術では量産できず、簡単にプレスした部品を集めて溶接してこの美しいボディ形状をつくりました。デザイン的に特に素晴らしいのは、手づくりであるがゆえの温かみのあるボディ面のラウンドデザインに緊張感を与えている“手の切れそうなエッジ処理”です。抑揚あるフェンダーの峰を強調するこのエッジはヘッドランプからなだらかに始まりキャビンで一旦消え、リヤフェンダーで再び現れリヤへと勢いよく回り込んでいきます。止まっていても躍動を感じるデザイン処理は思わず見とれてしまいます。エッジにより陰影がしっかり出るので小さいクルマなのに存在感が出て大きく見えてくるのです。この難しいボディデザインがいかにミニカーの中に再現されているか!が、TOYOTA 2000GTミニカーを味わうべきところではないでしょうか?

筆者が最初にTOYOTA 2000GTのミニカーを手に入れたのは小学生の頃で、トミカでした。少し紫がかったシルバーのミニカーは、実車のもつスポーティなファストバッククーペスタイルを見事にシンプルにデフォルメしてつくられていて、いつも小さな手の中に大切に握りしめていたのを覚えています。フォグランプ(ヘッドライトに見えるところはフォグランプでヘッドライトはリトラクタブル式だった。アメリカ法規の“ヘッドランプの高さ60センチ規制”に対応するためにリトラクタブル式を採用した)がメッキだったので、ちょうどライトのあたりをカッターで削って透明樹脂を出してヘッドライトらしさを改造してしまいました。今思うと、ベースの樹脂が透明で助かりました。もし赤色だったら取り返しがつかないことをしてしまうところでした。好奇心旺盛な子供は後先考えず手荒な改造をしてしまうものですよね。皆さんも身に覚えがないですか?

写真解説)トミカ発売初期のモデルで、通称黒箱と呼ばれる。TOYOTA 2000GTの後期型を見事にシンプルなデフォルメでモデル化していた。本物のクルマと同じくサスペンションとドアの開閉機構が織り込まれており子供心に感動した。無機質なシルバーではなく少し紫がかった色気を感じるシルバーは洒落ていた。この小さいミニカーに込めたつくり手の想いを感じる。

初回なので、TOYOTA 2000GTの流麗なフォルムを如何なく再現したウットリしてしまうほど魅力的なミニカーを解説します。それは、オートアート社の1/18モデルと、ディアゴスティーニから1年半にわたって毎週部品が届き、それを組み立ててつくる1/10モデルです。

1/18と1/10という大きなスケールなので、美しい全体のフォルム、加えて精密ディティールまでつくり込まれて、実車のデザイン的特徴を素晴らしい再現力でモデル化しているのはもちろん、TOYOTA 2000GTが持っている魅力的なギミックも再現しているところが感激です。ミニカーの嬉しさは実車と同じ可動を遊べることではないでしょうか。そのギミックとは、日本車初のリトラクタブルヘッドランプ、フロントタイヤ後方のバッテリーやエアクリーナのリッド、結晶塗装が見事な3Mエンジンを見せるフード、リヤゲートなど、実車さながらに開け閉めできるのです。驚くべきは、エンジンフードのストッパーまで実車同様の機構が再現されています。実車のオーナーしかできないことを、少しばかりスケールは小さくなりますが体験ができるのです。こんなにうきうきとする魅力的なことはありません。

夜、ソファーに座って、このモデルを手に取って、ぐるぐる360度回しながら眺めるのは、至福の時間です。つくり込みの素晴らしさは添付の写真を見ていただければご理解いただけると思います。実際に手に取るとそのずっしりとした重量感に心を射抜かれてしまいます。さすがに、1/10のディアゴスティーニモデルは3.6kgもあるので、360度眺めまわすには重すぎるのですが。

写真解説)オートアート 1/18モデル
オートアートは1/18スケール。トミカ(1/64)との比較。大きいモデルなのでディティールまで素晴らしい造形(造詣)が施されている。観ていて飽きることがない。実車で見られない所がじっくり観察できるのも、ミニカーの味わい方だと思う。外装色はやわらかな光沢を持った本物のサンダーシルバーを再現。メタリックの粒子はキメ細かいアルミ粉が使われている。スケールモデルなのでギラギラさせては興ざめしてしまうからだろう。細かい所までこだわってつくられている。
写真解説)エンジンやシャシの下回りも手抜きが無い仕上がり。もちろん室内も良くできている。
写真解説)ディアゴスティーニ1/10モデル
1/10スケールはとにかく大きくて迫力がある。手に持った時のずっしりとした重さも心をくすぐる。ちなみに片手では持てない!(その位重い:計測したら重量は3.6kgもあった)
外装色はTOYOTA 2000GTの代表色であるペガサスホワイトを見事に再現している。当時の技術では実車の白色は隠ぺい力が不足していて下地が透けてしまうので、黄味を加えて濁らせることで透けを防止していた。手づくりのボディ面を穏やかな色彩で柔らかく見せ、逆にエッジの陰影は強調させていた色であった。普通白色は膨張色で陰影が出にくいのだがミニカーも写真の通り、ホワイトなのに立体造形を際立たせている。
写真解説)トミカとの比較。1/10はとにかく大きい!トミカは1/64。
写真解説)リヤゲートを開けたところの驚きのディティール。スペアタイヤが配置されている。

TOYOTA 2000GTの人気は神格化されて増すばかりですが、生産台数がわずか337台と大変少なく、今や高額になり過ぎて(1億円)、街中を走る姿を見るチャンスは殆どありません。自動車博物館で柵の中の実車を見ることができるくらいです。

「TOYOTA 2000GTを身近に感じたい」という想いを叶えられるのは唯一模型で愉しむことです。世の中に存在する美しい自動車を見て触りたい!という衝動がミニカーコレクションの動機に結び付いていると感じます。筆者もそうです。

このブログでは、ミニカーを通して自動車デザインを語っていきたいと思っています。

実車はなかなか見ることができない…… でも写真だけでは物足りない、もっとそのクルマを知りたい、傍に置きたい、このような願望に応えられるのがミニカーだと思います。

読者の皆さんも、そのような願望をお持ちの人がたくさんいると思います。

これから是非一緒にミニカーの世界に入って参りましょう。

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