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第55回  D項-8 デューセンバーグ・2
2017.6.27

(00) (95-19-27) 1935 Deusenberg SJN Rollston Convertible Coupe.jpg
(00) Rollston Convertible Coupe

<モデルSJ>
前回も触れたようにレーシングカー以外の「デューセンバーグ」は基本的には「モデルA」と、「モデルJ」の2種だけで、「モデルSJ」は一部を強化して「スーパーチャージャー」を付けた「モデルJ」の改良型といえる。(この他1927年に、後年「モデルX」と名付けられた試作車が12台造られたが市販されなかった)
・ここで「モデルSJ」のスペックを再確認しておこう。シャシーは3900mm(L)、3620mm(S)の2種と、2台だけ3180mm(SS)のスペシャル・バージョンがあった。エンジンはDOHC 直列8気筒、4バルブ95×121 6882ccは「モデルJ」と同じだが、「スーパーチャージャー」を付けたことで265hp/4250rpm から320hp/4750rpまで強化された。機械式の「スーパーチャージャー」は、フルスロットル時のみ作動する「メルセデス」と違って、常時エンジンの回転の6倍のスピードで回転していた。この装置をエンジンの右下に付けたので排気管を床下に出すスペースが無くなり、ボンネットの中段から外に出すことになったが、これが力の象徴として「SJシリーズ」の大きな特徴となった。今回紹介するのは本物の「SJ」ばかりだが、「モデルJ」に900ドル出せばメーカーでクロームメッキの4本の排気管を付けることが可能で、この排気管が付いた車は全部で104台あるが本物の「SJ」は36台のみである。最高速度はトップ・ギアで208km/h、セカンドでも167km/hが可能で、3トン近い車を17秒で時速160キロまで加速出来た。総生産台数ははっきりしないが、手元の資料では「J+SJ」込みでシャシーNo.2125から2614まで490台の記録がある。(一部空白欄有り)製作年度は「モデルJ」が1928~37年、「モデルSJ」が1932~37年で、両モデルは一連の中でランダムに造られている。

(写真01-1~10) 1933 Duesenberg SJ Bohman & Schwartz Speedster (1971-03 ハーラーズ・コレクション/晴海)
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(01-7)251-14b 1933 Duesenberg SJ Speedster by Bowman & Schwartz.jpg
僕が初めて見た「デューセンバーグ」がこの車で、1971年3月、アメリカのネヴァダ州で1400台もの台数を所蔵している「ハーラース・オートモビル・コレクション」の中から選りすぐりの30台が展示された晴海の貿易センターだった。今から46年も前の話だ。僕自身、1994年以降 海外のいろいろな博物館で写真撮影をする機会に恵まれたが、この当時は海外旅行など夢のまた夢の時代だったから、2度と見られないであろう「デューセンバーグ」と言う気持ちで必死に撮りまくった。何と言っても、戦前戦後を通じてたった1台が足跡を残したのみで、その1929年型「モデルJ」は福沢諭吉翁の孫、駒吉氏が初代オーナーだった。しかしその車は既にアメリカに行ってしまって、日本には1台も現存しない極めて貴重な存在だった。だからこの車は日本に上陸した2台目の「デューセンバーグ」という事になる。この車のオリジナルは「ダーリン」製のコンバーチブル・セダンだったが、後年「ボーマン&シュワルツ」でスピードスターに換装したものだ。(因みにスピードスターとして工場を出た車は僅か6台しかないから、後から載せ替えたものが幾つかあるようだ)その後世界中の名車が日本で見られたあのバブル期でも「デューセンバーグ」を国内で見た記憶はないが、なんと「ハーラーズ・コレクション」にはすべてのモデル18台が集められていたそうだ。

 

(写真02-1~6)1934 Duesenberg SJ LaGrande Dualcowl Phaeton 1983-08 インペリアルパレス・コレクション/晴海)
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前の車から12年後、3台目の「デューセンバーグ」が日本に上陸した。今度もショーのための一時滞在で日本に棲みついたものではない。オートバックスがスポンサーとなって「カーワールド'83」と銘打って、東京・晴海で開催された。今度もアメリカ・ネヴァダ州ラスベガスでホテルやカジノを経営する「インペリアル・パレス」コレクションから選ばれたものを中心に、国産スポーツカーを加えて展示された。このコレクションは自動車好きと言うよりホテルやカジノの客の暇つぶしの為のもののようで玉石混合、車の価値より「誰々さんの車」が売りで「ヒットラーのメルセデス」とか「アル・カポネのパッカード」「ミセス・フォードのリンカーン」等々肩書きの方が重要な車たちの中で、この「デューセンバーグ」は何も肩書きは無かったが車好きにとっては最高の1台だった。後席にもウインド・シールドが付いたこの形式は「デュアルカウル・フェートン」とよばれ高級車の象徴でもある。通常は2本ずつまとめて4本にした排気管が多いが、この車の様に8本を外で一本に纏めるタイプも何例か見ている。

