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第61回 Automobile Council 2017
2017.8.27

 青春時代にあこがれたクルマ、幼少期に夢見たクルマが一堂に会し、わが国における自動車文化の新たな創成を図るべく企画し、8月4日(金)~6日(日)の3日間、幕張メッセにおいて開催された「Automobile Council 2017」を取材したので、ほんの一部を紹介する。この企画は昨年スタートし、今回は第2回であった。公式発表によると3日間の入場者数は2万7525人であった。

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会場で配布された「Automobile Council 2017」のマップ。

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1965年アルファロメオ・ジュリアTZ。鋼管スペースフレームのシャシーに、軽量かつエアロダイナミクスに優れたカロッツェリア・ザガートのアルミボディーを架装し、1963~67年に生産されたスポーツカー。TZはTubolare Zagatoの略。サイズはホイールベース2200mm、全長3950mm、全幅1510mm、全高1200mm。エンジンは1570cc直列4気筒DOHCツインウエーバーキャブ112(129 SAE)馬力を積み、車両重量660kg、最高速度は220km/hに達した。展示された個体はシャシーNo. 095で1965年のトリノショーに展示されたもの。1985年に発行された「Alfa-Romeo-Zagato SZ and TZ」によると、日本にはシャシーNo. 001をはじめ、コンレロ(Conrero)チューンのレーシングバージョン、GTAエンジンを積んだモデルを含めて6台が記録されている。更に、TZの鋼管スペースフレームに架装され、1966年のトリノショーに出展されたワンオフモデルの「ピニンファリナ・ジュリアスプリント・スペチアーレ」も日本に生息する。TZの生産台数は112台で、その内3台にはFRPボディーが架装された。その後、純粋なレーシングモデルのTZ 2が12台生産されている。TZ 2には165馬力にチューンアップされたエンジン、全幅1540mm、全高1060mm、車両重量620kgの幅広で低く、軽いFRPボディーが与えられ、最高速度は265km/hに達している。

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上の2点はアルファロメオ・ジュリアTZのオフィシャルフォト。この個体はシャシーNo. 002。

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上の2点は1965年10月に発行されたジュリアTZの4カ国語で印刷されたスペック表。

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アウディ ジャパンは、quattroの名声を確立した、初代Audi quattroのラリー仕様車であるAudi Sport Quattro S1をドイツから搬送展示するとともに、そのスポーツ性能の伝統を今日に継承する新型Audi RS 5 Coupe(予定価格1257万円)を日本で初公開した。Audi Sport Quattro S1は、アウディが1981年から世界ラリー選手権(WRC)に投入したAudi Rally quattroの進化系として1984年から導入した車両で、展示された個体はWRCで2度のチャンピオンになった伝説のドライバー、ヴァルター・ロールが実際に競技でドライブした車両である。手前の赤いクルマは、WRCグループBの競技車両のホモロゲーション取得のために214台が生産/販売されたAudi Sport Quattro。後方には1980年のジュネーブ・モーターショーで衝撃的なデビューを飾り「ビッグクワトロ」の愛称で親しまれているAudi quattro(展示車両は1986年モデル)が見える。

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これは、1983年のフランクフルト・モーターショーで配布されたAudi Sport Quattroのプレスキット。エンジンは、過給エンジンのレギュレーションに合わせるため、ボアを0.2mmつめて79.3mm×ストローク86.4mmの2133cc直列5気筒DOHC 20バルブ、インタークーラーターボ306馬力を積む。ホイールベースは回頭性を良くするため、Audi quattroより320mm短い2204mmで、全長4164mm、全幅1803mm、全高1345mm、車両重量1270kg、最高速度250km/h。エンジンはアルミシリンダーヘッドに加えて、シリンダーライナーを一体鋳造したアルミブロックを採用した、アウディ初のオールアルミエンジンであった。アルミブロックは鋳鉄ブロックより23kg軽量であったと記されている。ボディーのフェンダー、エンジンフード、ルーフ、リアリッドなどには樹脂とケブラー繊維の複合材などが採用されている。

