三樹書房
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第35回 C項-3 キャディラック(3)1958~69年 
2015.10.27

(写真14-00) 1959 Cadillac Eldorado Biarritz
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今回は1959年からスタートする。この年の「キャディラックのテールフィン」は50年代次々と派手になってきた各社との競争の最後を飾る打ち上げ花火で、自動車スタイリングの歴史上に残るド派手なものとなった。戦後市販されたアメリカ車で、常識破りの外見でアッ!と驚かせたものを3つ上げれば1950年スチュードベーカーのジェット戦闘機のノーズのようなグリル、1950年ビュイックのはみ出した前歯、それに続くのがこのテールフィンだ。打ち上げ花火と言ったのはキャディラックだけではなく、他のメーカーも60年代に入ると一気に下火となってしまったからだ。

最後となった1959年キャディラックの空前絶後のテールフィンをたっぷりご覧いただくため、その前にこの年のシリーズの全貌をまず書き出してみた。
「6200・62」4dr Sedan(4/6窓)、2dr Coupe/ Conv.(スタンダード・シリーズ4種)
「6300・62 deVill」4dr Sedan (4/6窓)、2dr Coupeのみ (62のデラックス版3種)
「6400・Eldorado」2dr Hardtop(Seville)、2dr Conv.(Biarritz)(上級シリーズ2種)
「Sixty Special・Fleetwood 60S」4dr Sedan (スペシャル・シリーズ1種)
「6700・Fleetwood 75」4dr Sedan/Limousine (ロング・ホイールベース2種)
「6900・Eldorado Brougham」4dr Hardtop(特別仕様1種)
以上の6シリーズがあり 組み合わせで13種のバリエーションが造られた。(因みにキャディラックのカタログモデルにはステーションワゴンは出て来ない。)

(写真14-1ab)1959 Cadillac 62 4dr 6-window Sedan (1960年 港区内にて)
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最初に登場するのは最もポピユラーの標準型で、窓の数え方はリア・ドアの後の小さい窓も1枚と数える。場所は赤坂見附から青山通りを500メートル程行って斜め左に曲がった所で、赤坂小学校の正門前だが、この学校も今はもう無くなってしまったようだ。

(写真14-2ab) 1959 Cadillac 62 4dr 6-window Sedan (1960-01 日比谷通りにて)
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僕はモノクロ時代に撮った約1万5千枚については殆ど撮影場所とその時の状況を覚えているが、この写真については場所が思い出せない。前のコマが日比谷の「帝国ホテル」の前で、後が新橋の「第一ホテル」横なので、日比谷通りで元「日本放送協会」(NHK)のあった内幸町辺りではないかと推定した。

(写真14-3ab) 1959 Cadillac 62 Coupe (1990-01 汐留ミーティング)
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アメリカでは当たり前のように走っていただろうが昭和30年代の日本ではこんな派手なキャディラックは見たことは無かった。と言う訳で、写真の車は後年イベントで撮影したものだ。場所は"汽笛一声新橋を"で知られる鉄道発祥の地「新橋駅」に隣接していた汐留操車場の跡地が空地になっていた当時で、現在は「都営大江戸線」や「ゆりかもめ」が走り「日本テレビ」を含む一大ビジネス街となっている。(参考) 操車場とは貨車を途中の目的駅で切り離すため順番に並べ替える作業を行う場所で、緩い傾斜の付いた一本の本線から扇状に枝分かれした目的地毎の支線に仕分けるため、広大な敷地は先が広がった形をしている。


(写真14-4ab) 1959 Cadillac 62 Convertible (2001-05 イタリア・モンツァ・サーキット内)
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こちらはイタリアで捉えたキャディラックだ。イタリア人はアメリカ車にはあまり関心が無いのか、僕は何回もイタリアに行って少なくとも2~3000枚は写真を撮っているが、今回調べたら後にも先にもアメリカ車はこのキャディラックしかなかった。場所はミラノ郊外のF1レースでも知られる「モンツァ・サーキット」で、コースの内側は雑木林の緑地帯と駐車場になっている。

(写真14-5ab) 1959 Cadillac 62 Convertible (1985-01 明治公園/2015-08 神奈川県厚木市)
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元は真っ赤だったこの車はピンクにお化粧直しをして1985年のイベントに登場した。現在は本厚木のレストラン「グッゲンハイム・マフィア」の店内に展示されレトロな雰囲気でお客の目を楽しませている。