(写真03-1~4)1933 Duesenberg SJ Murphy Convertible Roadster (1995-08/ペブルビーチ)
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「デューセンバーグ」に限って、現代では「街角で」という事は全く考えられない。それは矢張り格式高い「ペブルビーチ」のコンクール・デレガンス以外には考えられない。という事でこれから登場する本物は全てペビルビーチで撮影したものである。最初に登場するのは「マーフィ製」のランブルシート付きのコンバーチブル・ロードスターで、オプションで付けた後部のトランク用の金具以外は会社が用意したカタログにほぼ忠実に造られているのが判る。この車も排気管は8本出しになって居る。

(写真04-1~4)1937 Duesenberg SJ Bohman & Schwartz Convertible Coupe (1995-08)
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次は1937年「ボーマン&シュワルツ製」のコンバーチブル・クーペで、これもバンパー以外は前項の「マーフィ製」と同様、会社で用意したカタログを概ねその儘の形に仕上がっている。出展車リストの通り「コンバーチブル・クーペ」としたが幌を下ろせば「ロードスター」と何処が違うのか僕にはよく判らない。初代オーナーはPrince Serge M'dvaniとなって居たが、この人物はポーランド出身のハリウッド女優「ポーラ・ネグリ」の元夫となって居た。

(写真05-1~2)1933 Duesenberg SJ Rollston Torpede Sedan (1995-08 /ペブルビーチ)
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この車は「ロールストン製」のトルペード・セダンで、1/43のミニチュアカーにもなって居る。メーカーのカタログにはこれとそっくりの「マーフィ」用の図面が載っていたが、そこではこのタイプをハリウッドらしく「ベヴァリー」と洒落た名前を付けていた。


(写真06-1~5)1935 Duesenberg SJN Rollston Convertible Coupe (1995-08 /ペブルビーチ)
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この車のモデル名は「SJN」と「N」が一文字追加されている。これはデューセンバーグ社の正式名ではないが、1935年「ロールストン」で10台だけ造られた幅広ボディの特別仕様車を区別するために付けられた名称らしい。イエローがかったアイボリーのボディは上品でハリウッド・スターが乗ったら似合いそうだ。

(写真07-1~6)1935 Duesenberg SJ Bohman & Schwartz Towncar (1995-08 /ペブルビーチ)
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ここからは僕らがイメージしている「デューセンバーグ」とはいささか印象の違う車が登場する。ラジエターグリルは、1933年からフォード、ハップモビル、ピアスアローなどですこし傾斜が見られるようになり、1935年には「下あごを突き出すような」グリルが最先端スタイルとして各社で競って採用された。「デューセンバーグ」としては、一般のモデルは伝統的なグリルに変更はなかったが、ハリウッドにある「ボーマン&シュワルツ」がエセルV.マース(著名な馬主)のために造ったのがこの「タウンカー」だ。空気抵抗と言う概念が普及しつつあった当時、1934年にはクライスラーの流線型「エアフロー」が出現するなど空気抵抗を減らすのは時代の流れだった。異様に見えるスペアタイヤ・カバーもその中で生まれたもので、精一杯スタイルと同化しようと努力した結果の作品だ。

(写真08-1~3)1935 Duesenberg SJ Bohman & Schwartz Towncar (1998-08/ペブルビーチ)
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前項のタウンカーと色違いだが全く同じに造られた車だ。3年後撮影したので、その間に塗り替えたり、オーナーが変わったりしていなければ別の車だと思うのだが。タウンカーと言う種類の車は贅沢な車で、主な使用目的はパーティ会場に夜会服で乗りつけるための物で、この車を長距離旅行に使うことは無い。また馬車時代の名残で運転席(馭者)はむき出しで屋根は無い。ハリウッドの試写会などでスターが降りて来るのもこんな車だから大スターには必需品だった筈だ。

(写真09-1~4)1935 Duesenberg SJ Bohman & Schwartz Convertible Coupe (2004-08)
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正面から見ると平凡にも見えるこの車の注文主は、2度目の登場「Prince Serge M'divani」と言う人物である。色々調べて少し分かったのは、旧グルジア(現ジョージア)の貴族の一員で、ソ連の侵攻を逃れてパリに亡命、その後アメリカに定住した一族で、5人の兄弟が皆金持ちの女性と結婚した事が評判となり、"Marrying Brouthers"とあだ名された程だ。本人(Serge)も1927年ハリウッド女優「ポーラ・ネグリ」と結婚したが、1929年の大恐慌で彼女が財産を失うと、離婚してすぐにオペラ歌手の「マリー・マコーミック」に乗り換えている。彼が事業で何かに功績を遺したかどうか分からないが、悪い言葉でいえば「ヒモ」的な存在だったのだろうか。そういう見方をすれば2台目の「デューセンバーグ」はオペラ歌手の「マリー・マコーミック」に買ってもらったことになる。この車は彼の死後30年に亘って「デューセンバーグ」の愛好家でレースの歴史研究家でもある「Jerry Gebby」の元にあった。 .