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上の2点は、筆者は街で走っている姿を一度も見たことがない、めずらしいオーテックザガート「ステルビオ」。1986年9月オーテックジャパン設立以来、イタリアのカロッツェリア ザガート社と共同開発した高級グランツーリスモで、開発コンセプトは「手作りでしか表現できない個性豊かなスタイルを持った高性能・高級グランツーリスモ」であった。1989年3月に開催されたジュネーブ・モーターショーにプロトタイプが出展され、生産型は同年11月1日から予約を受け付け、12月1日発売された。
 ベース車両は2代目レパード(F31系)で、オーテックジャパンでエンジン、サスペンションなどに独自のチューニングを施したシャシーをザガート社に供給。同社でアルミとコンポジットによるボディー外装および高級皮革・木の素材の内装を施し完成車に仕上げたイタリア製輸入車であった。
 サイズは全長4370mm(レパードとの差-310mm)、全幅1800mm(+110mm)、全高1345mm(-25mm)、ホイールベース2615mm(±0)。エンジンはツインカムターボインタークーラー付きVG30DET型2960cc V型6気筒280馬力で、フルレンジ電子制御4速ATを積む。プロトタイプ3台を含めて200台分のエンジン、シャシーが手配されたが、バブルの時代とはいえ、価格1780万円では完売は不可能であったであろう。

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ステルビオの個性的なボンネットミラー。オーテックジャパンの社長であった桜井眞一郎氏のアイデアだと言われている。後にボンネットをすっきりしたドアミラータイプも製作されている。

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上の3点はオーテックザガート「ステルビオ」のカタログ。

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ザガート社が発行したAutech Zagato Stelvioのカタログ。下段写真の人物は桜井眞一郎氏と、隣は創業者ウーゴ・ザガート(Ugo Zagato)の息子でザガート社の社長であったジャンニ(Gianni)・ザガートと手前は兄のエリオ(Elio)・ザガート。

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上の3点もザガート社が発行したカタログの一部で、アイデアスケッチ、ボディー製作の様子、4面図などと、この後にはザガート社70年のショートヒストリーなどが載っていた。

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上の2点はシトロエンDS19シャプロン カブリオレとDS19シャプロン クーペ。フランスのコーチビルダー、アンリ・シャプロン(Henri Chapron)がボディー架装したモデルで1960年から1971年の間に1365台生産され、内訳はDS19が770台、DS21が483台、ID19が112台であった。その内クーペ/ハードトップはごくわずかである。ちなみに、シトロエンではカブリオレをクーペ/ハードトップも一括りで、形容詞のデカポタブル(Décapotable:〈幌が〉折り畳み式の)としている。

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サプライズ展示として、特別後援の株式会社カーグラフィックが運営するCG CLUBのブースに登場したシトロエン2CV 4×4 サハラ。1950年代に仏領北アフリカで広範な石油・鉱物探査が行われており、アルジェリアの油田開発での需要を見込んで、1958年に発表、1960年に発売、1966年に生産終了するまでに694台生産された2CVの4輪駆動モデル。現存数は非常に少なく、おそらく20数台であろう。
4輪駆動と言っても一筋縄でいかないのがシトロエン。前後に2基のフラットツインエンジンを積み、それぞれが前・後輪を駆動する。燃料タンク(15ℓ×2)は前後エンジン用が独立してフロントシート下に装着され、給油口は左右のフロントドアに付く。スペアタイヤはボンネット上に置き、リアフェンダー下部が大きくカットされている。また、クォータ―パネルには後部エンジンの空気取り入れ用ルーバーが付く。スペインの治安警察「グアルディア・シビル(Guardia Civil)」にも80台納入されている。

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上の3点は1962年4月に発行されたシトロエン2CV 4×4 サハラのカタログの一部。エンジンは425cc水平対向2気筒13.5馬力×2基。アクセルペダルは一つ。クラッチペダルも一つで油圧制御。前後の4速MTは一本のフロアシフトレバーで操作する。平たん路を走る際は専用の連結レバーによりリアのTMをニュートラルにしてFF駆動で走行可能とある。また、緊急時には短距離ならリアエンジンのみのRR駆動での走行も可能であった。サイズはホイールベース2405mm、全長3780mm、全幅1480mm、トレッドは前後とも1260mm、車両重量735kg。最高速度は100km/h。

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本田技研工業はNSXの系譜を紹介。初代NSXから最新のNSXを展示していた。

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マツダは「飽くなき挑戦の歴史 - ロータリーエンジン誕生50周年」をテーマに、コスモスポーツ発売前年の1966年に、北海道から九州までのマツダディーラーに47台の量産試作車を配車して大規模な社外委託実験を行ったが、そのうちの1台、兵庫県のディーラーに配車され、六甲や名神高速で実走テストを行った個体(上の2点)をはじめ、コスモスポーツの量産車、ファミリアプレスト ロータリークーペ、サバンナRX-7、787B型1991年ル・マン総合優勝車を展示。さらに、初代NA型ロードスターのレストアサービスについて、2017年内に受付を開始し、2018年初頭よりレストア作業を開始する予定と発表され、レストアのトライアルを行った1990年式Vスペシャルが展示されていた。

