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第40回 アメリカの初期SUV/MPV
2015.11.27

 2012年のジュネーブ・モーターショーでレンジローバー・イヴォーク・コンバーティブル・コンセプトが発表されたが、ついに量産型レンジローバー・イヴォーク・コンバーティブルが正式発表された。日本での発売時期は未定だが、おそらく来年発売されるであろう。SUVのコンバーティブルって新しいようだけれど、アメリカの初期のSUVはみなオープンだったことを思い出し、ファイルから引っ張り出してみた。ということで今回はアメリカの初期SUV、或いはMPV(マルチパーパスビークル)にスポットライトを当ててみる。

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世界初のラグジュアリー・コンパクトSUVのコンバーチブル・モデルとうたって発表された新型「レンジローバー・イヴォーク・コンバーチブル」。上の2点はアメリカ市場向け2017年型のカタログ。2ℓ直列4気筒ターボ240馬力エンジンを積む。

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「The sun never sets on the mighty "JEEP"・・・'Jeep' PLANNING」のタイトルがついた冊子には、ジープのデザインと性能については、第2次世界大戦の戦場での何十億マイルにも及ぶ、知りうる最も厳しいテストで劇的に証明された。と、あり、軍用として開発された強力なジープは決して消えることはなく、民需用としての使い方について提案している。提案の主体は農作業に生かす使い方であるが、SUVとしての用途についても提案されている。しかし、SUVとしてはややスパルタンに過ぎ、やがて、多用性は備えるが、ジープよりマイルドなSUVが登場することになる。

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1961年型として発売された最初のインターナショナル・ハーベスター社製スカウト。ジープに匹敵するMPVとして作られたモデルだが、SUV的快適さも併せ持った最初のモデルであろう。1950年代の初期に経営陣に提案されたが、ボディー形状が複雑であったため、ツーリングコストがかかり過ぎるということで承認されなかったと言われる。1958年によりシンプルな形状で再提案し承認されたのがこのモデルで、当初の計画ではボディーは真空成型プラスチックを用いる予定であったが、コストが高く、スチール製に変更されている。

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1台のスカウトで4種類のボディースタイルに変更が可能であった。左はキャブトップを装着した状態。右側の絵は上から、キャブトップを取り外した状態。ドアウインドーを取り外し、ウインドシールドを前に倒した状態。そして両側に窓と、後部にリフトゲートを持ったトラベルトップを装着した状態。トラベルトップは簡単に脱着が可能であった。

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スカウトのサイズはホイールベース100in(2540mm)、全長154in(3912mm)、全幅68.6in(1742mm)、全高2WD:67in(1702mm)、4WD:68in(1727mm)、最低地上高2WD:9in(229mm)、4WD:9.3in(236mm)、車両重量2WD:3200lb(1451kg)、4WD:3900lb(1769kg)。エンジンはV8の右側バンクを利用した152cid(2491cc)直列4気筒86.9馬力「コマンチ」エンジンを積む。右上の絵のようにドアもヒンジのピンを抜くことで簡単に外すことができた。シート後ろのバルクヘッドはファミリーユースには、特に女性がクルマの選択権を持っていることが多く、不評であったため、1962年初夏にはバルクヘッド無しの「ウォークスルー」モデルが発売された。

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1966年型として新登場したスカウト800スポートップ。ファイバーグラス製ハードトップ及びソフトトップ・コンバーティブルの2モデルが設定されていた。フルホイールカバー、クロームのバンパー、巻き上げ式サイドウインドーなどでドレスアップされたSUVで、リアバンパーはテールゲートを開いたとき、背中に背負ったスペアタイヤが干渉しないよう、内側に大きく曲げられている。ソフトトップを折りたたんだ状態でも、テールゲートからの荷物の出し入れを妨げない構造となっている。152cid(2491cc)直列4気筒の「コマンチ」エンジンの出力は93馬力に強化され、オプションとしてターボ付き111馬力エンジンが設定されていたが、ターボエンジンは燃費が悪く、8月には196cid(3212cc)直列4気筒自然吸気の110.8馬力に変更されている。

