三樹書房
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第80回 MINIの60周年記念
2019.3.27

 いまからおよそ60年前の1959年8月26日、英国のBMC(British Motor Corporation)から画期的なコンパクトカーが発表された。オースチン・セブン(Austin Seven)とモーリス・MINI・マイナー(Morris Mini-Minor)であった。
 このクルマはアレック・イシゴニス(のちにナイトに叙任されサーの称号を得る)という天才的な自動車設計者/製作者によって生を受けた、全長わずか3メートルほどのコンパクトなボディーに、クランクシャフトの下にトランスミッションを一体化した850ccの4気筒エンジンをクルマの前部に横向きに積み込み、前輪を駆動するという革新的なものであった。
 イシゴニスは庶民のためにMINIを造ったのであったが、最初にその魅力に気づいたのは王室や貴族階級であり、会社役員や高級管理職が続き、やがてあらゆる階層の人々にひろまっていった。特にMINIほど多くの著名なアーティストたちに愛用されたクルマはこれまでに例を見ない。
 第2次世界大戦後には米国に次いで世界第2位の自動車工業国であった英国は、その後、西ドイツ、フランスそして日本にも生産量で追い越され、伝統あるブランドが次々と消えていったが、一目でMINIと識別できる個性的かつ魅力的なMINIは世界中に愛され、2000年に生産を終えるまでの41年間、ほとんど形を変えずに約538万台生産された。
 最後の10年間は日本が主要市場であったことも驚きで、まさに日本人の感性にぴったりのクルマであったと言えよう。

 今年、2019年はMINIが誕生60周年を迎え、様々なイベントや記念モデルの発表が予定されており、2月28日に、今年予定されている活動の紹介と、60周年のキックオフともいえる限定車「MINI Crossover Norfolk Edition」が発表されたので、その紹介とあわせて、Classic MINIのカタログをファイルから引き出してみた。原稿締め切りが26日なのでほぼ1カ月遅れとなってしまったことご容赦願いたい。

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「MINI tabloid.」#1の表紙を飾る新旧MINI。Classic MINIはいつ見ても新鮮だが、タイヤを見ると60年という時の流れを感じさせてくれる。

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発表会場の様子。「MINI Crossover Norfolk Edition」はまだ白いベールで隠されている。

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会場に展示されていたClassic MINIに関わる写真、カタログやアレック・イシゴニスのスケッチなど。

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挨拶するペーター・クロンシュナーブル(Peter Kronschnabl)社長。

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上の3点は300台が限定販売される「MINI Crossover Norfolk Edition」。MINI Cooper D ALL4をベースに、「旅」をテーマにファッションブランドF/CE.のデザイナー、山根敏史氏とコラボレーションしてオリジナルパーツのデザインを共同開発したという。専用ボンネット・ストライプには左右非対称な「道」がダイナミックに描かれている。価格は495万円で、早期契約の100台限定で専用のルーフ・ボックスがプレゼントされる。
下段写真の人物は、左から山口智之MINIディビジョン営業部長 、デザイナーの山根敏史氏、アイリーン・ニッケイン(Irene Nikkein)MINIマーケティング・マネージャー。

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「MINI Crossover Norfolk Edition」のカタログ。ケースに三つ折りのフォルダーが収まる。

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この白いClassic MINIに3組のアート作家がバトンリレーのように作品を重ねていくことでスペシャルカーを創りあげる「MINI Art Baton プロジェクト」がスタートした。参加するのは右から、一番手の朝倉充展氏とユニットを組むボブファウンデーションの朝倉洋美氏、二番手のジェリー鵜飼氏、そして最後にサインペイントを施すレターボーイ(Letter Boy)氏。どんな作品ができるか楽しみである。

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以前発表されたアートカー2台を紹介する。これは1997年の第32回東京モーターショーに出展された、英国の著名なファッションデザイナーであるポール・スミスがデザインしたワンオフのMINIアートカー「ストライピー MINI(Stripy MINI)」。じつに86色の縞模様でペインティングされていた。