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これは、1965年10月に開催された第12回東京モーターショーで配布された資料に載ったもので、初めて「マツダコスモ」の名前と「ローター数2、単室容積500ccのエンジンです。」と公表し、既に全国各地でロードテストを実施していると記されている。

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日産自動車は1935年型ダットサン14型ロードスター、1966年初代シルビア、Vmotion 2.0コンセプトカーに加え、フルレストアを施した1960年アレマーノ製スカイラインスポーツクーペを展示していた。塗色のブルーがオリジナルより少し明るく感じたが、会場の照明による影響であろう。日本に到着時にはラジオが装着されていなかったので、リアフェンダー上のパワーアンテナは無かった。またリアコンビネーションランプのレフレクター形状が丸ではなく角型であった。参考までにカタログと日本到着当時のリアビューの写真を添付する。

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これはカタログの写真で、トランクリッド後面に「Prince」のオーナメントが追加されている。生産型のスペックは、GB4型1862cc直列 4気筒OHV 94馬力エンジン+4速MT(1速はノンシンクロ)を積み、ホイールベース2535mm、全長4650mm、全幅1695mm、トレッド前/後1338/1374mm、車両重量1350kg。最高速度は150km/h。価格はクーペ185万円、コンバーティブル195万円とセダンの2倍近い価格は受け入れられず、生産台数は60台と極めて少なかった。

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アレマーノ製スカイラインスポーツクーペの写真。アンテナが無く、コンビネーションランプのレフレクターが角型であった。

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アレマーノ製スカイラインスポーツクーペの運転席。量産型で追加されたインストゥルメントパネル中央の小型4連メーターは無い。

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アレマーノ製スカイラインスポーツコンバーティブルのリアビュー。クーペとはトランクリッドのプッシュボタン周り、リッド上の「Skyline Sport」の書体が異なる。

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2017年9月に開業10周年を迎えるホテル、ザ・ペニンシュラ東京は、記念行事として今年9回目となるクラシックカーのラリーイベント「ラリーニッポン 2017」に冠協賛することを決定。会場にすばらしい1934年ロールス・ロイス・ファントムⅡ バーカー製セダンカ・ド・ヴィルを展示した。ブライダルの送迎用に使用するとのこと。ちなみにラリーのタイトルは「THE PENINSULA TOKYO RALLY NIPPON 2017」で10月21日~24日の4日間をかけて、京都からゴールのザ・ペニンシュラ東京まで走破する。

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前回、1947年型スチュードベーカーのスターライトクーペを紹介したが、会場に1950年型が出展されていたので紹介する。若干手を加えられており、参考までに1950年型のカタログ表紙を下に載せておく。

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1950年型スチュードベーカーのカタログ表紙。太平洋戦争で活躍した双発双胴の戦闘機、ロッキードP38ライトニングをイメージしてデザインされたと言われる。砲弾に似ているので「ブリット・ノーズ(Bullet nose)」と呼ばれた。

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スバルは「事故ゼロを目指して60周年」をテーマに、1958年に発売されたスバル360の時代から始まり、ぶつからないクルマに至る総合安全への取り組みを展示していた。写真のクルマはスバル360とスバル1000.

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トヨタ自動車は「プリウス誕生20年」をテーマに、トヨタハイブリッドカー開発の原点として展示された「トヨタスポーツ800・ガスタービンハイブリッドカー」。1977年に開催された第22回東京モーターショーに出展された。

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「プリウス20年の足跡」と題する年表の前には、初代~4代目までの電池とパワーコントロールユニットが比較展示されていた。

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ボルボ・カー・ジャパンは「ボルボ90周年の歴史とワゴン・エステートの展示」をテーマに、1991年240GLワゴン、1993年960SXエステートの展示と、ボルボ創業90周年を記念する特別限定車「V90 90th Anniversary Edition」を発表した。限定車のカタログにはPV445 Duetから850に至るワゴン、エステートが並ぶ。

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主催者コーナー「AUTOMOBILE COUNCIL PLAZA」での特別展「Cinema meets car」の一部。実行委員会でクルマが印象に残る名画20作品を厳選し、映画のDVDジャケットとエッセイで紹介し、販売も行っていた。エッセイでは、作品の中でクルマがどういった位置づけにあるかに始まり、そのクルマが映画で使われるに至った背景にまで迫っている。このパネルには1964年「007 ゴールドフィンガー」のアストンマーチン DB5、1966年「男と女」のマスタングなどが紹介されている。

