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第82回 ジャパン・クラシック・オートモービル 2019
2019.5.27

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 今回は、やや賞味期限が切れてしまったが、毎年、桜が咲く季節に日本橋で開催される「ジャパン・クラシック・オートモービル」の様子を紹介したい。このイベントは「ジャパン・クラシック・オートモービル」実行委員会と名橋「日本橋」保存会が主催し、日本クラシックカークラブが協力して実施される。
 なぜか、雨にたたられることが多いのだが、今年は快晴で、満開の桜を背に43台の名車が並び、クルマファンや多くの観光客の目を楽しませてくれた。

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1930年Rolls-Royce PhantomⅡContinental DHC Carlton。最初のファントムⅡがラインオフしたのは1929年8月29日、同年10月24日にニューヨーク株式市場が大暴落し、世界恐慌がはじまる直前という最悪のタイミングであった。直列6気筒7668ccエンジンを積み、フォードが300~400ドルほどで買えた時、完成車は2850ポンド(当時のレートで1万3822ドル)もした超高級車であった。1935年10月12日に最後のファントムⅡがラインオフした約6年間に、144インチ(3658mm)のショートホイールベースのコンチネンタルが281台、150インチ(3810mm)の標準ホイールベースモデルが1400台、合計1681台生産された。この個体にはカールトン社製ボディーが架装されている。

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1935年Singer 9 LeMans。1935~36年に生産されたモデルで、972cc直列4気筒OHC 38馬力エンジンを積む。

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1930年Aston Martin International。1.5ℓ4気筒OHCエンジンを積み、1930年に生産されたのは70台ほどの希少車。

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1933年Rolls-Royce PhantomⅡ。この個体は、工業デザイナーの草分けでFRP成形の第一人者でもある浜 素紀氏がデザイン・製作したFRPボディーが架装されている。デザインからボディー作り、登録、実際に走らせるまでの克明な記録は、「クラシックカー再生の愉しみ - FRPによるボディ作りとレストアのすべて」のタイトルでグランプリ出版から出版されている。

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1956年Ford Thunderbird。1955年の発売時にはスペアタイヤはトランク内に収められていたが、トランクスペースを稼ぐため、1956年にはコンチネンタル・マウントとして外に取り付けた。しかし、トランクの使い勝手の悪さは不評で、1957年にはリアオーバーハングを伸ばして再びトランク内に収まっている。脱着可能なハードトップにポートホールが追加されたのも1956年であった。

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1949年Plymouth Special Deluxe。1946年から1948年までモデルチェンジを行わなかったプリムスが、1949年にやっとモデルチェンジを実施した。スペシャルデラックスは1949年型プリムスで最もポピュラーなモデルで、価格は1629ドル(戦争により1942年~1949年の間為替の統計は途絶えているが、1950年から始まる1ドル:360円で換算すると58万6440円)で25万2858台生産された。ちなみに、この年のわが国の自動車生産台数は2万8700台で、そのうち乗用車はわずか1070台であった。

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1960年BMW Isetta 300。1956~1962年にかけて8万7416台生産されたBMWイセッタ300は、通常は後輪が狭いトレッドの4輪だが、この個体は輸出用の後輪が一つの3輪タイプだ。輸出先によって3輪車は税金が安かったため節税対策であった。エンジンはBMWのモーターサイクル用であり、297cc単気筒13馬力を積む。左の青いクルマは1965年ASA 1000GT。

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1929 Amilcar CGSs。創業時シトロエンと縁が深かったアミルカーは1921~1939年にフランスに存在したメーカーで、1927年には1.1ℓエンジン車で初めて200km/hを超えた記録を持っている。1074cc直列4気筒エンジンを積む。モデル名のCGSsの「s」は「surbaissé(車高が普通より低い)」で、CGSモデルよりローシャシーであることを指す。

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1924 Bugatti T13 Brescia。T13に積まれる直列4気筒OHC 16バルブエンジンは1914年半ばに完成したが、同年7月に勃発した第1次世界大戦(1918年11月終戦)により中断し、生産開始したのは1920年であった。このエンジンの搭載されるモデルはホイールベースにより、2mのT13、2.4mのT22、2.55mのT23に識別される。T13は主にレース用として作られたモデルであった。エンジンの排気量は当初1368ccであったが、1453ccになり、最終的に1496ccに拡大されていく。1921年にブレシアで開催された第1回イタリアグランプリでの成功を機に「ブレシア」の名前で呼ばれるようになった。写真ではダッシュボードの中央にツインマグネトーが確認できる。

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1952 Riley SP6 Roadster。もう一台参加していた1952 Riley RMB Saloonベースのロードスターで、2.5ℓ直列4気筒OHV100馬力エンジンを積む。トーションバー・フロントサスペンションとアンダースラング・リアサスペンション、ラック&ピニオン・ステアリングを装備する。

