三樹書房
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第46回 C項-14 クライスラー/インペリアル
2016.9.27

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現在「クライスラー」という自動車メーカーはない。2009年設立されたミシガン州にある「FCA US LLC」というメーカーのブランドの一つとして生産されている。「FCA」(Fiat Chrysler Automobile)の名が示すように、2009年倒産の危機を救ったイタリアのフィアットの傘下に吸収され、「クライスラー」「ダッジ」「ジープ」「ラム」の4種を製造する会社となっている。1950~60年代の全盛時代を同時進行した僕にとっては「クライスラー」といえば「GM」「フォード」と並ぶビッグ3の一員として世界の自動車業界をリードしてきた大メーカーだったから、まさかの消滅だった。
・さて、気を取り直して往年のクライスラーの歴史を辿ってみよう。創立者のウオルターP・クライスラー(Walter Percy Chrysler) は1875年4月カンザス州で生まれた。父親は当時交通機関の最先端だった鉄道の中でも最王手「ユニオンパシフィック鉄道」の技師だった。ウオルターも高校卒業後父の後を追って「ユニオンパシフィック」に入社し一人前の技術者に成長したのち、「グレートウエスタン鉄道」に転職する。彼は1908年33才の時オートショーで見た「ロコモービル」という自動車に強い感銘を受け5000ドルもするこの車をローンで購入してしまった。因みに彼の月給は350ドルだった。購入した車は分解され、構造や材質について技術者の目で徹底的に検討された。その結果「自動車」という交通手段の将来性と、自分の関わる鉄道の今後について何らかの予見を得たと思われる。鉄道の最大の弱点は、「線路」の無い所は走れないことだ。しかし自動車にはその制約がない。また同じ小回りの利く「馬車」とは速度、乗り心地、耐久性も比較にならない程優れている。という訳で1910年には「アメリカン・ロコモティーブ」という自動車メーカーに転職し自動車業界に足を踏み入れた。程なくこの会社の大株主で「GM」の社長だったジェームス・ストローにスカウトされ「ビュイック」の工場長に就任、1915年には「ビュイック」のジェネラル・マネージャー、1919年には「GM」の副社長を兼任するまで登り詰めた。しかし1915年以来「GM」の社長に復帰したやり手の「ビリー・デュラント」と意見が合わず、1920年3月「GM」を退職する。しかし数か月後、戦時中ジープを造った「ウイリス・オーバーランド社」の副社長に招かれる。その間、経営危機にあった「マックスウエル」と「チャルマース」というメーカーを合併で合理化し、技術面の援助によって立て直しに成功するなど実績を上げる。ところが再び「GM」を追われた仇敵「ビリー・デュラント」が自分の会社を作ろうと「ウイリス・オーバーランド」の買収を図っていると聞いて、デュラントと一緒に仕事をすることを嫌ったウオルターは1923 年退職する。その年の秋「チャルマース」をベースに6気筒の試作車が完成し、そして翌1924年この車は「クライスラー」と名前を変え量産車として生産が始まる。これが「B70」と呼ばれるクライスラーの1号車である。1928年には低迷していた「ダッジ・ブラザース」を買収し、そこから「ビッグ3」となるためのデビジョン作りが始まった。上級クラスの「クライスラー」、アッパーミドルの「デソート」、ミドルクラスの「ダッジ」、ベーシックの「プリマス」とフルラインナップとなり、戦後までずっとこの体制が続いた。
・創業者が業界に入ったのは1910年だが、自分の名前を付けた車を作ったのはそれから14年も経ってからだったから「クライスラー社」の設立は1924年とアメリカ車の歴史の中ではかなり遅い。

(写真24-1abc)1924 Chrysler Model B70 Pheaton (1971-03 ハーラーズ・コレクション/晴海)
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1971年アメリカからやって来たハーラース・コレクションの中にあったのがこの車で、「クライスラー」ブランドとしては最初の年でありながら、2ドア、4ドアに9種のバリエーションを用意し、年間で8万台近くを販売した。エンジンは直6 3292cc 68hp/3000rpm の1種だけだった。

(写真25-1ab) 1925 Chrysler B70 Roadstea (2000-06 フェスティバル・オブ・スピード)
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デビューして2年目はモデルチェンジはなく、ボディ・タイプが1種増えて10種となり、13万2千台と好成績を残した。ウッドスポークは高級車で、廉価版はディスクホイールだった。

