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第104回 ランチア デルタS4
2021.3.27

 今回は、前回のアバルトに続いて、アバルトの総力をあげて開発したが、ランチアのラリーカーの中で唯一WRC(FIA World Rally Championship:世界ラリー選手権)マニファクチャラーズタイトルを獲得できなかった、グループBラリーカーの「ランチア デルタS4」を紹介する。
 1982年にWRCのレギュレーションが変更され、新しく設定されたグループB(グランドツーリングカー)は、従来のグループ4に相当したが、ホモロゲーション取得に必要な最低義務生産台数が400台から200台に変更されたことにより、戦闘力の高いグループBカーが造りやすくなった。この年、アウディが初めて4WDの「アウディ クワトロ」を投入してマニファクチャラーズタイトルを獲得、4WD時代へと突入する。
 1983年は「ランチア037ラリー(正式名称はランチア ラリー)」がFR駆動ながら、僅差でアウディ クワトロを退けマニファクチャラーズタイトルを獲得したが、1984年には037ラリーは1勝しかできず、強化されたクワトロがタイトルを獲得している。1985年には037ラリーは1勝もできず、しかも、第5戦のツール・ド・コルスでアッティリオ・ベッテガ(Attilio Bettega)の037ラリーがクラッシュして命を落としている。この年のタイトルはリアミッドシップで4WDの「プジョー205ターボ16」が手中に収めた。
 037ラリーでは限界であることを確信したランチアは、1983年4月に「デルタS4」プロジェクトをスタートさせた。1984年6月にはトライアルを開始。1984年12月に発表。1985年11月にホモロゲーションを取得し、1985年シーズンの最終戦であったRACラリーに初参戦し優勝している。
 1986年シーズンは初戦のモンテカルロでS4が勝利し、ランチアの活躍が期待されたが、第2戦のスウェディッシュラリーではプジョー205ターボ16が制し、第3戦のポルトガルラリーでは「フォードRS200」がコース上の観客を避けようとして観客席に飛び込み、3名の死者と多数の負傷者を出す大惨事となり、全マニファクチャラーがレースをボイコット。そして、第5戦のツール・ド・コルスで悲劇的な事故が発生する。トップを独走していたS4が崖から転落、炎上してドライバーのヘンリ・トイボネン(Henri Toivonen)とコドライバーのセルジオ・クレスト(Sergio Cresto)が死亡してしまう。戦意喪失したランチアは結局この年3勝しかできず、タイトルは6勝したプジョー205ターボ16のものとなった。
 度重なる重大事故の発生を重視したFISA(Fédération Internationale du Sport Automobile:国際自動車スポーツ連盟)は、あまりにも洗練、高性能化され過ぎたグループBカーで公道ラリーを続けるのは危険すぎると判断。1987年からはWRCの選手権をグループA(ツーリングカー)で行うと決定した。その後、1987年からランチア デルタHF 4WD/HFインテグラーレ/HFインテグラーレ16Vが6年連続でタイトルを獲得するという快挙を達成している。

◆ランチア デルタS4 ラリー仕様

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上の5点は、1984年12月に発表された「ランチア デルタS4」ラリー仕様のプレスキットと写真で、インストゥルメントパネル回りはロードゴーイング仕様とはまったく異なり、クルーの仕事に必要な装備が揃っている。生産台数は28台。(photos:Lancia)

◆ランチア デルタS4ロードゴーイング仕様

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上の6点は、1985年10月に発表された「ランチア デルタS4」ロードゴーイング仕様のプレスキットと写真で、内装にはアルカンタラが使用され、センターコンソールにはトリップコンピューターや盗難防止装置も装備されている。性能は0-400m加速14.2秒、最高速度225km/h、燃費は90km/h定速で11.8km/L、市街地走行では7.8km/L。生産台数は200台。(photos:Lancia)

◆ランチア デルタS4 ラリー仕様とロードゴーイング仕様の比較

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上の2点は四面図の比較。サイズを比較(カッコ内はラリー仕様)するとホイールベース2440(2440)mm、全長4005(3990)mm、全幅1800(1880)mm、全高1500(1360)mm、トレッド前/後1500(1510)/1520(1535)mm、車両重量1200(890)kg。タイヤ前/後205/55 VR16(Pirelli P7 230/45-16)/205/55 VR16(Pirelli P7 290/660-16)。全長の違いは、フロントオーバーハングの差。

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上の4点は透視図の比較。このように並べてみると違いが一目瞭然だが、ラリー仕様がエンジンの吸気や大型のオイルクーラーの冷却風をルーフ近くから取り入れているのに対し、ロードゴーイング仕様では後方視界確保のため低い位置のボディーサイドから取り入れているのが分かる。イラストではラリー仕様はインタークーラーが1個、テールパイプ2本、ロードゴーイング仕様ではインタークーラーが2個、テールパイプ1本となっているが、広報資料には、ラリー仕様にも2個のインタークーラーの設置も準備されていると記されている。

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上の4点はエンジンの比較。1759cc(ボア×ストローク88.5×71.5mm)直列4気筒DOHC 16バルブエンジンに、量産車では世界初となるスーパーチャージャーとターボチャージャーを併用、Weber-Magneti Marelli製電気式インジェクションを装備、1気筒あたり2本のインジェクター(ラリー仕様の広報資料には1気筒あたり1本と記されている)を装着する。ラリー仕様は圧縮比7.0:1でKKK製K27ターボを装着して、広報資料には400hp/8000rpm、40.0kg-m/5000rpmとあるが、実力は450hp/8000rpm、45.0kg-m/5000rpmと言われる。
 ロードゴーイング仕様は圧縮比7.6:1でKKK製K26ターボと、ラリー仕様より30%ほど容積の小さいスーパーチャージャーを装着して250hp/6750rpm、29.7kg-m/4500rpmであった。