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ジープ及びインターナショナル・スカウトに対するフォードの回答が、1965年8月に発売されたブロンコであった。表紙はワゴン。下側の絵はロードスターとワゴン。170cid(2786cc)直列6気筒105馬力(89馬力ネット)エンジンを積む。なお、1966年3月中旬以降、289cid(4736cc)V型8気筒200馬力(150馬力ネット)エンジンがオプション設定されている。サイズはホイールベース92in(2337mm)、全長152.1in(3863mm)、全幅68.8in(1748mm)、全高70.7in(1796mm)、ワゴン:71.4in(1814mm)、最低地上高7.35×15タイヤ:6.6in(168mm)、6.50×16タイヤ:9.3in(213mm)。リアサスペンションはリーフスプリング+リジッドだが、フロントはコイルスプリング+ラディアスロッド+リジッドの組み合わせであった。

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ブロンコのボディーバリエーション。上からロードスター、スポーツユーティリティそしてワゴン。全モデルとも3人掛けのベンチシートが標準装備され、オプションで、ロードスターにはドア(ガラスとフレーム付き又は無しが選択できた)、ビニール製ドアとプラスチック製窓付きコンバーティブルトップ、バケットシート、リアベンチシートが用意され、スポーツユーティリティにはバケットシートが用意され、スティールルーフトップは脱着可能であった。ワゴンにはバケットシートとリアベンチシートが装着可能であった。ワゴンのルーフトップとアッパーボディサイドは脱着可能であった。ロードスターとワゴンにリアベンチシートを取り付けた場合にはフロントシート後ろのバルクヘッドは取り外された。

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ブロンコの使い道。リクレーション、街乗り、牧場、いろいろな作業、そしてクロスカントリーラリーなどを紹介している。

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上の3点は1966年秋に登場した2代目ジープスター。初代は1948年に登場し1950年に生産終了したが、2WDのみで4WDモデルは生産されなかった。詳細はM-BASE「カタログとその時代 第20回」を参照されたい。エンジンは134.2cid(2199cc)直列4気筒75馬力を標準装備し、オプションで225cid(3687cc)V型6気筒160馬力も選択可能であった。トランスミッションは3速MTが標準で、V6エンジンには小型四輪駆動車初の3速「ターボ・ハイドラマチック」ATがオプション設定されていた。サイズはホイールベース101in(2565mm)、全長175.3in(4453mm)、最低地上高7.5in(191mm)。

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ジープスターと同時に発売されたジープスター・コマンド・シリーズ。左から時計回りに、ピックアップ、ステーションワゴン、ロードスター。すべてのモデルにバケットシートが標準装備され、ワゴンにはリアベンチシートが付く。クロームバンパーはオプションであった。エンジン及びトランスミッションはジープスターと同じであった。

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ロードスターのソフトトップ。上がステーションワゴンスタイルのフルトップで、ビニールのクォーター及びテールゲートウインドーが付く。リアベンチシートも装着可能であった。下はハーフトップ。

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フォード・ブロンコに対抗するためにシボレーから発売された1969年型シボレー・ブレーザー。ブロンコが新規に開発された小型車なのに対し、ブレーザーはフルサイズ・ライトトラックC-10のパーツを多用して作られている。上の写真は発売時に発行されたメイラーに載ったもので、オプションのFRP製トップ有りの状態と、無しの状態を見せている。1969年型では4WDモデルのみであったが、1970年型では2WDモデルが追加設定されている。エンジンは250cid(4097cc)直列6気筒155馬力(125馬力ネット)と307cid(5031cc)V型8気筒200馬力(157馬力ネット)が標準で、オプションで350cid(5735cc)V型8気筒255馬力(200馬力ネット)が設定されていた。トランスミッションは3速MTが標準で、4速MTと3速「ターボ・ハイドラマチック」ATがオプション設定されていた。サイズはホイールベース104in(2642mm)、全長177in(4496mm)、全幅79in(2007mm)、全高68.5in(1740mm)、ハードトップ装着時72.75in(1848mm)、最低地上高8in(203mm)。