(写真29-1ab) 1929 Chrysler75 4dr Sedan     (1997-05 ミッレ・ミリア/ブレシア)
29-01a (97-18-18)b 1929 Chrysler Series75 4dr Sedan.jpg

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1929年からクライスラーはシャッター付のラジエターとなった。写真の車はお門違いのイタリア、ミッレミリアで見つけたもので、もちろん参加車ではないがイベントが始まった1927年と同時代に造られたものだ。塗装は多分オリジナルカラーと思われるが、イタリアで見ても全く違和感はなかったのは、アルファロメオの8C 2300シリーズでも同じような塗装の車を見ていたからかも知れない。

(写真29-2a)1929 Chrysler 75 Roadster      (1998-08 ラグナセカ/カリフォルニア)
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ボンネットを皮ベルトで締め、フェンダーも軽量化されているので、レースを目的にしているが、町中でも十分使用可能だ。ブガッティなども1920年代にはレーシングカーとスポーティカーの区別がつかなかった時代だ。

(写真31-1ab)1931-08 Chrysler CM-6 Roadster with Rumbleseat (2004-08 ラグナセカ)
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1930年台に入るとクライスラーは高級車としての地位を確立しつつあり、丁寧で上品な仕上がりが見られる。写真の車は6気筒「CM」シリーズで、中では最廉価版だがそうは見えない。後ろフェンダーの丸い突起物はランブルシートへ乗り込むためのステップだが、2つついているのは珍しい。

(写真31-2ab)1931 Chrysler 70 Convertible Coupe (Torpedo)(2003-02 パリ・レトロモビル)
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この車も廉価版6気筒「70」シリーズで、幌にランドウジョイントが付いたコンバーチブル・クーペとなる。廉価版といってもすごくお洒落な車だ。

(写真31-3ab)1931 Chrysler Imperial CG LeBaron Roadster (1998-08 ペブルビーチ)
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この年から登場した8気筒の中でも最上位は「インペリアル」のシリーズ名が与えられた。ホイールベースは8インチ長い124インチで高級車に相応しい貫禄を持つ。写真の車は贅沢な2人乗りロードスター(プラス・ランブルシート)だ。

(写真31-4ab)1931 Chrysler Imperial CG LeBaron Town Car (1995-08 ペブルビーチ)
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同じ「インペリアル」シリーズだが、こちらも贅沢の極み「タウンカー」仕様だ。なぜ贅沢か、何故「タウンカー」と呼ばれるのか。タウンカーの主な用途は正装して招待を受けたパーティーに乗り付ける時のためのものだ。運転席には屋根がなく全天候型ではないからロングツアーには適さない。郊外には行かない街乗り専用の車すなわち「タウンカー」なのだ。

(写真31-5ab)1931 Chrysler CD 2dr Sports Roadster (2004-08 ラグナセカ/カリフォルニア)
31-5a  (04-56-33)b 1931 Chrysler CD8 LM.jpg

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8気筒CDシリーズのスポーツ・ロードスターからステップとバンパーを取り外し、フェンダーを軽量化すると立派なレースカーに変身する。

(写真32-1ab)1932 Chrysler Rigante (5300cc Special Racing Car) (2004-08 ラグナセカ)
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(参考)1932 Alfa Romeo TipoB (P3)
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この車は市販モデルからの改造ではなく、完全にレースのためのスペシャルで、アルファロメオの有名な「P3」とそっくりだ。因みに「P3」の誕生も「クライスラー」と同じ1932年だ。

(写真32-2ab)1932 Chrysler Imperial CH Bohman & Schwalz Convertible Coupe (1995-08 ペブルビーチ)
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ペブルビーチのコンクール会場で見ると、そこに出ているだけで立派に見えてしまうが、写真の車は見た目だけではなく、本物の超高級車だ。クライスラーの最上級シリーズ「インペリアル」には「ル・バロン」製のスペシャルボディがカタログモデルとして用意されていたが、写真の車はカリフォルニアのコーチビルダー「ボーマン&シュワルツ社」に特注されたものだ。トップが極端に低いのは当時のアメリカ高級車の流行で、デューセンバーグなどにも多く見られた。

(写真32-3ab)1932 Chrysler Imperial CG LeBaron Roadster (1991-03 ワールドヴィンテージカー/幕張)
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個人の感想だがこの車に「赤」は似合わないと思う。どちらかといえばスポーティな筈のロードスターだが、後ろにトランクを積んでいるため軽快さがない。むしろ「濃紺」か「黑」でシックに決めて欲しかった。因みにこの当時の高級車にはみんな後ろに棚が組み込まれており、大旅行の際は「つづら」のような大型の箱が積めるようになっていた。