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「MINIのデザイナーは天才でなければなりません。MINIは年々より良く見えるようになり、いつまでも夢のようなドライブができます。」と手書きのコピーが躍る特別限定車ポール・スミスMINIのカタログ。1998年3月、英国で300台が限定販売され、6月には日本で1500台が限定販売された。専用のエンブレムとバッジが付き、限定色ポール・スミス・ブルーのボディーと同色にペイントされたフェイシアにはスミス製の3連メーターが並び、エンジンヘッドカバー、プラグコード、ファンブレード、トランクルーム、グローブボックス内部など見えない部分もシンボルカラーであるシトラスグリーンで仕上げるなど、ポール・スミスの感性とこだわりを随所に表現したモデルであった。内側のフォグランプとレトロバンパーはオプション。塗色は他に白と黒があったが、ブルーがベストチョイスであろう。価格はMT車209万円、AT車219万円であった。

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1999年にミニの40周年を記念したデザインコンペティションが開催され、これはその時のエントリーシートと、受賞したマーク・ワード氏の「タイムマシンMINI」。1000人を超えるファンが創造性を発揮して多くの奇抜なデザインを提案したという。エントリーシートは1998年のバーミンガム・モーターショーで入手したもの。

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上の2点は1959年8月に発売されたオースチン・セブン最初のカタログ。しばしばSe7enと表記されていた。セブンのモデル名は、1922年に発売されて英国初の量販小型車として成功を収めた初代セブンにちなんで命名された。848cc、34psエンジン+4速MTとラジエーター、サスペンションをコンパクトにサブフレームに積んだパワーユニットと、サブフレームにまとめられた後輪のサスペンションユニット。4輪ともラバーコーン・スプリングによる独立懸架であった。497ポンド(当時のレートで約51万円)のベーシックモデルと537ポンド(約55万円)のデラックスが存在した。フェイシア全面が荷物棚になっており、中央にスピードメーター、燃料計のほかに、油圧低下、充電不足のワーニングランプ、ヘッドランプのハイビーム・ポジションを示すランプを備えたシンプルなメーターナセルが付く。ドアポケットの上にレインフォース状のバーが見えるが、このカタログ以外には存在しない。
 上段右上のモノクロ写真で分かるが、トランクリッドは下ヒンジになっており、開けた状態で荷物を積むことができた。ライセンスプレートは上ヒンジになっており、トランクリッドを開けると回転して、後方から視認できる仕掛けであった。しかし、残念ながら1969年以降、トランクリッドを開けて荷物を運ぶことは法規違反となったため、ライセンスプレートは固定式となってしまった。

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1959年12月に発行されたモーリス MINI・マイナーのカタログ。「エンジンを東西(横置き)に積んだ、世界で最も刺激的なクルマ」とうたい、全長3.05m、全幅1.4mのわずかなスペースで広い車室を得たパッケージングの素晴らしさを訴求している。4人家族とクルマの後部に置かれた多量の荷物をすべて収容できるスペースも持ち合わせていた。グレード、価格はオースチン・セブンと同じであった。

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「se7en is your lucky number」のタイトルが付いたカタログの中に描かれたMINIの特徴を示した構造図。

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1960年1月に発売されたオースチン・セブン・バンおよび翌年1月に発売されたピックアップのカタログ。1962年1月には名称がオースチンMINIバン/ピックアップに変更された。サルーンに比べてホイールベースは110mm長い2140mm、全長は250mm長い3300mm(ピックアップは3320mm)で、848cc、34psエンジン+4速MTを積む。サスペンションも基本的にはサルーンと同じだが、唯一リアサスだけは250kgの積載に耐えるよう強化されている。法規に従いフェンダーミラーは両サイドに付くが、ルームミラーは付かない。内装もシンプルで鉄板に塗装処理したものとなっており、スペアタイヤとバッテリーはシートの後方フロア下に収納される。バンの助手席シートは1970年代初めまでオプションであった。バンの価格は360ポンド(約37万円)。モーリス版もオースチンと同時に発売されている。