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主催者コーナーでのもう一つの特別展「Music meets car」の一部。クルマがデザインされた200枚を超えるLPレコードのジャケットが展示され、ミュージシャンとクルマ、音楽とクルマを語るエッセイが紹介されていた。レコードは24万枚以上のレコードコレクションを持つ金沢工業大学ポピュラーミュージックコレクションの特別展示協力を得て、音楽、映画、美術、舞台など幅広いジャンルでプロデューサーとして活躍する立川直樹氏が厳選し、エッセイの執筆も担当している。

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会場には自動車関連書籍を扱う出版社も参加して、クルマ愛好家の知的好奇心を満たす手助けをしていた。これは「M-BASE」を主宰する三樹書房のブース。

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いかにも掘り出し物がありそうな店もたくさん出展していた。

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会場風景。もう少し、若者にも手が届く、安価で魅力ある旧いクルマが増えると良いのだが。手前のCG CLUBのブースにあるシトロエン2CV 4×4 サハラには、後部にもエンジンが積まれている気配が見て取れる。

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番外編 2017トヨタ博物館クラシックカー・フェスティバルin神宮外苑

第63回 1948年型アメリカ車 – インデペンデント編

第62回 1948年型アメリカ車 – ビッグ3編

第61回 Automobile Council 2017

第60回 1947年型アメリカ車 – インデペンデント編

第59回 1947年型アメリカ車 - ビッグ3編

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第57回 AC & Shelby AC Cobra - 2

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第45回 1950年代ポンティアックのドリームカー

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第43回 1950年代ビュイックのドリームカー

第42回 1950年代キャディラックのドリームカー

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第40回 アメリカの初期SUV/MPV

第39回 メトロポリタン

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第36回 シボレーコルベット(第1世代 – 1/2)

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第30回 戦後のアメリカ車 - 11 :1940年代の新型車(フォード)

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第28回 戦後のアメリカ車 - 9 :1940年代の新型車(パッカード)

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第25回 戦後のアメリカ車 - 7 :1940年代の新型車(ハドソン)

第24回 戦後のアメリカ車 - 6 :1940年代の新型車(クライスラー・タウン&カントリー)

第23回 戦後のアメリカ車 - 5 :1940年代の新型車(クロスレイ)

第22回 戦後のアメリカ車 - 4 :1940年代の新型車(カイザー/フレーザー)

第21回 戦後のアメリカ車 - 3 :1940年代の新型車(スチュードベーカー)

第20回 戦後のアメリカ車 - 2 :1940年代の新型車(ウイリス/ジープ)

第19回 戦後のアメリカ車 - 1 :1946年型の登場(乗用車の生産再開)

第18回 アメリカ車 :序章(6)1929~1937年コード・フロントドライブ

第17回 アメリカ車 :序章(5)1934~37年クライスラー・エアフロー

第16回 アメリカ車:序章(4)1924~1929年

第15回 アメリカ車 :序章(3)1917~1923年

第14回 アメリカ車 :序章(2)フォード モデルT(1908年~1927年)

第13回 アメリカ車 :序章(1) 登場~1919年

第12回 AF+VKの世界:1959~1971年型ポンティアックのカタログ

第11回 コペンの屋根:リトラクタブルハードトップ

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第9回 シトロエンDSのこと

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第6回 近代的国産乗用車のタネ:外車のKD生産(その2)

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第2回 「キ77」と電気自動車「たま」。そして「日産リーフ」

第1回 自動車カタログ収集ことはじめ

執筆者プロフィール

1937年(昭和12年)東京生まれ。1956年に富士精密機械工業入社、開発業務に従事。1967年、合併した日産自動車の実験部に移籍。1970年にATテストでデトロイト~西海岸をクルマで1往復約1万キロを走破し、往路はシカゴ~サンタモニカまで当時は現役だった「ルート66」3800㎞を走破。1972年に海外サービス部に移り、海外代理店のマネージメント指導やノックダウン車両のチューニングに携わる。1986年~97年の間、カルソニック(現カルソニック・カンセイ)の海外事業部に移籍、うち3年間シンガポールに駐在。現在はRJC(日本自動車研究者ジャーナリスト会議)および米国SAH(The Society of Automotive Historians, Inc.)のメンバー。1954年から世界の自動車カタログの蒐集を始め、日本屈指のコレクターとして名を馳せる。著書に『プリンス 日本の自動車史に偉大な足跡を残したメーカー』『三菱自動車 航空技術者たちが基礎を築いたメーカー』『ロータリーエンジン車 マツダを中心としたロータリーエンジン搭載モデルの系譜』(いずれも三樹書房)。そのほか、「モーターファン別冊すべてシリーズ」(三栄書房)などに多数寄稿。

関連書籍
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