(写真34-1a)1934 De Soto Airflow SE 4dr Sedan (2007-04 トヨタ自動車博物館)
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1934年になるとスチールボディの4ドアセダンが標準タイプとなり、クライスラー系では「エアストリーム」と流線型の「エアフロー」の2つのスタイルを発表した。カタログモデルとしては最初の流線型で、戦前のトヨタAA型にも大きな影響を与えたこのモデルは残念ながら僕は撮影していないが、エポックメイキングとなるこの車と殆ど同じ弟分の「デソート」を撮影していたので、そちらをご覧いただきたい。 

(写真35-1ab)1935 Chrysler Deluxe Airstream Sedan(1966-02 TVなんでも100年/駒沢公園)
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1930年代後半に入ると「キャディラック」や「パッカード」などの高級車も大体この車と似通ったスタイルとなった。僕個人としては30年代前半のスタイルの方が豪華で高級感があるように思えるが、時代の流れでモダン化が必要だったのだろう。

(写真36-1ab)1936 Chrysler Deluxe Airstream Eight 4dr Sedan (1950年 羽田空港駐車場)
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古い感覚では、高級車といえばメッキが豪華、ヘッドライトが大きい、補助ライトやホーンなど付属品が多い、などが評価の対象だが、それらをすべて否定したのが「モダン」な感覚かもしれない。

(写真38-1anbc)1938 Chrysler Royal Six 4dr Sedan   (1977-01 東京プリンスホテル)
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正面から見ると戦前の「ニッサン・トラック」を連想してしまうので、残念ながら高級車のイメージは浮かばない。

(写真46-1a) 1946-48 Chrysler 4dr Sedan (1962-12 桜田通り・慶応大学付近/港区三田)
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ここからは戦後のモデルとなるが、クライスラー系の各車は46、47、48の3年間は殆ど変化が見られない。写真の車は慶応大学付近の桜田通りを疾走する4ドア・セダンで、基本的には戦前の1942年型を継承している。この場所は僕の勤務先向えの商店街で見慣れた懐かしい風景だが、今見ると建物からも昭和の香りがする。

(写真46-2ab)1946-48 Chrysler 4dr Sedan  (1961-12 虎の門病院付近/港区)
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46-2b 46-48 (071-33) 1946-48 Chrysler 4dr Sedan.jpg
シリーズは6気筒の「ロイヤル」「ウインザー」と8気筒「サラトガ」「ニュ-ヨーカー」の4種があったが、バッジ類、モールディング、ホイールキャップなど外見上での見分け方は全く手がかりが無い。

(写真46-3abc)1946-48 Chrysler Town & Country Convertible (1999-08 クリスティズ・テント前/カリフォルニア)
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ステーションワゴン風の「タウン&カントリー」は6気筒の4ドア・セダンと8気筒の2ドア・コンバーチブルがあった。ウッドパネルのドアからはステーション・ワゴンを連想するが、この年のクライスラーにはワゴンは無かった。タミヤが扱うダンバリー・ミント社のダイキャスト・モデルは素晴らしい出来栄えだ。


(写真48-1a-d)1948 Chrysler New Yorker Town & Country Convertible (2003-02 パリ・レトロモビル)
48-1a  (03-10-08b) 1948 Chtysler New Yorker Town & Cowntry.jpg

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こちらはパリのレトロモビルに展示されていたもので、狭いスペースに置かれていて全体を写すのに苦労した記憶がある。前項と同じコンバーチブルだがトップを下げた姿はまた印象が異なる。上級モデルのこの車は「タウン&カントリー」の下に「ニューヨーカー」としっかり表示している。

(写真49-1ab) 1949 Chrysler 4dr Sedan     (1962-08 赤坂溜池/港区)
49-1a  153-59b 1949 Chrysler 4dr Sedan.jpg

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ここからあとは車が現役で活躍していた姿が続く。場所は高速道路が出来る前の赤坂溜池で、車は右に曲がると外堀通りに入り赤坂見附方面へ向かう。

(写真50-1ab) 1950 Chrysler 4dr Sedan        (1961-11 渋谷駅付近)
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この未舗装の空き地は渋谷駅付近で、現在は首都高3号線の高架で山手線を跨ぎ東名高速へ向かう辺りとなる。東京オリンピックの準備であちこちに空き地があり青空駐車場となっていたから、僕にとっては好都合だった。後姿の背景に「RIKI SPORTS PALACE」とある建物は、あの「力道山」が建てたスポーツ・ジムだ。