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1960年9月発売されたオースチン・セブン・カントリーマン。サルーンに対しホイールベースを104mm延長して2140mm、全長を245mm長い3299mmとした乗用ワゴンで、848cc、34psエンジン+4速MTを積み、基本スペックはサルーンと変わらない。荷室容積はリヤシートを倒すと1005ℓ、4名乗車時でも524ℓある。フェンダーミラーは法規で装着が義務づけられていた。ルームミラーは付かない。価格は623ポンド(約63万円)。
右上はオースチン・セブン・オールスチール・カントリーマンの輸出用カタログ。ウッディ調を演出する木のトリムを付けないシンプルなモデルで、輸出仕様ではバンパー・オーバーライダーはオプションであった。1961年4月から輸出用として生産を開始した。英国市場での発売は1962年10月。

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1960年9月、オースチン版と同時に発売されたモーリスMINI・トラベラー。スペック、価格などはオースチンと同じ。違うのはフロントグリルとエンブレム。

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1961年9月、エンスージアストのためのクルマだとうたって発売されたオースチン・セブン・クーパー。997cc、SUツインキャブ55psエンジン+4速MTを積む。ギアシフトレバーはリモートコントロールのフロア式。前輪にはディスクブレーキが採用された。フェイシアの中央にはスピードメーターの左に水温計、右に油圧計を備えた楕円形の3連メーターナセルが付く。価格は679ポンド(約69万円)。1962年1月にはモデル名がオースチンMINI・クーパーに変更された。

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1961年9月、オースチン・セブン・クーパーと同時に発売された、モーリスMINI・クーパー。オースチンとの違いはフロントグリルとエンブレム。ツートーン塗色が採用されたが、赤いボディーに白いルーフはモータースポーツに参加するワークス・カーのためにリザーブされており、当時は一般の市販車には使われなかった。

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1961年9月に登場したオースチン・スーパーセブン。スーパーセブンにはツートーン(カタログではデュオ・トーン:duo-toneと称する)カラーが採用され、少しだけ装備が充実しており、フェイシアの中央にはスピードメーターの左に水温計、右に油圧計を備えた楕円形の3連メーターナセルが付き、横棒9本、縦棒12本の格子状フロントグリル、バンパー・オーバーライダーとパイプ・エクステンションを持つ。価格は592ポンド(約60万円)。このカタログは1961年9月に発行されたもので、1962年1月にはセブンはMINIに呼称が変わるので、これはおそらくセブン最後のカタログであろう。

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上の2点は1961年10月に発売されたライレー・エルフ最初のカタログ。1962年3月までのモデルにはフロントフェンダー後部のシームと前後バンパーのオーバーライダーが無い。ライレー伝統のグリルが付き、テールをMINI・サルーンより220mm伸ばしてノッチバック・スタイルとしてトランクルームを拡大している。フェイシアにはウッドパネルを貼り、ウォールナットのセンタープレートには3連メーターが付く。シートも分厚く、レザー(ごく初期はレザークロス)張りであり、ホワイトサイドウォール・タイヤがオプション設定されていたのもエルフだけであった。848cc、37psエンジン+4速MTを積む。エルフ(Elf)は妖精のことで、このカタログではShe's(彼女は)で表現されている。

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1961年10月に発売されたウーズレー・ホーネット最初のカタログ。エルフ同様、1962年3月までのモデルにはフロントフェンダー後部のシームと前後バンパーのオーバーライダーが無い。基本的にはエルフと同じだが、ウーズレー伝統のグリルとイルミネーション付きエンブレムが装着されていた。フェイシアはエルフと異なり、クーパーと同じ3連メーター付き楕円のナセルが装着されている。このカタログではナセル表面は黒いが、途中からウォールナットが貼られている。外装色はツートーンが基本であり、ミニとは異なる多彩な色が用意されていた。