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1967 Rover 2000SC。スペアタイヤをトランクリッド上に固定したローバーに初めてお目にかかったので紹介する。これは純正オプションとして設定されており、カタログも手元にあるのだが、使用後正規の場所に戻しておらず、探したが見つからなかった。現れたら機会を見て紹介します。

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1967 トヨタ2000GT。素晴らしいコンディションの2000GT。

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1975 Maserati Khamsin。1974年に登場したカムジンはベルトーネのマルチェロ・ガンディーニ(Marcello Gandini)がデザインしたボディーをまとい、1970年代に入って登場したボーラ、メラクがミッドシップ・エンジンなのに対し、駆動方式はFR(フロントエンジン、リアドライブ)であった。4930cc V型8気筒320馬力エンジンを積み、最高速度は275km/hに達する。当時提携関係にあったシトロエンのマネージメントによって製作された最後のマセラティであり、高圧ブレーキシステム、パワーステアリングなどはシトロエンのコンポーネントをチューニングして装備している。1973年10月に発生した第1次オイルショックの影響もあり、生産を終える1982年までの8年間に生産されたのは430台であった。

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1964 René Bonnet Djet。ルネ・ボネはかつてチャールス・ドイッチュ(Charles Deutsch)とルネ・ボネ(René Bonnet)によって、DBあるいはドイッチュ・ボネの名前で販売されていた。DBはパナールと提携してエンジンその他のパーツの供給を受けてきたが、ルネ・ボネが1962年のル・マンにルノーエンジンを採用したことで、パナールとの契約は解除され、1962年1月にチャールス・ドイッチュも手を引いてしまい、車名がルネ・ボネとなった。1964年にマトラ・エアロスペース社に売却され、新設されたマトラ・スポーツ・ディビジョンによって細部を変えて1968年までマトラ・ジェットの名前で販売された。FRPボディーにルノー8ベースの直列4気筒エンジン+ギアボックスを前後逆に、市販車としては世界初のミッドシップに積む。初期には996ccおよび1108ccであったが、最終的にR8ゴルディーニ1300の1255cc 105馬力も積まれている。

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1954 Lancia Appia Berlina。ランチア・アッピアは1953年4月に発表され、ボディーはモノコック構造で、センターピラーレスの4ドアセダン。重量軽減のためドア、トランクリッド、リアフェンダー、ボンネット、そしてバンパーまでアルミが採用されており、車両重量はわずか820kgであった。エンジンは新開発の1090cc狭角(10˚14́)V型4気筒ツインカムOHV 38馬力を積む。シリンダーブロックの両側の低い位置にカムシャフト2本を装着し、長いプッシュロッドを介して、片方がインテークバルブ、もう片方がエキゾーストバルブを担当する。フロントサスペンションはランチャが特許を持つスライディングピラー式独立懸架を採用している。

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1987 Aston Martin V8 Zagato。桜が満開の江戸桜通りに整然と並んだ名車たち。手前のクルマは1985年のジュネーブモーターショーでスケッチが発表され、1986年の同じショーで実車が発表された、アストンマーチンV8ザガートで、50台が限定生産された。翌1987年のジュネーブモーターショーでボランテ(コンバーティブル)が発表され、25台が限定生産されている。

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1971 Simca 1200S。1967年にベルトーネデザインのボディーをまとって登場したシムカ1200Sは、1962年のジュネーブモーターショーで発表されたリアエンジン車のクーペ1000と同じボディーシェルを持つが、ラジエーターをフロントに移したため、フロントグリルとボンネット上にエアアウトレットが追加されている。エンジンは1204cc直列4気筒ツインソレックス85馬力を積む。

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上の2点は日本銀行と三井本館前の江戸桜通りに並ぶ名車たち。通りかかった多くの観光客も思いがけない幸運にめぐりあい、盛んにスマホのシャッターを押していた。

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執筆者プロフィール

1937年(昭和12年)東京生まれ。1956年に富士精密機械工業入社、開発業務に従事。1967年、合併した日産自動車の実験部に移籍。1970年にATテストでデトロイト~西海岸をクルマで1往復約1万キロを走破し、往路はシカゴ~サンタモニカまで当時は現役だった「ルート66」3800㎞を走破。1972年に海外サービス部に移り、海外代理店のマネージメント指導やノックダウン車両のチューニングに携わる。1986年~97年の間、カルソニック(現カルソニック・カンセイ)の海外事業部に移籍、うち3年間シンガポールに駐在。現在はRJC(日本自動車研究者ジャーナリスト会議)および米国SAH(The Society of Automotive Historians, Inc.)のメンバー。1954年から世界の自動車カタログの蒐集を始め、日本屈指のコレクターとして名を馳せる。著書に『プリンス 日本の自動車史に偉大な足跡を残したメーカー』『三菱自動車 航空技術者たちが基礎を築いたメーカー』『ロータリーエンジン車 マツダを中心としたロータリーエンジン搭載モデルの系譜』(いずれも三樹書房)。そのほか、「モーターファン別冊すべてシリーズ」(三栄書房)などに多数寄稿。

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