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スーパーチャージャーとターボチャージャーに2個のインタークーラーを加えた過給システム図。低回転ではスーパーチャージャーが働き、高回転になってターボが活躍を始めるとスーパーチャージャーにはバイパス回路が加わる。

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フロントサスペンションは037ラリー同様ダブルウイッシュボーンを採用。ラリー仕様は当然ながらロードゴーイング仕様よりハードなセッティングとなっている。ラリー仕様のロアトランスバースリンケージには鍛造ジュラルミン(ergal)が使用されていた。ステアリングはラック&ピニオン方式で、ロードゴーイング仕様には油圧式パワーアシストが付く。ブレーキはBrembo製ベンチレーテッドディスクでラリー仕様にはダブルシリンダーキャリパーが装備されていた。

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リアサスペンションも037ラリー同様ダブルウイッシュボーンを採用。ダンパーは片側2本ずつ合計4本装着する。ロードゴーイング仕様のハブキャリアはアルミ鋳物製だが、ラリー仕様にはマグネシュームが採用されている。

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上の2点はドライブトレインの比較。5速MTはエンジンの前方に装着され、MTの左側にプラネタリーギア式センターデフを備え、そこからリジッドシャフトでリアデフへ、等速ジョイントとプロペラシャフトを介してフロントデフへとパワー伝達が行われる。前後の車輪には等速ジョイントとドライブシャフトによって伝達されるが、ラリー仕様のフロントドライブシャフトにはチタニュームが採用された(1985年10月の広報資料にはリアドライブシャフトに採用と記されている)。センターデフはラリー仕様では、センターデフロックも可能で(シフトレバーの後方に短いデフロックレバーが確認できる)、前後のトルク配分も75:25~60:40%のセッティングが可能であった。ロードゴーイング仕様ではビスカスカップリングを介して30:70%の前後トルク配分に設定され、リアのデフにはデフロックが備わっていた。ラリー仕様では前後デフにデフロックが装備されていた。

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ラリー仕様のボディーは、ラダーフレームにクロームモリブデン鋼のチューブを組み合わせて骨格を作り、真空成型エポキシ樹脂コンパウンドパネルおよびノーメックス(Nomex)ケブラー(Kevlar)+CFRP(Carbon fiber reinforced plastic)の5mm厚のハニカム構造パネルを接着とボルト止めで造られている。ロードゴーイング仕様では骨格はラリー仕様と同じだが、パネルはエポキシ樹脂+ファイバーグラスレインフォースが採用されていた。

◆その後
 わずか1年でWRCでの活躍の場を失ったS4であったが、100台以上あった在庫はすぐに売れたという。また、1986年末にはフィアットの助けを借りてECV(Experimental Composite Vehicle:実験用複合車両)プロジェクトを開始し、S4をベースにモーターレーシングのためのコンセプトカー「ECV1」を造り、さらに改良を加えて「ECV2」として1988年4月に発表している。その他、セミオートマチック/フルオートマチックトランスミッションやヴァンドーン(Van Doorne)製ツインベルトCVTを積むなど、テストベンチとしても活用された。

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上の3点は、1988年4月に発表された「FCV2」。優れた空力特性と、エアインテークの改良によって水やオイルラジエーターの冷却性能の向上を達成。シャシーやプロペラシャフトなどの構成部品には複合材が採用されており、ボディーはエポキシ樹脂を含浸させたケブラーとカーボンファイバーで造られている。サイズはホイールベース2440mm、全長3690mm、全幅1860mm、全高1350mm、トレッド前/後1500/1520mm、車両重量910kg。タイヤMICHELIN RADIAL X 26/64-16。(photos:Lancia)

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FCV2のエンジン。1759cc(ボア×ストローク88.5×71.5mm)直列4気筒DOHC 16バルブ、ツインターボ、圧縮比7.5:1、Weber-Magneti Marelli製電気式インジェクションを装備し、600hp/8000rpm、55.0kg-m/5000rpmを発生する。特徴は各気筒の2つの排気バルブは左右に装着された2つの排気マニフォールドに別々につながる「Triflux」と称するシリンダーヘッドを持ち、左右の排気マニフォールドに小型のKKK製K24ターボを1基ずつ積む。

 次回は4月9日(金)~11日(日)に開催される「Automobile Council 2021」の様子を紹介する予定。

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執筆者プロフィール

1937年(昭和12年)東京生まれ。1956年に富士精密機械工業入社、開発業務に従事。1967年、合併した日産自動車の実験部に移籍。1970年にATテストでデトロイト~西海岸をクルマで1往復約1万キロを走破し、往路はシカゴ~サンタモニカまで当時は現役だった「ルート66」3800㎞を走破。1972年に海外サービス部に移り、海外代理店のマネージメント指導やノックダウン車両のチューニングに携わる。1986年~97年の間、カルソニック(現カルソニック・カンセイ)の海外事業部に移籍、うち3年間シンガポールに駐在。現在はRJC(日本自動車研究者ジャーナリスト会議)および米国SAH(The Society of Automotive Historians, Inc.)のメンバー。1954年から世界の自動車カタログの蒐集を始め、日本屈指のコレクターとして名を馳せる。著書に『プリンス 日本の自動車史に偉大な足跡を残したメーカー』『三菱自動車 航空技術者たちが基礎を築いたメーカー』『ロータリーエンジン車 マツダを中心としたロータリーエンジン搭載モデルの系譜』(いずれも三樹書房)。そのほか、「モーターファン別冊すべてシリーズ」(三栄書房)などに多数寄稿。

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