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1964年1月に量産開始し、8月英国内で発売されたオースチン MINI・モーク。モーリス版も基本的に同じ仕様で、848cc、34psエンジン+4速MTを積む。タイヤは5.20-10 4プライのチューブレスが標準で、ダンロップの5.20-10ウエザーマスター(チューブ付)がオプション設定されていた。シートはドライバー用のみ標準装備で、パッセンジャーシートとリヤシートはオプションであった。右上は1962年にBMCから軍に提案した「MINIモーク」と命名された最初のプロトタイプ。量産車より190mmほど短い1842mmのショートホイールベースで、サスペンションにスペーサーを加えてロードクリアランスも大きくしたが、採用には至らなかった。

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オースチンとモーリスのMINI・クーパー'S'は1963年3月~1964年8月の間1071cc、70psが登場し、1964年6月~1965年4月には970cc、65ps モデルが販売され、1964年4月には本命となる1275cc、75psモデルが発売された。このカタログは970ccと1275ccモデルのもので、エンジン2種のほかMTのギア比2種類とファイナルギア比4種類から選択可能であった。価格は1071ccが695ポンド(約71万円)、970ccが693ポンド(約71万円)で、1275ccモデルは778ポンド(約79万円)であった。

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MINIの名を世に広めた功績のひとつに、モータースポーツでの活動がある。特にモンテカルロラリーでの活躍は特筆に値する。1962年にはラウノ・アルトーネン(Rauno Aaltonen)の駆るちっちゃいがきびきびしたMINI・クーパー'S'は、パワフルな出場車をしりめにトップを快走していたが、ゴールまで、あとわずか3kmの地点でカーブでの判断ミスでロールオーバーしてリタイアするが、この活躍によりMINIのモータースポーツにおけるポテンシャルの高さを世間に知らしめたのである。1年後にアルトーネンはクラス優勝と総合3位を勝ち取っている。
 1964年のモンテカルロラリーでパディ・ホプカーク(Paddy Hopkirk)は総合優勝を果たし、MINIはモータースポーツの世界で脚光を浴びる存在となった。
 1965年にはティモ・マキネン(Timo Makinen)/ポール・イースター(Paul Easter)組のMINI・クーパー'S'が、唯一ペナルティポイント無しで総合優勝している。この年は気象状況が最悪で、237台の出場車中、完走できたのはわずか35台であったが、この中には少なくとも3台以上のMINI・クーパー'S'が含まれていた。
 1966年はハットトリックを賭けた年であったが、MINIで出場したティモ・マキネン、ラウノ・アルトーネン、パディ・ホプカークが総合1-2-3フィニッシュするという驚異的な勝利を収めた。しかし、メインヘッドランプにロービームが組み込まれていないという理由で失格となってしまい、3連覇を逃してしまった。この年は、ラリー実施直前にルールが頻繁に変更されるなど、MINI(英国車?)に勝たせたくないという、恣意的とも思える動きがあったのではとも言われている。
そして翌1967年、ラウノ・アルトーネンのMINI・クーパー'S'が圧倒的な声援を受けてモンテカルロラリーで総合優勝する。写真は1964~1966年のモンテカルロラリーで活躍したMINIのショット。

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1965年10月にオプション設定(実際の発売はかなり遅れた)されたオートマチック・トランスミッション(AT)。設計・開発はAP(Automotive Products)社が担当した、小型車用としては贅沢な4速で、しかもフルオートとマニュアル操作による4速としても楽しめた。歯車列は遊星ギアではなく、傘歯車をディファレンシャルギアのように組み合わせたものを2重に重ねた珍しいもの。ATは使用オイルの特性にセンシティブであるが、MINIではエンジンオイルを共用しており、これはすごいことだと思う。

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1967年10月に登場したオースチンMINI MkⅡ。ベーシックなモデルとスーパーデラックスの2つのグレードが設定された。エンジンは848cc、34psに加え、スーパーデラックスには998cc、38psも選択可能となった。トランスミッションは4速MTが標準で、オプションで4速ATが用意されていた。フロントグリルが変更され、リヤウインドーとテールランプが若干大きくなっている。価格は850ベーシック509ポンド(約48万円)、850スーパーデラックス555ポンド(約52万円)、1000スーパーデラックス579ポンド(約55万円)であった。

