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第47回 フォードランチェロ
2016.6.30

 1950年代のアメリカ車にスポットを当てて紹介してきたが、今回は1957年に登場したセダン・ピックアップのフォードランチェロ(Ranchero:農場主の意味)を紹介する。
 戦後、アメリカの都市が人口の増加と共に郊外へと広がっていくに従い、ファミリーセダンではガーデニングや日曜大工の材料や道具、あるいは芝刈り機などを運ぶには適さなくなってきた。そこで、考えられるのがピックアップトラックの購入だが、当時のピックアップは玄関先に置くには格好が悪かった。そこで考えられたのがセダンベースであるステーションワゴンの屋根の後半を切り取ってピックアップとする方法であった。
 フォードは1955年にはサンダーバード、1957年にはアメリカ車初のリトラクタブルハードトップをもつスカイライナーを世に出し、ショールームへの集客に成功したが、新たに集客の武器となったのがランチェロであった。

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上の3点は「パッセンジャーカーを超え! トラックも超えた! 新しいフォードランチェロ!」のコピーで発売された1957年型フォードランチェロのカタログ。フルサイズのカスタム&ステーションワゴン・シリーズの116in(2946mm)ホイールベースのシャシーに架装され、エンジンは223cid(3654cc)直列6気筒144馬力、272cid(4457cc)V型8気筒190馬力、292cid(4785cc)V型8気筒212馬力の3機種が用意され、トランスミッションは3速MTと、これに取り付け可能な自動OD(オーバードライブ)およびフォードマチック3速ATが選択可能で、積載荷重は1190lb(540kg)であった。イラストのモデルはいずれも上級グレードのカスタムランチェロで、サイドモールディングなしのランチェロも設定されていた。販売台数は2万1705台で、その内1万5277台はカスタムランチェロであった。カタログには昼も夜も活躍するランチェロの姿が描かれている。

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上の3点は1958年型フォードランチェロのカタログで、表紙のコピーは「America's first work and play truck!(アメリカで初めての仕事と遊び用トラック!)」。フロント周りは1958年型フルサイズフォードと同じだが、リア周りは1957年型のものがそのまま使われていた。エンジンは6気筒には変更がないが、292cidV-8は212馬力から205馬力にデチューンされ、新たに352cid(5768cc)V型8気筒300馬力の3機種が設定された。米国経済は1958年には戦後最悪規模の景気後退に突入し、1958年型の乗用車販売台数は前年モデルの約629万台に対し、約423万台に激減した。全米でおよそ50万人の自動車関連労働者がレイオフされ、70万台におよぶパッセンジャーカーの在庫を抱える状態であった。そんな中で健闘したのは経済的な小型輸入車とコンパクトなAMCのランブラーであった。ランチェロも例外ではなく、販売台数は前年の半分にも満たない9950台であった。価格は2145~2320ドルでフォードの2ドア・ランチワゴンより若干安く設定されていた。

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上の2点は1959年型フォードランチェロのカタログで、表紙のコピーは「America's first work or truck」となり、andをorに変えて訴求に微妙な変化が見られた。カタログの絵に見られるように、空港での作業や芝生のメンテナンスに活用される機会が増えていた。エンジンは223cid直6の145馬力、292cidV8の200馬力と352cidV8の300馬力の3種類が設定されていた。セダンの最上級グレードであったギャラクシー・シリーズのトリム部品がオプション設定されており、よりアトラクティブにドレスアップすることが出来た。販売台数はやや持ち直し1万4169台であった。

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1960年型ランチェロは、ベースをフルサイズから、この年発売されたコンパクトカーのファルコンに変更して、名前も「フォードファルコンランチェロ」となった。キャッチコピーも「America's lowest-priced Pickup・・・New economy...up to 30miles per gallon!(12.8km/ℓ)」に変わった。急増するフォルクスワーゲンや輸出を開始したダットサンなどの小型経済車に危機感を募らせた米国のカーメーカーは、先輩のランブラーに加えて、1959年にはスチュードベーカーのラーク、1960年にはビッグ3からファルコン、コルベア、バリアントなど続々とコンパクトカーが登場した。ファルコンランチェロはホイールベース109.5in(2781mm)、全長189in(4801mm)、荷台長6ft(1829mm)、積載荷重800lb(363kg)。144.3cid(2365cc)直列6気筒90馬力エンジン+3速MTを積み、オプションでフォードマチック3速ATも選択可能であった。価格は1887ドルで、販売台数は2万1027台。

