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第99回 東京モーターショーの再興を願う
2019.1.29

東京モーターショーは1954年に日比谷公園で開始されたのが第1回だ。私は当時中学生だったが、父の影響をうけて子供の頃からクルマ好きだったため開催期間中毎日見に行ったことが今でも忘れられない。その後モータリゼーションの浸透とともに東京モーターショーは年々発展、開催期間の長短はあるものの1954年は54万人だった来場者は、1964年には100万人、1991年には200万人を突破した。しかしその後は徐々に減少、前回(2017年)は77万人となった。去る1月11日から幕張メッセで行われた「オートサロン」は3日間で33万人を超えたことは評価したいが、第46回となる今年の東京モーターショーを起点に是非とも東京モーターショーの再興を期待したい。

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東京モーターショーの原点
1954年以前にも業界紙主催のモーターショーらしきものは行われていたようだが、「国産車のPR」にはほど遠かったようで、当時日産の宣伝部門責任者だった片山豊さんを中心とした自動車メーカーの宣伝責任者のグループ「六日会」が本格的な自動車ショーの開催を提唱、片山さんの想いは「自動車業界全体の興隆とパブリックリレーションズ」にあったという。その後長年使用されたシンボルマークは片山さんが提案し、画家の板持龍典さんが図案化されたものとのこと。

東京モーターショーの推移
1954年から1957年まで日比谷で開かれた東京モーターショーは、1958年は後楽園、その後1987年までは晴海、1989年からは幕張、2011年以降は東京ビッグサイトで開催され、1973年までは毎年、それ以降は2年ごとに行われてきた。開催期間は年により異なるが、最大17日、最小10日で、2011年以降は10日前後となっている。入場者数は50万人~100万人が15回、100万人~150万人が18回、150万人以上が9回だが、最近の5回の平均値は開催期間の短さもあるが78万人と低迷している。

海外のモーターショーも低迷
低迷しているのは東京モーターショーだけではないようだ。アメリカのデトロイトといえばまさに米国自動車産業の本拠地だが、そこで毎年1月に開催されてきたデトロイトショーが低迷、今年はトヨタの豊田章男社長が17年間生産をストップしていた「スープラ」の新型に乗って登場、スープラの世界初デビューとなったが、欧州の主要高級車ブランドは出展すらしなかった。トランプ大統領の貿易戦略も影響しているようだし、ラスベガスでその1週間前に開かれるコンシューマーエレクトロニクスショー(CES)などに押されているとのこと。CESショーには4,500社からの出展があったと聞く。これらもふまえて、デトロイトショーは次回から開催時期を6月に移動、テストドライブなどの室外イベントも組み合わせて行うことになるようだ。CASE(コネクテッド、オトーノマス、シェアード、エレクトリック)は色々な意味で今後の自動車産業を大きく変換してゆく要素であることは間違いないが、世界企業の純利益はデジタル化の集中によりすでに4割をアメリカの企業が獲得しているとのこと、日本企業の成長が足踏みしていることは間違いなく、中でも今後の日本の自動車産業の行方は非常に心配だ。

以下の写真はいずれも今年のオートサロンの風景
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この写真はオートサロンのプログラムの一環としてイベントホールで行われるようになったオークションだが、なかなか興味深いものだった。

2019年のオートサロン来場者は過去最高を記録したが
そのような中で今年のオートサロンは3日間で33万人が来場、過去最高を記録したことはそれなりに評価したい。これらの一連の写真は今年のオートサロンのもので、東京モーターショーやデトロイトショーとは性格も目的も異なるものであることは言うまでもなく、華やかなコンパニオンの存在が小さくないこと、海外からの来訪者が非常に多くなったことも否めないが、家族づれも多く、クルマの楽しさを再発見したいと思う人たちには東京モーターショーよりも価値があるといえるのかもしれない。

今回のオートサロンではトヨタが「トヨタ自動車」を表に出さず、デトロイトショーでワールドデビューさせた「スープラ」のカモフラージュ車や「マークX GRN」などを展示、さらにダイハツコペンをベースにした「コペンGRスポーツコンセプト」を初披露するなど「Gazoo Racing」としてアピールしたのが興味深かった。スープラのデザインには賛否両論ありそうだし、決して安くはない価格で果たしてどの程度の市場の活性化が期待できるのかは分からないが、コペンベースの軽スポーツのGR版にはかなりの関心が集まるのではないだろうか?