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1967年10月に登場したモーリスMINI・クーパーMkⅡ(998cc、55ps)とMINI・クーパー'S' MkⅡ(1275cc、76ps)。フロントグリルが変更され、オースチンとモーリスが同じ横棒7本のものを共用した。リヤウインドーとテールランプが若干大きくなっている。もはやオースチンとモーリスの違いはエンブレムのみとなった。価格はクーパー631ポンド(約59万円)、クーパー'S' 849ポンド(約80万円)。MINI・クーパーは1969年11月に生産終了している。

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1970年3月に発売されたMINI・クーパー'S' MkⅢ。もはやオースチン、モーリスの名前は外された。フロントグリルを含め、開発コードADO20として大幅な改良を受けたMINI・サルーンに準じた仕様となったが、クーパー'S'には最後までハイドロラスティック・サスが装備されていた。ただし、生産終了後BLのスペシャル・チューニング部門で組み立てられた個体にはラバーコーン仕様が存在する。価格は942ポンド(約81万円)。MINI・クーパー'S'は1971年6月に生産終了している。

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1969年10月、MINI・クーパーMkⅡの後継として登場したMINIクラブマンをベースとしたMINI 1275GT。1275cc、60ps+4速MTを積み、ハイドロラスティック・サスと前輪にはサーボ付のディスクブレーキが装備されていた。ドライバー正面に配置された3連のメーターナセルにはMINI初となるエンジン回転計が付いた。価格は834ポンド(約72万円)。

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1969年10月に戦列に加わったMINIクラブマンとエステート。MINI 850/1000との違いはフロント部分のデザイン、3スポークのステアリングホイールとドライバー正面に2連のメーターナセルを持ち、ホイールベースは同じだが全長は111mm延長されて3165mmとなっている。998cc、38ps+4速MTを積み、4速ATはオプション。エステートにはウッディ版は廃止され、木目調にビニールコートされたトリムが付けられた。価格はサルーン720ポンド(約62万円)、エステート763ポンド(約66万円)。

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1984年7月に発売されたMINI誕生25周年記念モデル、MINI 25。998cc、40ps+4速MTのメイフェアをベースにグレードアップされたモデルで、3連メーターに3スポークの専用革巻きステアリングホイール、ベルベットに赤いスティッチの専用シート、フロント・ディスクブレーキ、145-70SR 12インチタイヤなど豪華な装備が施されていた。限定販売台数は英国内向け3500台、輸出向け1500台の合計5000台であった。価格は3865ポンド(約124万円)。

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1989年6月に発売されたMINI生誕30周年記念特別仕様車MINIサーティ。999cc、42psエンジン+4速MTまたは、特別仕様車で初めて4速ATも設定された。ベース車両はメイフェアで、クロームメッキのフロントグリル、バンパー、ドアハンドルを装備する。車体色は赤と黒が設定され、車体色と同じホイールアーチ・スパッツ、ドアミラー、シルフィニッシャーが付き、8スポークの専用アルミホイールを履く。内装は本革とファブリックのシート、3連メーター、赤い革巻きの専用ステアリングホイール、チェリーレッドのカットパイル・カーペットなどでシックさと気品を演出している。価格はMT車179万円、AT車195万円であった。
 1989年8月27日、日曜日、英国のシルバーストーン・サーキットで開催された、MINI生誕30周年記念イベントに集まったMINI、MINI、MINI・・・! 世界中から2万6000台のMINIと12万人のファンがやってきたという。サーキットをめざすMINIで16kmの大渋滞が発生。5061台が参加して空前の大パレードが行なわれた。

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1971年にクーパー'S'の生産を終了したが、1990年7月、19年ぶりにMINI・クーパーが復活した。このモデルは9月の量産開始前に英国向け1000台、日本向けに650台限定生産されたもので、仕様のベースはMINIサーティだが、エンジンはMGメトロ用1275cc、61psにスケールアップしている。クロームグリル、8スポーク・アルミホイール、白のボンネット・ストライプにはジョン・クーパーのサインが入り、ボディーと同色のドアミラーとホイールアーチ、ガラスサンルーフ、黒のレザートリム、赤のカーペット、赤の革巻きステアリングホイール、ドライビングランプなどを標準装備した豪華なもの。車体色はブリティッシュ・レーシンググリーン、赤、黒の3色が設定され、いずれもルーフは白であった。価格は6995ポンド(約189万円)であった。