(写真50-2ab)1950 Chrysler Highlander 4dr Sedan    (1957年 清水市内)
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この年のシリーズは「ロイヤル」「ウインザー」「サラトガ」「ニューヨーカー」の4種だが、写真の車には「Highlander」と書かれたバッジが付いている。1941年からこの名前が使われており、その説明ではスコットランド風のチェック模様の内装が20ドルでで追加できるとあった。写真は清水市内に自転車でカーハントに出かけた際撮影したもので、場所はJR清水駅付近、当時は市内電車が走っていたので道路の中央には石畳みと線路があった。

(写真51-1a)1952 Chrysler Windsor 4dr Sedan    (1958年 静岡市内)
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この写真もまだ静岡に住んでいた頃の撮影でナンバープレートが古いタイプだ。国産車の「3」ナンバーはまだ存在しない時代だから、地方都市の「静」に500台以上外車が存在した事自体凄い事だ。

(写真51-2ab)1951 Chrysler Windsor 4dr Sedan (1962-03 麻布十番稲荷付近・港区)
51-2a (090-34) 1951 Chrysler Windsor 4dr Sedan.jpg

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前の車と同じグレードの「ウインザー」で撮影場所は麻布十番、背景の神社は「十番稲荷」である。

(写真51-3ab)1952 Chrysler Saratoga Culb Coupe (2004-08 ラグナセカ/カリフォルニア)
51-3a (04-59-06) 1951 Chrysler Saratoga Club Coupe.jpg

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写真は「サラトガ」に一寸手を加えてストックカー・レースに出ようというものらしく、ボンネットには皮ベルトの代りに、丸いリングの付いたマスコットに荒縄を通してバンパーに縛り付けるという奇妙なアイデアが使われている。(縄は普通の縦結びのようだがヨットで使う「もやい結び」のほうが安全だ)サラトガ・シリーズはボンネットの正面に大きな「V」のマークが入り、「Chrysler」の文字は向かって右側に移動した。

(写真51-4a)1951 Chrysler New Yorker 4dr Sedan      (1958年 静岡県庁前)
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クライスラーはこの年からシリーズによって外観に変化を付けるようになった。「ニューヨーカー」はパーキングライトがヘッドライトとバンパーの間に大きく設置されている。場所は静岡県庁前で背景は外堀の石垣。「た」ナンバーなので県庁の偉い方の公用車だろうが、高級車クライスラーの中でも上級シリーズのニューヨーカーを購入するとは贅沢だ。

(写真52-1a)1952 Chrysler Imperial 4dr Sedan (1959年 静岡市紺屋町・中島屋前)
52-1a 016b 1951-52 Chrysler Imperial 4dr.Sedan(017-34).jpg
「インペリアル」は1955年から独立した「車名」となるが、この当時はまだクライスラーの最上位のシリーズ名だった。しかしこの年からは、明らかに他のシリーズとは一味違った顔付きとなった。

(写真53-1a)1953 Chrysl;er Windsor 4dr Sedan (1962-04 第一京浜・JR田町駅付近)
53-1a (091-06) 1953 Chrysler Windsor 4dr Sedan.jpg
「ウインザー」シリーズは51年からあまり変化していないが、バンパーガードが4つに増え、パーキング・ランプがグリルのバー内からヘッドライトしたに移動した。

(写真54-1abc) 1954 Chrysler Custom Imperial 4dr Sedan  (1961-11 羽田空港駐車場)
...............54-1a (078-26)b 1954 Chrysler Custom Imperial 4dr.Sedan.jpg

54-1b (078-25)b 1954 Chrysler Custom Imperial 4dr.Sedan.jpg

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来年からは独立デヴィジョンとなる「インペリアル」は、他のクライスラーとは全然違う顔つきとモールディングが施されていた。場所は羽田空港の駐車場で、後ろに見える鳥居は有名な穴守稲荷だ。

(写真54-2abc) 1954 Chrysler New Yorker Deluxe 2dr Convertible Coupe (2008-01 ジンスハイム博物館/ドイツ)
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1954年、インペリアルを除く他のクライスラーは去年のインペリアルのグリルの外枠を使って、枠内の変化でシリーズを区別している。このジンスハイム博物館はドイツにあるが50年代の黄金期のアメリカ車も数多くコレクションしている。


