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第92回 おめでとうトヨタさん! & RINKU 7 DAYレポート
2018.6.27

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トヨタがワン・ツウフィニッシュを果たした瞬間

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お台場のヒストリーガレージに展示されていたトヨタのル・マン挑戦の歴史。ただし2018年の参戦車両には手書きでもいいので、「日本車&日本人による初制覇」の表示はほしい。

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同じくヒストリーガレージに展示されていたル・マン参戦車両、今年の参戦車両はない。

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メガウェブの1階に展示されていた8号車だが、せめて「ル・マン優勝車と同型のハイブリッド車」などの表示はほしいところだ。

おめでとうトヨタさん!
今回の車評オンラインはまずトヨタが2018年ル・マン24時間レースで日本車&日本人による初めての勝利を手中に収めたことを心から祝福したい。1923年に始まったル・マン24時間レースはチェッカーフラグを受ける最後の瞬間まで何が起こるかが分からないレースであり、それだけに非常に難しくまたロマンあふれるレースだ。

トヨタのル・マン挑戦は1985年までさかのぼるが、1987年までは量産ベースの2L 4気筒ターボエンジンでのチャレンジ、1988年からはV8 3.2Lターボとなり、1990年はグループC用に開発したV8ターボエンジンを搭載、1992年には新グループCの規格に合わせて自然吸気V10エンジンを開発1994年まで参戦、1995、1996年はグループCからGTへの車両規格の変更に伴いスープラで参戦、1998年からはGT規格に則って以前のCカー用V8ターボを改良、1999年は日本人トリオで総合2位を獲得するがル・マン挑戦はそこで中断、2012年からハイブリッドレースカーで挑戦を再開という実に多岐にわたるものだ。2013年は総合2位、2016年はゴール3分前まで首位を保つがそこでエンジンがストップし勝利を逃す。そして今年がトヨタとして20回目の挑戦となった。ポルシェが身を引いたためLMP1カテゴリーのワークスチームはトヨタのみとなったが、日本車&日本人による初めての勝利とワン・ツウフィニッシュを手中に収めたことは称賛に値するもので、マツダの1991年以来27年ぶりの快挙となった。「おめでとうトヨタさん!」 

豊田章男社長の優勝時のコメントを私流にまとめてみると以下のようなものになった。「思いっきり走ってくれてありがとう。ただひたすらライバル達の背中をみて、それより速く走るクルマを作れば勝てるだろうと新しい技術に挑み続けてきたが19回繰り返しても勝てなかった。「クルマを速くするだけではル・マンには勝てない。我々は強いチームにはなれていない!」とチームを叱咤した。チームはゼロからのやり直しとなり、たどり着いたのが、トヨタが大切にし続けてきた「改善」という考え方だった。「改善」に終わりはなく、これはまた次の戦いの始まりであり、明日から次の夢の実現に向けまた一緒に戦ってゆきたい。この瞬間を諦めずにずっと待ち続けて下さったファンの皆様と今日は心からの笑顔で一日を過ごしたい。」

今回のル・マン勝利に関連して、サッカーのワールドカップと比較すべくもないが、テレビ、新聞を含むメディアの関心の低さと報道量の少なさはあまりにも残念だ。トヨタ自身の情報発信も決して十分とは言えない。ちなみにお台場のメガウェブで「トヨタ ル・マン24h挑戦の軌跡」という展示が6月14日から9月30日まで行われていることを知り期待をもって見にいってみたが、トヨタが運営しているヒストリーガレージに1990、1992、1995、1998、2013年のレースカーが展示されているが、今回の勝利に関する情報開示は非常に少なく、メガウェブの1階に展示されていた8号車をみて「優勝車ですか?」と聞いたところ、説明員が「優勝車はまだ日本に帰ってきていません。」と答えるのみで、「ル・マン優勝車と同型のハイブリッド車」などという掲示もなく、総じて今回の戦果に対するトヨタ自身の喜びがあまり感じられないのが大変残念だった。その気になれば情報発信はまだまだできるはずだ。またル・マンカーをベースとしたGRスーパースポーツコンセプトを市販する計画があるようだが1億円前後の価格が予測されており、広範囲なプレス向けの試乗会などは行えないモデルとなることは間違いなく、果たしてクルマ文化拡大への情報発信と貢献はどの程度期待できるのか?マークを付けざるを得ない。

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RINKU 7 DAY
大阪のりんくう公園で行われてきたRX-7ファンの集い、「りんくう7 DAY」に関しては第61回でご報告しているが、今回から開催場所が兵庫県の「セントラルサーキット」に変わり6月9日に開催された。全国から参加されるRE & RX-7を愛するオーナーの方々、情熱と努力によりイベント運営にたずさわるボランティアの皆さん、イベントの開催に向けて大きな支援をされているRX-7用CPUを本業とする中村屋の中村英孝社長、767Bを持参しデモ走行も実施されたガレージスターフィールドの星野仙治社長、アメリカで永年セブンストックを運営されてきたバーニー・へレラさんたち、その他多くの方々のRE、RX-7にかけた愛情に再び接することができたのは非常にうれしかった。また好天という幸せも後押しをしてくれた。