(写真10-1~5)1940 Duesenberg SJ Rollston Fally Collapsible Towncar (1998-08)
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「デューセンバーグ社」は1937年で姿を消してしまったが、この車が完成したのは3年後の1940年だった。発注されたボディメーカー「ロールストン」は再編成されてこのエキゾチックな車の完成を目指した。ボディの基本スケッチは注文主であるドイツのアーチスト「ルドルフ・バウアー」が描き、ロールストンのデザイナー、「ルディ・クリエイター」の手で4人乗りで、フルオープンにもなる「タウンカー」のデザインが完成した。オーナーのバウアー氏は大男では無く、ボディは彼のサイズにフィットするように調整されていたそうで、内装はヴァイオレット・レザーで豪華に仕上げられていた。長年ヴァージニア州のペティット・コレクションのもとにあったが、このコンクールの出展者はニューハンプシャー州の個人に変わって居た。

<レプリカ>
(写真11-1~7)1935 Duesenberg SSJ Roadster(Replica) (1985-01 /明治公園)
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(11-7) (85-02B-36) 1935 Deusenberg SSJ Roadster (Replica).jpg
ここからは国内で見た「デューセンバーグ」のレプリカを3台紹介する。何れもレプリカとしては大変良く出来ているが、最初に登場するこの車は特に素晴らしい。目標としたのは「クーパー」と「ゲーブル」の為にたった2台しか造られなかったスペシャル・バージョン「SSJ」だった。これを造ったのはメーカーではなくアメリカのマニアが個人でハンドメイドしたもので、それだけにレプリカとしては殆ど満点に近い出来栄えだ。素材に現代のものを使った場合最大の問題は前輪のサスペンションが、コイル・スプリングであり、ラジエターの位置が車軸より前にあるので、クラシックカーの公式として絶対に必要な条件が満たされていない。しかしこの車はリーフで吊ったリッジド・アクスルになっており、そこは完全にクリアしている他、サイズ、工作も全く問題ない。これだけ注意深く造られているこの車の外観でたった一つだけ気になったのはバンパーで、前の2本のうち上のバーが下と隙間が空きすぎ、カーブがなだらかでないこと、後ろは中央が切れて離れて居るのがオリジナルだ。ダッシュボードにはそれらしく色々な黒いメーターが付いているが本物は白地だった。カセットとラジオは御愛嬌としても、ステアリングだけは現代を感じさせるもので、オリジナルは3本スポークで軸は細いスチールパイプだ。エンジンはフォードの8リッター V8を搭載しているそうだが左側の排気をどう処理したのだろうか。


(写真12-1~6)1936 DuesenbergⅡ(SJ Replica) Boattail Speedster (1985-01/明治公園)
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とてもよく出来たスピードスターのレプリカだ。しかし「過ぎたるは及ばざるが如し」と言う諺(ことわざ)ではないが、力の象徴「クロームメッキの排気管」が左右合わせて8本ある。本物は直列8気筒で排気ポートは右側にあるので排気管は右側だけしかないが、悲しいかなレプリカのエンジンはモダンなV8なので左右に4本ずつ出すことになってしまったのだ。この車と次の車はアメリカ、ウイスコンシン州エルロイにある「エリート・ヘリテージ・モータース」と言うメーカーが造ったもので「デューセンバーグⅡ」と書かれていたが、正式な「デューセンバーグⅡ」は、レプリカではなく復活を目指してフレッドの息子「フリッツ・デューセンバーグ」や「ヴァージル・エクスナー」が1966年に造ったリンカーン・コンチネンタルに似たモダンな車が存在している。この車はラダーフレームを自製し、リンカーンの5.8リッターV8エンジンを載せ、それにFRPのボディを被せたもので、前輪懸架はコイルスプリングが用いられている。


(写真13-1~8)1927 DuesenbergⅡ(SJ Replica) Dual Cowl Phaeton (1985-01/明治公園)
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(13-2) (85-02B-22) DeusenbergⅡ(SJ Raplica) Dual Cowl Phaeton.jpg

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(13-8) (85-02B-25) DeusenbergⅡ(SJ Replica) Dual Cowl Phaeton.jpg
大径のヘッドライトは現代の法令に合わせ、中に一回り小さいシールドビームが収めてある。サイドビューは参考に示したメーカー・カタログと較べてもよくできている。中身は現代のスペックを持ったエキゾチックカーで、同類としては「エクスカリバー」があるが、雰囲気の「エクスカリバー」と違って、こちらは徹底的にオリジナルに近付ける努力が見られる。