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「ミニの中のスポーツバージョン。あの栄光を載せて、ミニクーパー復活。」のコピーと共に、1990年9月から19年ぶりに量産開始されたMINI・クーパー1.3。1271cc、61psエンジン+4速MTを積む。ボンネットのストライプ、フォグランプはオプション。価格は194万円であった。大勢の視線を浴びているのは1966年1月、モンテカルロラリーで総合2位に入りながら、釈然としない理由で失格となったR. アルトーネン/A. アンブロズのMINI・クーパー'S'。

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1992年のバーミンガム・モーターショーで発表され、1993年7月発売されたMINIカブリオレ。ロングブリッジ工場で造られたもっとも高価なMINIで、1275cc、63ps+4速MTを積む。ウォールナット合板が貼られ、グローブボックス、アナログ時計などを備えたフェイシアが採用された。塗色はレッドのほかにブルーの車体にグレーのソフトトップが用意されていた。価格は1万1995ポンド(約194万円)。

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1996年5月に発表され、6月発売されたMINI・クーパー生誕35周年記念特別限定車MINI・クーパー35thアニバーサリー。MINI・クーパーをベースに伝統色であるアーモンドグリーン+ホワイトルーフの車体にポーシェレイン(磁器の意)グリーンの本革シートと内装でまとめ、スポーティでノスタルジックなイメージを強調したモデルであった。赤の車体に黒の内装仕様も選択可能であった。

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MINIの誕生40周年を記念して1999年4月に英国で250台が限定発売され、日本では6月に800台限定発売されたMINI 40thアニバーサリー・リミテッド。上質なエナメル製「40thアニバーサリー」オーナメント、専用デカール、トランクリッドにはクローム製「GB」バッジが付き、ツインフォグランプ、8スポーク・アルミホイール、ボディー同色のオーバーフェンダーなどを装備する。内装は外装色にマッチしたレッドあるいはブルーでコーディネートされた本革素材をシート、ステアリングホイール、フェイシアトップなどに採用し、フェイシアにはこのモデルの最大の特徴である、ベルラージュ仕上げによる、うろこ状の磨き模様の入ったポリッシュド・アルミパネルが貼られている。英国仕様車のタイヤは13inであったが、日本仕様には145/70SR 12が装着された。外装色はレッド(パールセント)のほかソリッドのブルーとホワイトの3色から選べた。価格はMT車229万円、AT車239万円。8月21、22日には英国シルバーストーン・サーキットでMINI 40thバースデイ・イベントが盛大に開催されている。

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1999年9月に1000台が限定発売されたMINI誕生40周年記念の特別限定車MINI・クーパー40thアニバーサリー・リミテッド。6月に発売されたMINI 40thアニバーサリー・リミテッドとほぼ同じ装備だが、175/50VR13タイヤと13inワイドアルミホイールおよびワイドオーバーフェンダーを採用し、KONI製強化型ダンパー、大型クローム・テールパイプ・フィニッシャーを備える。外装色はソリッドのレッドとグリーンの2色でルーフはホワイト。内装はベルラージュ仕上げによるポリッシュド・アルミパネルが貼られ、黒の本革素材でコーディネートされている。同名の英国仕様車は無いが、このモデルが英国のMINI 40に近いスペックであった。価格はMT車239万円、AT車249万円。

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2000年4月、MINIクラシック・レンジとして発売されたファイナルバージョンで、右上はクラシック・セブン、下段は左からクラシック・キングスブリッジ、クラシック・クーパー、そしてクラシック・クーパー・スポーツ。全車1273cc、63psエンジン+4速MTを積み、セブンとクーパーは145/70R12、キングスブリッジとクーパー・スポーツには175/50R13タイヤが装着されていた。