(写真14-6ab) 1959 Cadillac 62 Sedan de Ville 6-window (1961-03 横浜・元町商店街にて)
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62シリーズにはデラックス版「ド・ヴィル仕様」がサブ・シリーズとして存在する。外見は殆ど同じでフェンダーの最後尾に「Sedan de Ville」の文字が入っているのが唯一の識別点だ。場所は横浜でも人気の「元町商店街」だが、今から50年以上前の昭和30年代 は一寸したその辺りの駅前商店街と変わらない。

(写真14-7a)1959 Cadillac 62 Sedan de Ville 4-window ( 虎の門ニューエンパイア・モータース)
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こちらは前の写真と同じシリーズだが4窓仕様だ。リアウインドウが大きく回り込んだ「パノラミック」仕様になっているので通常の6窓仕様の最後尾(6つ目)のスペースが取れず4窓となった訳だ。停車している虎ノ門のニューエンパイア・モータースはフォードのデーラーだがアメリカ大使館が近いせいか色々なアメリカ車がよく停まっていた。

(写真14-8abc) 1959 Cadillac Fleetwood 60 Special 4dr Sedan (1959年 羽田空港)
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ナンバープレートが青いのは大使館の車で、しかも「外」の字が○で囲まれているのは大使の専用車であることを示している。多分アメリカ大使館の車だと思うが、撮影した時は発表されたばかりのピカピカの新車でさすがは大使館だ。「60スペシャル」はフリートウッドが専任でボディを手掛けてきたが、外見上一番の特徴はリアエンジンでもないのにサイドに空気取り入れ口が付いている所だ。後に見える「穴守稲荷」の鳥居からも判るように場所は羽田空港である。

(写真14-9ab) 1959 Cadillac Eldorado Seville 2dr Hardtop (1981-01 明治公園)
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数年前までは特別仕様だった「エルドラド」は「ブルーアム」を除いてその他は一般シリーズに組み込まれた。しかし上級モデルである事には変りなくその特徴は「別仕様のホイール」「ボディの下からテールを経て窓下から先端まで続くクロームライン」「テールランプ内のv字金具」(他車は+字金具)「フロント・アーチの後のELDORADOの文字」(この車は欠損)などに見られる。 このシリーズの特徴は屋根付きを「セヴィル」と呼び、次に登場するオープン・モデルを「ビアリッツ」と車名の上で呼び分けていることで、「セヴィル」にオープンはなく、「ビアリッツ」のクーペも無い。


(写真14-10a~d) 1959 Cadillac Eldorado Biarritz 2dr Convertible (2007-06 グッドウッド)
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こちらはエルドラドのオープン版「ビアリッツ」で、イギリスで開かれたイベントだが多数のアメリカ車が集まった中の1台だ。今では洒落たオープンは4シーターが常識だが、この当時のアメリカ車はベンチシートなので3人×2列で6人乗りだった。前に触れたようにトップを上げればセダンと同じように雨風を避ける車にコンバートできるのが「コンバーチブル」だ。この写真が色といい、形と言い最後の打ち上げ花火の打ち止めの一発だ!。

(写真15-1a)1960 Cadllac 62 2dr Hardtop Coupe (1966-07 フジ・スピードウエイ)
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1960年になると去年まで史上最大の飾り付けを競っていたキャディラックのテールランプは、憑き物が落ちたようにパタリと影を潜めた。写真の車は趣味性の高い2ドア・クーペで、場所は富士スピードウエイの駐車場に入ろうとしている。この日はアメリカの「インディ500」が日本にやって来て富士のコースを走ったが当時のインディは楕円コースを走るだけだったので、左右が非対象だったり、オイルの取り出し口が遠心力のかかる外側にあり反対カーブもある一版コースではオイル切れを起こしたりで期待のドライバーの何人かは出走しなかった。


(写真15-2ab) 1960 Cadfillac 60 Special 4dr Sedan  (1962-04 渋谷東急本店通り)
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前の年がごちゃごちゃしていたから余計にすっきりしたように感じるが、羽の上縁が殆ど直線になったのも上品さを増してキャディラックにふさわしいように感じる。その所為かこのモチーフがスタンダードとなってこのあと数年はずっとこの形が続く。(実はこの年からデザイン担当重役がハリー・アールからビル・ミッチェルに変った)場所は渋谷の東急本店通りを駅に向かっていく途中で、まだビルらしい建物は見当たらない。