―― 次回からE項に入り「エドセル」「エセックス」などが登場予定です ―― 

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第56回 E項-1 エドセル、エドワード、E.R.A、エルミニ、エセックス、エヴァ、エクスキャリバー

第55回  D項-8 デューセンバーグ・2

第54回 D項-7 デューセンバーグ・1

第53回  D項-6 デソート/ダッジ

第52回 D項-5 デ・トマゾ

第51回 D項-4 デイムラー(英)

第50回 D項-3 ダイムラー(ドイツ)

第49回  D項-2 DeDion-Bouton~Du Pont

第48回 D項-1 DAF~DeCoucy

第47回 C項-15 クライスラー/インペリアル(2)

第46回 C項-14 クライスラー/インペリアル

第45回 C項-13 「コルベット」

第44回 C項-12 「シボレー・2」(1950~) 

第43回 C項-11 「シボレー・1」(戦前~1940年代) 

第42回  C項-10 「コブラ」「コロンボ」「コメット」「コメート」「コンパウンド」「コンノート」「コンチネンタル」「クレイン・シンプレックス」「カニンガム」「カーチス]

第41回 C項-9 シトロエン(4) 2CVの後継車

第40回  C項-8シトロエン2CV

第39回  C項-7 シトロエン2 DS/ID SM 特殊車輛 トラック スポーツカー

第38回  C項-6 シトロエン 1 戦前/トラクションアバン (仏) 1919~

第37回 C項-5 「チシタリア」「クーパー」「コード」「クロスレー」

第36回 C項-4 カール・メッツ、ケーターハム他

第35回 C項-3 キャディラック(3)1958~69年 

第34回  C項-2 キャディラック(2)

第33回 C項-1 キャディラック(1)戦前

第32回  B項-13  ブガッティ(5)

第31回 B項-12 ブガッティ (4)

第30回  B項-11 ブガッティ(3) 

第29回 B項-10 ブガッティ(2) 速く走るために造られた車たち

第28回 B項-9 ブガッティ(1)

第27回 B項-8 ビュイック

第26回 B項-7  BMW(3) 戦後2  快進撃はじまる

第25回 B項-6 BMW(2) 戦後

第24回  B項-5   BMW(1) 戦前

第23回   B項-4(Bl~Bs)

第22回 B項-3 ベントレー(2)

第21回 B項-2 ベントレー(1)

第20回 B項-1 Baker Electric (米)

第19回  A項18 オースチン・ヒーレー(3)

第18回  A項・17 オースチン(2)

第17回 A項-16 オースチン(1)

第16回 戦後のアウトウニオン

第15回  アウディ・1

第14回 A項 <Ar-Av>

第13回  A項・12 アストンマーチン(3)

第12回 A項・11 アストンマーチン(2)

第11回  A項-10 アストン・マーチン(1)

第10回 A項・9 Al-As

第9回 アルファ・ロメオ モントリオール/ティーポ33

第8回 アルファ・ロメオとザガート

第7回 アルファ・ロメオ・4

第6回 アルファ・ロメオ・3

第5回 アルファ・ロメオ・2

第4回  A項・3 アルファ・ロメオ-1

第3回  A項・2(Ac-Al)

第2回  「A項・1 アバルト」(Ab-Ab)

第1回特別編 千葉市と千葉トヨペット主催:浅井貞彦写真展「60年代街角で見たクルマたち」開催によせて

執筆者プロフィール

1934年(昭和9年)静岡生まれ。1953年県立静岡高等学校卒業後、金融機関に勤務。中学2年生の時に写真に興味を持ち、自動車の写真を撮り始めて以来独学で研究を重ね、1952年ライカタイプの「キヤノンⅢ型」を手始めに、「コンタックスⅡa」、「アサヒペンタックスAP型」など機種は変わっても一眼レフを愛用し、自動車ひとすじに50年あまり撮影しつづけている。撮影技術だけでなく機材や暗室処理にも関心を持ち、1953年(昭和28年)1月には戦後初の国産カラーフィルム「さくら天然色フィルム」(リバーサル)による作品を残している。著書に約1万3000余コマのモノクロフィルムからまとめた『60年代 街角で見たクルマたち【ヨーロッパ編】』『同【アメリカ車編】』『同【日本車・珍車編】』『浅井貞彦写真集 ダットサン 歴代のモデルたちとその記録』(いずれも三樹書房)がある。

関連書籍
浅井貞彦写真集 ダットサン 歴代のモデルたちとその記録
60年代 街角で見たクルマたち【ヨーロッパ車編】
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