オートサロンにおけるマツダにも一言触れておきたい。今回マツダが11月のロサンゼルスショーでワールドデビューを果たしたアクセラの国内デビューの場にオートサロンを選んだことは評価したいし、新型アクセラのデザインはなかなかのものだと思うが、オートサロンの来場者の多くは「なぜ今セダンとハッチバックなの?」という疑問を持たれたのではないだろうか。近年日本でもアメリカでもアクセラの販売台数が低迷してきた主因は、その古典的なボディータイプにあったと思う。是非とも早急にアクセラのプラットフォームを活用して競合車を圧するデザインのアクティブなクロスオーバーの投入を期待したいのは私だけではないだろう。

東京モーターショーを一から見直そう
ところで東京モーターショーを再興するには何が必要なのだろうか? デトロイトショーでフォードのビル・フォード会長が語った『我々の使命が世界中の人々の生活を進化させることにあるとするならば、すでにそれは達成しているので、次なる使命は将来におけるモビリティーのあり方をいかに改革するかにある』という一言は、まさに自動車産業が大きな転換期にさしかかっていることを如実に語っており、このような環境下で日本の自動車産業をどのような方向に育成してゆくかも含めて、もう一度原点に返ってモーターショーの在り方を考えるべき時にさしかかっていると言えるだろう。

日本自動車工業会(自工会)がどのような組織で、どのような活動をするところかはよく知らないが、東京モーターショーは自工会が主催者なので、各社トップの情熱とリーダーシップを結集して、さらには輸入車協会に積極的に参画していただき「東京モーターショーの再興」、ひいては人々のクルマ離れにいかにして対応すべきかを真剣に検討することが急務だと思う。

このコラムをお読みいただいている方で2018年10月6日から8日までお台場で開かれたモーターフェスに行かれた方はどのぐらいあるだろうか?モーターフェスも自工会が主催して東京モーターショーの開かれない年に行っているものだが、代理店におまかせしたとしか思えず、全く心をとらえるイベントではなく正直言って非常に失望したのは私だけではないはずだ。

片山光夫さんのモーターショーにかける想い
以下は、片山豊さんの御子息で、現在多摩川スピードウェイの会の会長、日本自動車殿堂の支援などされており、私も近年頻度高く交流させていただいている片山光夫さんの東京モーターショーの思い出と、今後のモーターショーへの想いを書いていただいたものだ。

『モーターショウは私の幼少の頃の思い出と深く繋がっている。私が8歳のころ父に上野公園に連れてゆかれ、そこで初めて自動車ショウなるものを見た。当時の自動車メーカーの宣伝担当者たちが全日本自動車ショウ第一回開催の前年に、その予行として上野公園でいわゆるゼロ回目のショウを敢行したのである。上野には西郷さんの銅像があり、動物園があり、私にとっては遊びに行ったような記憶しかない。そして1954年には第一回の全日本自動車ショウが日比谷公園で開かれた。日比谷公園のレイアウトデザインは、丹下健三門下の小槻貫一氏が担当された。小槻氏は小柄で折り目正しい紳士で、何度も父と計画を練って議論していたことが記憶に残っている。

当時の日本は戦争からの復興が最大の関心事で、自動車の普及がこれに上手く同期することで大きな市場拡大が見込まれ、実際にその通りとなったことは歴史が示している。しかし大きな経済成長が期待できなくなったいま、モーターショーの存在意義が改めて議論されるべき時期に来ていると感じる。その大きな要因は電気自動車とそのインフラの発達である。これまで、走る個室という趣味性の高かった自動車が、開かれた社会インフラのネットワークに包含されることを余儀なくされつつある今、ネットワーク化された移動手段の一つとして自動車を捉えれば、今後のモーターショーは、過去の個室の壁を取り払い、もっと広くすべての陸上トランスポーテーションシステムを包含したショウに変容することも可能なのではないか。』

本稿を締めくくるにあたって
片山光夫さんのコメントには全く同感で、東京モーターショーの存在意義を原点に返って見直すことが必須だと思う。大切なことは自工会のメンバーたる各社のトップマネージメントが危機感を共有し、代理店依存主義ではなく各社が強力なスタッフを選出して徹底的な議論を重ねることではないだろうか。片山豊さんがリーダーシップを発揮して東京モーターショーを立ち上げた「六日会」の再興も是非期待したい。

「ワールドプレミアを大幅に拡大する」、「輸入車の出展料を安くする」、「輸入車の場合販売店の参画を認める」、「大学生以下の入場を無料とする」など、観客増に対するささやかなアイディアも付け加えて本稿を締めくくりたい。

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執筆者プロフィール

1941年(昭和16年)東京生まれ。東洋工業(現マツダ)入社後、8年間ロータリーエンジンの開発に携わる。1970年代は米国に駐在し、輸出を開始したロータリー車の技術課題の解決にあたる。帰国後は海外広報、RX-7担当主査として2代目RX-7の育成と3代目の開発を担当する傍らモータースポーツ業務を兼務し、1991年のルマン優勝を達成。その後、広報、デザイン部門統括を経て、北米マツダ デザイン・商品開発担当副社長を務める。退職後はモータージャーナリストに。共著に『マツダRX-7』『車評50』『車評 軽自動車編』、編者として『マツダ/ユーノスロードスター』、『ポルシェ911 空冷ナローボディーの時代 1963-1973』(いずれも三樹書房)では翻訳と監修を担当。そのほか寄稿多数。また2008年より三樹書房ホームページ上で「車評オンライン」を執筆。

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