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Classic MINIの生産終了後、オリジナル・プレスダイ、アッセンブリージグ、スペックを使用して、ボディーシェル(ホワイトボディー)がブリティッシュモーター ヘリティッジ リミテッド(British Motor Heritage Ltd.)によって製造・販売されていた。

●イノチェンティMINI
 MINIの生産は英国だけではなく、多くの英連邦諸国において英国製のキットを組み立てるCKD(Complete Knock-down)が行なわれたし、オーストラリア、スペイン、ベルギー、南アフリカなどでは生産ラインを持ち、部品の現地生産なども行われていた。その中で、イタリアのイノチェンティ社(Innocenti Societa Generale per l'Industria Metallurgica e Meccanica SpA)が生産したMINIについて紹介する。

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上段は、1966年に発売されたイノチェンティ・MINI t。MINIエステートに相当するモデルで、848cc、48psエンジン+4速MTを積む。フェイシアには英国製クーパーと同じ3連メーターの楕円ナセルが付き、既にリモートコントロール式ギアシフトレバーとタイヤは145×10inラジアルを採用していた。
下段は、1968年に発売されたイノチェンティ・MINI・クーパーMk2。998cc、56psエンジン+4速MTを積み、最高速度145km/hは英国製と同じ。ハイドロラスティック・サスを備え、フロントグリルは英国製 MINI MkⅡと同じものとなった。フェイシアには独自の5連メーターを配し、英国製には無かったタコメーターも既に装備していた。

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1974年に発売されたイノチェンティ・MINI 90と120。MINIのプラットフォームにベルトーネのデザインによる3ドア・ハッチバックボディーを載せたモデルで、サスペンションはラバーコーン式を、エンジンもMINIのAシリーズを踏襲している。ただし、ラジエーターはサイドではなく前方に設置された。全長3120mm、全幅1500mm、全高1380mmとコンパクトに効率よくまとめられており、世界で最も偉大な3mで、3ドア、5人乗り、荷室容積約1000ℓ、燃費6.6ℓ/100kmだと訴求している。

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1985年3月、Garage伊太利屋から発行されたLPレコードを模したイノチェンティ・デトマソ・ターボのカタログ。エンジンはダイハツのヨーロッパ仕様E-JNB55型993cc、3気筒ターボ72ps/6200rpm、10.8kg-m/3200rpmを積み、5速MTが付く。サイズは全長3135mm、全幅1530mm、全高1350mm、ホイールベース2045mm、車両重量700kg。価格は225万円で、オプションでクーラー22.5万円、カセット付AM・FMラジオ9万円が用意されていた。

 Classic MINIは41年間造り続けて2000年10月に生産を終えたが、1994年にローバーグループを買収したBMWは、MINIの持つブランド価値を認め、まったく新しいBMW MINIの開発を決定する。BMW MINIについては別の機会に紹介したい。

 今回紹介したClassic MINIは、主に2012年に三樹書房から上梓された拙著「MINI 1959-2000:世界標準となった英国の小型車」から抜粋・引用したものである。

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第56回 AC & Shelby AC Cobra - 1

第55回 ナッシュヒーレー&ハドソンイタリア

第54回 東京オートサロン2017

第53回 リンカーン コンチネンタル

第52回 2016トヨタ博物館 クラシックカー・フェスティバル in 神宮外苑

第51回 クライスラー300 レターシリーズ – その2

第50回 Automobile Council 2016 – そのⅡ

第49回 Automobile Council 2016

第48回 クライスラー300 レターシリーズ – Ⅰ

第47回 フォードランチェロ

第46回 1954年カイザー・ダーリン161

第45回 1950年代ポンティアックのドリームカー

第44回 1950年代オールズモビルのドリームカー

第43回 1950年代ビュイックのドリームカー

第42回 1950年代キャディラックのドリームカー

第41回 クラシックカー・フェスティバル

第40回 アメリカの初期SUV/MPV

第39回 メトロポリタン

第38回 フォード サンダーバード

第37回 シボレーコルベット(第1世代 – 2/2)

第36回 シボレーコルベット(第1世代 – 1/2)

第35回 1950年代のアメリカンドリームカー(4)