  今月はパソコンが壊れて、8割方完成していた原稿がすべて白紙となり書き直すという
  大トラブルに見舞われましたが、何とか頑張って完了しました。

     ― 次回は「クライスラー(2)/インペリアル」です ―

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第51回 D項-4 デイムラー(英)

第50回 D項-3 ダイムラー(ドイツ)

第49回  D項-2 DeDion-Bouton~Du Pont

第48回 D項-1 DAF~DeCoucy

第47回 C項-15 クライスラー/インペリアル(2)

第46回 C項-14 クライスラー/インペリアル

第45回 C項-13 「コルベット」

第44回 C項-12 「シボレー・2」(1950~) 

第43回 C項-11 「シボレー・1」(戦前~1940年代) 

第42回  C項-10 「コブラ」「コロンボ」「コメット」「コメート」「コンパウンド」「コンノート」「コンチネンタル」「クレイン・シンプレックス」「カニンガム」「カーチス]

第41回 C項-9 シトロエン(4) 2CVの後継車

第40回  C項-8シトロエン2CV

第39回  C項-7 シトロエン2 DS/ID SM 特殊車輛 トラック スポーツカー

第38回  C項-6 シトロエン 1 戦前/トラクションアバン (仏) 1919~

第37回 C項-5 「チシタリア」「クーパー」「コード」「クロスレー」

第36回 C項-4 カール・メッツ、ケーターハム他

第35回 C項-3 キャディラック(3)1958~69年 

第34回  C項-2 キャディラック(2)

第33回 C項-1 キャディラック(1)戦前

第32回  B項-13  ブガッティ(5)

第31回 B項-12 ブガッティ (4)

第30回  B項-11 ブガッティ(3) 

第29回 B項-10 ブガッティ(2) 速く走るために造られた車たち

第28回 B項-9 ブガッティ(1)

第27回 B項-8 ビュイック

第26回 B項-7  BMW(3) 戦後2  快進撃はじまる

第25回 B項-6 BMW(2) 戦後

第24回  B項-5   BMW(1) 戦前

第23回   B項-4(Bl~Bs)

第22回 B項-3 ベントレー(2)

第21回 B項-2 ベントレー(1)

第20回 B項-1 Baker Electric (米)

第19回  A項18 オースチン・ヒーレー(3)

第18回  A項・17 オースチン(2)

第17回 A項-16 オースチン(1)

第16回 戦後のアウトウニオン

第15回  アウディ・1

第14回 A項 <Ar-Av>

第13回  A項・12 アストンマーチン(3)

第12回 A項・11 アストンマーチン(2)

第11回  A項-10 アストン・マーチン(1)

第10回 A項・9 Al-As

第9回 アルファ・ロメオ モントリオール/ティーポ33

第8回 アルファ・ロメオとザガート

第7回 アルファ・ロメオ・4

第6回 アルファ・ロメオ・3

第5回 アルファ・ロメオ・2

第4回  A項・3 アルファ・ロメオ-1

第3回  A項・2(Ac-Al)

第2回  「A項・1 アバルト」(Ab-Ab)

第1回特別編 千葉市と千葉トヨペット主催:浅井貞彦写真展「60年代街角で見たクルマたち」開催によせて

執筆者プロフィール

1934年(昭和9年)静岡生まれ。1953年県立静岡高等学校卒業後、金融機関に勤務。中学2年生の時に写真に興味を持ち、自動車の写真を撮り始めて以来独学で研究を重ね、1952年ライカタイプの「キヤノンⅢ型」を手始めに、「コンタックスⅡa」、「アサヒペンタックスAP型」など機種は変わっても一眼レフを愛用し、自動車ひとすじに50年あまり撮影しつづけている。撮影技術だけでなく機材や暗室処理にも関心を持ち、1953年(昭和28年)1月には戦後初の国産カラーフィルム「さくら天然色フィルム」(リバーサル)による作品を残している。著書に約1万3000余コマのモノクロフィルムからまとめた『60年代 街角で見たクルマたち【ヨーロッパ編】』『同【アメリカ車編】』『同【日本車・珍車編】』『浅井貞彦写真集 ダットサン 歴代のモデルたちとその記録』(いずれも三樹書房)がある。

関連書籍
浅井貞彦写真集 ダットサン 歴代のモデルたちとその記録
60年代 街角で見たクルマたち【ヨーロッパ車編】
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