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フォードランチェロに対抗して2年遅れで登場した1959年型シボレーエルカミノ(El Camino:スペイン語で道の意味)のカタログ。ホイールベース119in(3023mm)のフルサイズシボレーの2ドアステーションワゴンをベースに、サイドトリムはベルエア・シリーズ、内装は廉価版のビスケイン・シリーズから流用してまとめている。エンジンは235cid(3851cc)直6の135馬力が標準で、283cid(4638cc)V-8の185馬力(2バレルキャブ)/230馬力(4バレルキャブ)、ビッグブロック348cid(5703cc)V-8の305/315/335馬力がオプション設定されていた。販売台数は2万2246台。

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1960年型エルカミノはサイズダウンせずフルサイズの1960年型シボレーに準じた変更が施されていた。シボレーのコンパクトカーであるコルベアはリアエンジンなのでピックアップには適さなかった。そこで、シボレーの戦略は、1960年型で唯一のフルサイズセダン・ピックアップを武器に売り込んだが、結果は芳しくなく販売台数は1万4163台であった。その結果、1961~63年型エルカミノはカタログから落とされ、1964年型で再登場するが、ベースとなったプラットフォームはミッドサイズのシベール(Chevelle)であった。エルカミノは1987年まで生産され、1971年からGMC Sprint/Caballeroの名前でも販売された。

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上の2点は最後のランチェロとなった1979年型のカタログ。ランチェロは1967年型からミッドサイズのフェアレーンをベースとし、1970年型からはトリノ、そしてトリノが廃止された1977年型からはダウンサイジングされたLTDⅡがベースとなり、最後の1979年型では唯一残っていたフルサイズのカスタム500/LTDが廃止されたので、ランチェロはフォードのラインアップの中では最もホイールベースが長い118in(2997mm)、全長220.1in(5591mm)のクルマとなっていた。販売台数は2万5010台で、フォードトラックの販売台数約120万台の2%に過ぎず、ユーザーの好みはミニバン、MPV(Multi-Purpose Vehicle)、SUV(Sport Utility Vehicle)などに移り、ピックアップトラックも格好良くなったことなどからランチェロの存在意義が失われていったのであろう。

 セダン・ピックアップは米国で過去に造られたこともあり、1931年にはGE社の要請でフォード・モデルAピックアップが293台生産され、ハドソングループでは1929~1947年に、スチュードベーカーでも1937~1939年にかけてクーペ・エクスプレスの名前で生産された記録がある。
 オーストラリアでは1930年代からパッセンジャーカーをベースとしたピックアップが「Utilities」あるいは「Utes」の名前で生産されてきた。いくつかを紹介する。

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GM-ホールデン社の1934年型シボレー・ユーティリティートラック。

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フォード・オーストラリア社の1936年型フォードV-8ユーティリティー。

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フォード・オーストラリア社の1940年型フォードV-8クーペ・ユーティリティー。

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フォード・オーストラリア社の1955年型フォードV-8メインライン・クーペ・ユーティリティー。

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フォード・オーストラリア社の1958年型フォードV-8メインライン・クーペ・ユーティリティー。

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執筆者プロフィール

1937年(昭和12年)東京生まれ。1956年に富士精密機械工業入社、開発業務に従事。1967年、合併した日産自動車の実験部に移籍。1970年にATテストでデトロイト~西海岸をクルマで1往復約1万キロを走破し、往路はシカゴ~サンタモニカまで当時は現役だった「ルート66」3800㎞を走破。1972年に海外サービス部に移り、海外代理店のマネージメント指導やノックダウン車両のチューニングに携わる。1986年~97年の間、カルソニック(現カルソニック・カンセイ)の海外事業部に移籍、うち3年間シンガポールに駐在。現在はRJC(日本自動車研究者ジャーナリスト会議)および米国SAH(The Society of Automotive Historians, Inc.)のメンバー。1954年から世界の自動車カタログの蒐集を始め、日本屈指のコレクターとして名を馳せる。著書に『プリンス 日本の自動車史に偉大な足跡を残したメーカー』『三菱自動車 航空技術者たちが基礎を築いたメーカー』『ロータリーエンジン車 マツダを中心としたロータリーエンジン搭載モデルの系譜』(いずれも三樹書房)。そのほか、「モーターファン別冊すべてシリーズ」(三栄書房)などに多数寄稿。

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