(写真15-3a~d)1960 Cadillac Fleetwood 75 Limousine (1961-03 横浜港大桟橋)
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写真の車はリムジン仕様でアメリカ大使の公用車だ。写真を撮ったのが61年3月だから毎年換えているとすれば61年型はまだ入っていなかったのだろうか。この日はマッカーサー元駐日大使が任期を終えて船でアメリカへ帰国すると言うので各国の要人が多数見送りに来ていた。僕はその人たちが乗ってくる自動車を目当てに仕事を休んで横浜港の大桟橋に居た。港ではキャディラックのリムジンは1台しか居なかったが、後任大使とマッカーサー夫妻はいくらリムジンと言ってもまさか一緒に乗って来ることはないでしょうね。やがてセレモニーが終わり夫妻を乗せた「プレジデント・クリーブランド号」は黒煙を吐きながら出港して行った。

(写真16-1ab) 1961 Cadillac Fleetwood 60 Special 4dr Sedan (1966-05 富士スピードウエイ)
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ホンダが日本初の本格的なレースコースを三重県の「スズカ」に完成させた1963年5月、第1回日本グランプリが開催され、続いて翌1964年第2回も「スズカ」で行われた。そして第3回は1年置いた1966年新装なった「富士スピードウエイ」で開かる事になった。(ここで言う「日本グランプリ」は現代のF1とは関係ない)このコースの第1コーナーは富士山に因んだ「須走落とし」と呼ばれるテストコースの様な急傾斜を持っていたがコースから飛び出す死亡事故があってから改修され現在は無い。

(写真17-1ab) 1962 Cadillac Fleetwood 60 Special 4dr Sedan (1962-07 銀座3丁目)
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車の外見の変化は少ないが60スペシャルはクオーターパネルに短い縦線の飾りと、トランクの中央にV形のエンブレムが無い代わりに右下にFleetwoodの文字が入る。場所は銀座3丁目カネボウ横。

(写真17-2a) 1962 Cadillac Fleetwood 60 Special 4dr Sedan (1962年 港区・赤羽橋にて)
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車は前と同じ60スペシャルだが、背景に面白いものが写っている。場所は東京タワーから慶応大学方面に向かう桜田通りの赤羽橋交差点で、ここでは都電も十字に交差していた。中央に見える見張塔は都電のポイントを切り替えるための物で系統が分かれる交差点には必ずあり、向こうから来る電車の番号を見て転轍手(ポイントを切り替える人の事を日本語では「てんてつしゅ」といった)が始発から終電まで一日中手動で作業していた。ここは5つの系統が通過していたが、左から来ている⑧番がここで左折するので切り替えが必要となる。この塔を見て懐かしく思うのは昭和40年以前に東京で生活した経験のある方だろう。

(写真17-3a) 1962 Cadillac Coupe Special Jacqueline by Pininfarina (2010-08 コンコルソ・イタリアーノ/カリフォルニア)
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(参考17-3b) 1968 Peugeot 204 Cabriolet Grand Luxe by Pininfarina (2003-01 レトロモビル)
17-3b (03-12-35) 1968 Peugeot 204 Cabliolet Grand Luxe - コピー.jpg

1960年11月ジョンFケネディが合衆国第35代大統領に当選すると、ファストレディとなった「ジャクリーン」はファッションリーダーとして全米の注目の的となった。1961年のパリサロンでピニンファリナのブースに登場したキャディラックのショーモデルはその人気にあやかって「ブロアム・クーペ・ジャクリーヌ」と名付けられた。この車のスタイルはその後の60年代のキャディラックに影響を与えたとされているが、どこがその部分かは僕にはよくわからない。どこかで見た事があるような気がしたが実は1965年発表され76年まで大量に造られた「プジョー204」の顔とは親子ほど似ている。「キャディラック・ジャクリーヌ」はワンオフの貴重な車だが僕がこの写真を撮った時は正直そんな凄い車とは気が付かず、「変なキャディラック」くらいにしか思わなかったので1枚しか撮っていない。(痛恨の極み!)


(写真18-1ab)1964 Cadillac Fleetwood 60Special 4dr Sedan(1969-11 東京オートショー/晴海)
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18-1b    226-35 1964 Cadillac 60 Special Fleetwood 4dr Hardtop Sedan.jpg

この写真は11月「第11回東京オートショー」の駐車場で撮影したものだが、10月には「第15回東京モーターショー」が開かれている。国産車はまだ「外車」と同時にショーでお披露目するだけの自信が持てなかったのか、業界の折り合いが付かなかったのかは、部外者の僕には判らないが2回会場に足を運ぶことになる。当時東京近辺で広い展示場は晴海の貿易センターしか無かったからここは何度も通った所だ。

(写真18-2ab) 1964 Cadillac Fleetwood 75 Limousine (1977-01 東京プリンスホテル)
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この日は贅沢にも75のリムジが2台並んだ。テールフィンはやや小さくなったとは言え、殆ど前年と同じ形ですっきりしている。リムジン(75シリーズ)だけの特徴は屋根の切欠きで、ドアを開けると屋根の一部までオープンする。それはVIPが正装した場合、山高帽(シルクハット)で乗りこむ際のスペース確保という事になっているが、日本では結婚式で花嫁さんの文金高島田が恩恵を受けている。