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1969年型シボレー・ブレーザーのカタログ。1台でピックアップトラックだけでなく、いろいろな使い方ができることを訴求している。

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オプションを紹介する頁。FRP製ハードトップ、エアコン、パワーステアリング、パワーブレーキ、ラジオ、ヘビーデューティーサスペンション、ヘビーデューティークーリングシステム、フリーホイーリングハブ等が列記されている。シートはドライバーシートのみが標準装備され、助手席シート、3人掛けのリアベンチシート、ドライバーと助手席のバケットシートと物入れ用センターコンソールのセットなどがオプション設定されている。

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ブレーザーには工場オプションでソフトトップのコンバーティブルも用意されていた。上図の一番下の状態をサファリポジションと称している。

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ブレーザーのGMC版ジミー(Jimmy)。スペックはブレーザーと同じだが、フロントグリルが異なり、ブレーザーの2灯式に対し、ジミーは4灯式ヘッドランプを採用している。

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クライスラー社は四輪駆動車の開発に関しては常に先陣争いに加わっていたが、ことSUVに関しては後発で、1974年型としてダッジ・ラムチャージャーとプリムス・トレイルダスターを1974年3月に発売した。フルタイム4WDで標準装備はドライバーシートのみでトップレスの状態であった。オプションとして脱着可能なスチールトップまたはソフトトップ、助手席シート、3人掛けのリアベンチシート、広告のような氷を入れて冷やすクーラーボックス付きセンターコンソールなどが用意されていた。エンジンはV8のみで、318cid(5211cc)150馬力(全てネット値)、360cid(5899cc)175馬力、400cid(6555cc)185馬力、440cid(7210cc)235馬力の4機種が設定されていた。

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上の2点は1975年ダッジ・ラムチャージャーのカタログ。1975年型ではフロントサスをコイルスプリングの独立懸架とした2WDモデルが追加設定された。400cidのV8エンジンがカタログから落とされ、代わりに225cid(3687cc)直列6気筒105馬力(ネット)が設定されている。440cidエンジンは4WDモデルのみに搭載可能であった。サイズはホイールベース106in(2692mm)、全長184.6in(4689mm)、全幅79.5in(2019mm)、全高(ハードトップ装着時)72in(1829mm)、最低地上高7in(178mm)。ソフトトップはディーラー装着オプションであった。

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上の2点は1975年型プリムス・トレイルダスターのカタログ。オプションのスチールトップ及びソフトトップ装着車。ツートンカラー、フルホイールカバー、バンパーガード、ブライト・ローマウントミラー、ホワイトウォールタイヤ、ラジオはオプションであった。

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執筆者プロフィール

1937年(昭和12年)東京生まれ。1956年に富士精密機械工業入社、開発業務に従事。1967年、合併した日産自動車の実験部に移籍。1970年にATテストでデトロイト~西海岸をクルマで1往復約1万キロを走破し、往路はシカゴ~サンタモニカまで当時は現役だった「ルート66」3800㎞を走破。1972年に海外サービス部に移り、海外代理店のマネージメント指導やノックダウン車両のチューニングに携わる。1986年~97年の間、カルソニック(現カルソニック・カンセイ)の海外事業部に移籍、うち3年間シンガポールに駐在。現在はRJC(日本自動車研究者ジャーナリスト会議)および米国SAH(The Society of Automotive Historians, Inc.)のメンバー。1954年から世界の自動車カタログの蒐集を始め、日本屈指のコレクターとして名を馳せる。著書に『プリンス 日本の自動車史に偉大な足跡を残したメーカー』『三菱自動車 航空技術者たちが基礎を築いたメーカー』『ロータリーエンジン車 マツダを中心としたロータリーエンジン搭載モデルの系譜』(いずれも三樹書房)。そのほか、「モーターファン別冊すべてシリーズ」(三栄書房)などに多数寄稿。

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