今回は1960年代からマツダモータースポーツ活動の立ち上げに貢献されたマツダOB山本紘さんをスペシャルゲストにむかえ、限られた時間ではあったがトークショーを開催することができた。日本各地でRX-7に関わる集いは行われているが、RINKU 7 DAYの特色は合法車両でなくては参加できないことにあり、今年は170台が全国から参集、サーキットという環境のもとル・マンカーのデモ走行、希望者のコース走行、マツダからパーツフェニックス計画(旧車のパーツ再生計画)に従事されている方達の参加などこれまでとは異なるイベントとなった。アメリカのゲストからは、「もっと改造幅の大きいモデルも受け入れてはどうか」というコメントもあったが、日本の場合はやはり合法車に限定する意義は大きく、私自身はもとよりマツダの関係者も違法改造車が多く集まる集会には出席が難しいことは皆様にはご理解いただけるものと思う。
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全国から参加されたRX-7
これらの写真は全国から参加されたRX-7群で、駐車場にカラー別に並べられた姿は実に壮観だった。これまでとは異なり走行することができるのも魅力で、サーキットでの開催の意義は大きく、今後もこのような形式で開催されることを希望される参加者が多いのではないだろうか。ちなみに最新号のマツダ社内誌「MY MAZDA」の記事によると、"大好きな歴代マツダ車"を社内外の方々にアンケートした結果、1位が三代目RX-7、2位ユーノスロードスター、3位2代目RX-7、4位初代RX-7、5位コスモスポーツと圧倒的にロータリーエンジン車の人気が高いことが分かり非常にうれしかった。

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767Bとコスモスポーツ
ガレージスターフィールドの星野さんの767Bに関してはご存知の方も多いと思うが、1989年のル・マンを7位で完走したクルマで、マツダスピードが手放したため、色々な経緯を経て星野さんの個人所有となったものだ。2015年イギリスのグッドウッドモータースポーツフェスティバルのヒルクライムで大破、ドライバーの星野さんは無事だったがクルマの補修が不安視される中で中村さんをはじめ「チーム767B」の方々の善意と協力で完全に復旧し、その後オーストラリアを含むいろいろなイベントで活躍、今回はデモ走行で素晴らしい排気音を聞かせてもらうことができた。今年後半にはニュージーランドにも行く予定という。767Bの復旧や各種イベントへの参画にメーカーからの支援があったわけではなく、あくまでも星野さんも含めて熱い思いをもった有志達によるものだ。今回はこの767Bに加えて1968年ニュルブルクリンク84時間レースに挑戦したコスモスポーツのレプリカを井出満さんが、ノーマルコスモスポーツを内山英明さんが持参され、デモ走行も行っていただけたこともイベントに華を添えるものとなった。

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アメリカからの3人
アメリカのセブンストックというミーティングは、第3回までは南カリフォルニアのRX-7ファンの集いで、せいぜい40~50台程度のミーティングだったが、主催者の強い希望を受けいれて、私の古巣、北米マツダの研究開発部門とサービス部門の駐車場を開催すべく私も協力し、土曜日に駐車場をすべて開放、周辺の複数の会社にも来場者の駐車のためにスペースを提供してもらい、第4回から第8回までは毎年500台から600台のロータリーエンジン車と、5000人前後の人たちが全米から集まってくれた。第9回から第13回までは北米マツダの本社駐車場に会場を変更、第4回から第12回までは私も欠かさず出席した。第14回からは会場を走行も可能なフォンタナスピードウェイに変更し今年が第21回目だ。それを当初からオーガナイズされてきたバーニー・へレラさんを含む3名が今年も昨年に続き来日されたが、このような海をまたいだ交流も非常にうれしい。

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ステージ上のマツダOB(右からFD RX-7の内装デザインを担当した安並徹さん、貴島孝雄さん、山本紘さん、小生)

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山本さん、松田さんによる「マツダの欧州レース史(仮題)」に関するトークショー、右端は三樹書房の小林謙一社長