第34回 1950年代のアメリカンドリームカー(3)

第33回 1950年代のアメリカンドリームカー(2)

第32回 1950年代のアメリカンドリームカー(1)

第31回 1940年代のアメリカンドリームカー

第30回 戦後のアメリカ車 - 11 :1940年代の新型車(フォード)

第29回 戦後のアメリカ車 - 10 :1940年代の新型車(GM)

第28回 戦後のアメリカ車 - 9 :1940年代の新型車(パッカード)

第27回 戦後のアメリカ車 - 8 :1940年代の新型車(タッカー)

第26回 戦後のアメリカ車 - 7 :1940年代の新型車(ナッシュ)

第25回 戦後のアメリカ車 - 7 :1940年代の新型車(ハドソン)

第24回 戦後のアメリカ車 - 6 :1940年代の新型車(クライスラー・タウン&カントリー)

第23回 戦後のアメリカ車 - 5 :1940年代の新型車(クロスレイ)

第22回 戦後のアメリカ車 - 4 :1940年代の新型車(カイザー/フレーザー)

第21回 戦後のアメリカ車 - 3 :1940年代の新型車(スチュードベーカー)

第20回 戦後のアメリカ車 - 2 :1940年代の新型車(ウイリス/ジープ)

第19回 戦後のアメリカ車 - 1 :1946年型の登場(乗用車の生産再開)

第18回 アメリカ車 :序章(6)1929~1937年コード・フロントドライブ

第17回 アメリカ車 :序章(5)1934~37年クライスラー・エアフロー

第16回 アメリカ車:序章(4)1924~1929年

第15回 アメリカ車 :序章(3)1917~1923年

第14回 アメリカ車 :序章(2)フォード モデルT(1908年~1927年)

第13回 アメリカ車 :序章(1) 登場~1919年

第12回 AF+VKの世界:1959~1971年型ポンティアックのカタログ

第11回 コペンの屋根:リトラクタブルハードトップ

第10回 スクリーンで演技するクルマたち

第9回 シトロエンDSのこと

第8回 よみがえった『力道山のロールスロイス』

第7回 メルセデス・ベンツ300SL - SLクラスの60周年を祝して

第6回 近代的国産乗用車のタネ:外車のKD生産(その2)

第5回 近代的国産乗用車のタネ:外車のKD生産(その1)

第4回 短命だった1942年型アメリカ車のカタログ

第3回 「ラビット」から「スバル」へ - スバル最初の軽乗用車と小型乗用車

第2回 「キ77」と電気自動車「たま」。そして「日産リーフ」

第1回 自動車カタログ収集ことはじめ

執筆者プロフィール

1937年(昭和12年)東京生まれ。1956年に富士精密機械工業入社、開発業務に従事。1967年、合併した日産自動車の実験部に移籍。1970年にATテストでデトロイト~西海岸をクルマで1往復約1万キロを走破し、往路はシカゴ~サンタモニカまで当時は現役だった「ルート66」3800㎞を走破。1972年に海外サービス部に移り、海外代理店のマネージメント指導やノックダウン車両のチューニングに携わる。1986年~97年の間、カルソニック(現カルソニック・カンセイ)の海外事業部に移籍、うち3年間シンガポールに駐在。現在はRJC(日本自動車研究者ジャーナリスト会議)および米国SAH(The Society of Automotive Historians, Inc.)のメンバー。1954年から世界の自動車カタログの蒐集を始め、日本屈指のコレクターとして名を馳せる。著書に『プリンス 日本の自動車史に偉大な足跡を残したメーカー』『三菱自動車 航空技術者たちが基礎を築いたメーカー』『ロータリーエンジン車 マツダを中心としたロータリーエンジン搭載モデルの系譜』(いずれも三樹書房)。そのほか、「モーターファン別冊すべてシリーズ」(三栄書房)などに多数寄稿。

関連書籍
ロータリーエンジン車 マツダを中心としたロータリーエンジン搭載モデルの系譜
三菱自動車 航空技術者たちが基礎を築いたメーカー
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