山本紘さん
そして今回ゲストとしてお迎えしたのが1960年代からマツダのモータースポーツ活動の立ち上げに注力された山本紘さんだ。山本さんは1962年に入社され、実験研究部第3研究課に配属され念願の内燃機関燃焼研究担当に就かれるが、1963年の日本グランプリ以降レース対応に専念(後年はユーノスコスモの主査や、商品本部副本部長も歴任されるが)1968年のコスモスポーツによるニュルブルクリンク84時間レース、1969のファミリアロータリークーペによるスパフランコルシャン24時間レースとニュルブルクリンク84時間レース、1970年のファミリアロータリークーペによるスパフランコルシャン24時間レースなどでのキーパーソンとして活躍されたマツダのモータースポーツレジェンドだ。当時の貴重な資料をお持ちのため三樹書房・グランプリ出版と話し合い、書籍として年内を目標に出版することが決定した。元コスモスポーツカークラブ会長の松田信也さんにご執筆いただけることになったので今回はお二人にトークショーという形でお話をいただいた。以下は松田信也さんに本書出版にあたっての想いをまとめていただいたものだ。

「マツダの欧州レース史(仮題)」について
『現在制作中のこの本は、山本さんが保存されてきた1968年から1970年にかけてマツダがヨーロッパでの耐久ツーングカーレースに挑戦した時の当事者ならではの資料をもとに纏めるもので、この資料は当時のマツダのワークスレース活動を知ることのできる貴重なものです。レースの経過や結果などは現在でも雑誌などから知ることは可能ですが、レースに出場するまでの過程、実験、シミュレーション、レースの経過、ライバルの動きやピットでの対応などはこの資料から初めて伺い知ることができました。

マツダがヨーロッパの耐久レースを選択した背景には、生まれて間もないロータリーエンジンの信頼性と耐久性を一般大衆の面前でアピールすることにありました。そのためレース関係者が背負う命題は、優勝もしくは上位でのフィニッシュであり、エンジントラブルはもちろんのこと、いかなるリタイヤも許されないものでした。それは、単なるレース活動ではなく、退路を断っての取り組みだったことを知ることができます。一例をあげると、68年のニュルブルクリンク84時間レースでは出場車輛(コスモスポーツ)は空輸をしていますが(69年以降は船便)、直前まで広島で模擬テスト走行を繰り返して問題抽出を行い、完走できる確証が得られない場合には出場を見送ることも選択肢に入れていたことが資料から分かります。また、今と違って通信手段が限られていた時代ですが、「レース速報」として広島本社にテレックスを入れ、レース状況を逐一報告していた資料も残っています。またこのレポートを読んでいると当時のピットの状況が手に取るようにわかり、レースの進行状況が目に浮かぶほどの臨場感あふれる内容です。

この書籍は、日本のモータリゼーションの草創期に本場ヨーロッパで初めてツーリングカーレース(耐久レース)にチャレンジした貴重な足跡を後世に残すものにしたく、彼我の差を目の当たりにしながらも「勝つ」ために何が必要かを冷静に分析、判断してヨーロッパと対等に戦ってきたマツダのワークスチームの活動の記録でもあります』

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マツダ関係者たちを交えてのパーツフェニックス関連ミーティング

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パーツフェニックス
パーツフェニックスについても一言申し添えておきたい。関西で行われてきたりんくう7 DAYが引き金となり、旧車を大切にしていただいている方々に少しでも長く、安心してお乗りいただくために最小限必要となるパーツの補給をマツダに是非協力してほしいと、約2年前に中村さん、貴島さんとマツダを訪問、関係者と意見交換をさせていただいたが、その後マツダ社内でも検討が進められてきたようで、今回のRINKU 7 DAYにはマツダから5名の関係者が来場され、進行状況、お客様の視点からの意見交換を行うことができた。今後も中村さんを中心にマツダとの情報交換と効率的なパーツフェニックス計画が前進し、ロードスターリフレッシュプログラムも含めて「日本におけるクルマ文化の定着と拡大に最も注力しているメーカーはマツダだ」と言っていただけるようになることを期待したい。

ありがとう麻生さん
最後に、今回も女性カメラマン麻生祥代さんの撮影された素晴らしいショットを多く活用させていただけたことを深く感謝したい。

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執筆者プロフィール

1941年(昭和16年)東京生まれ。東洋工業(現マツダ)入社後、8年間ロータリーエンジンの開発に携わる。1970年代は米国に駐在し、輸出を開始したロータリー車の技術課題の解決にあたる。帰国後は海外広報、RX-7担当主査として2代目RX-7の育成と3代目の開発を担当する傍らモータースポーツ業務を兼務し、1991年のルマン優勝を達成。その後、広報、デザイン部門統括を経て、北米マツダ デザイン・商品開発担当副社長を務める。退職後はモータージャーナリストに。共著に『マツダRX-7』『車評50』『車評 軽自動車編』、編者として『マツダ/ユーノスロードスター』、『ポルシェ911 空冷ナローボディーの時代 1963-1973』(いずれも三樹書房)では翻訳と監修を担当。そのほか寄稿多数。また2008年より三樹書房ホームページ上で「車評オンライン」を執筆。

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