(写真19-1ab) 1965 Cadillac Fleetwood 60 Special (1973-03 横浜市内)
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19-1b      270-09 1965 Cadillac 60 Special Fleetwood 4dr. Sedan.jpg

・今年からシリーズの編成が変わった。
「682 Calais(カレー)」 4dr Sedan/Hardtop Sedan、2dr Hardtop Coupe  (旧62),
「683 de Ville」4dr Sedan/Hardtop Sedan、2dr Hardtop Coupe /Conv. (旧62 de Ville) 
「684 Fleetwood-Eldorado」2dr Conv. (旧Eldorado Biarritz)
「680 Fleetwood-60 Special」4dr Sedan (変わらず)
「697 Fleetwood-75」4dr Sedan/Limousine (変わらず) 

今年からヘッドライトが縦四ツ目となった。テールフィンは去年まではフェンダーから薄いフィンが生えている感じだったが、今年は厚みが増えてフェンダーと一体になった。しかしテールランプは途中まででフィンとは別に独立している。

(写真20-1abc)1966 Cadillac Fleetwood Brougham 60Special 4dr Sedan (1966-07 表参道)
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20-1c (161-33) 1966 Cadillac Fleetwood Brougham 4dr Sedan.jpg

グリルは基本的には前年と大差なく中央に太いラインが一本入り格子の目が少し粗くなった程度だ。(グリル内のドライビング・ランプはオプション)テールフィンについて言えば横から見た場合はほぼ一直線で全く消滅したかのように見えるが、後ろから見るとトランクが低いので明らかに山なりの突起は存在する。テールランプの外枠の金具が下から上の先端まで一体となったので、フィンと言うよりもフェンダーの延長に見える。場所は表参道でJR原宿駅と明治通りの中間辺り。この辺りは珍しい車が多い事と、背景が絵になるのでよく足を運んだ場所だ。

(写真21-1ab)1968 Cadillac Fleetwood Brougham 4dr Sedan (1969-11 東京オートショー晴海)
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1958年以降横幅一杯に拡がっていたキャディラックのラジエター・グリルは、今年から再び以前の面影を取り戻した。グリル内の細かい格子も伝統を引き継いだものでこれぞキャディラックだ。全体の印象は何年も前に戻ったようでもあるが重厚感を持たせるという意図があったのだろうか。場所は晴海のオートショー駐車場で、当時の僕は会場に付くとまず駐車場に珍しい車は来ていないか目を皿のようにしてひと回りしてから入場する。会場をすべて撮影し終わったあと、もう一度駐車場を見てから帰るのがお定まりだった。この頃はまだ「自動車ショーに車では来ないでください」と言われる前の話だ。


(写真22-1ab) 1969 Cadillac Convertible de Ville (1982 01 神宮絵画館前)
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細かい網目を太めの格子で仕切るのは「メルセデス・ベンツ」のグリルでお馴染みだがベンツの場合縦は中央1本だけで、4角い格子状は1962年の「スチュードベーカー・ラーク」に見られた。写真のこのパターンはキャディラックでは1955年が一番近いように思う。フロント・フェンダーの先端がフィン状になっているのは1960年代初めからリンカーン・コンチネンタル採用していた。


(写真22-2ab)1969 Cadillac Fleetwood Eldorado 2dr Hardtop Coupe (1977-10 千葉市内にて)
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1966年GMでは初の前輪駆動スポーティ・モデルとしてオールズモビルの「トロネード」を発表した。このコンポーネントを使った姉妹車として、翌67年からは「キャディラック・エルドラード」が誕生した。シリーズとしては「フリートウッド」のサブ・シリ-ズの扱いで、2ドア・ハードトップの1タイプのみ。67~68 年はヘッドライトがリトラクタブルでグリル内に収納されたが69年からは固定式になった。一般モデルとの一番の違いはテールが斜めに切り落とされよりスポーティさが強調されていることだ。

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今回もモノクロ写真が多く現役で活躍していた当時撮影したものなので、説明も車より背景や当時のエピソードが重点となった。当時の状況を知って頂きたいという思いもあったが、裏を返せば60年以降のアメリカ車については、形の面白さが少なく説明の材料が見つけにくかったせいもある。僕にとってのアメリカ車は1950年代止まりで60年を過ぎてからは徐々に興味が薄くなり撮影枚数が減って行った。その中ではキャディラックは長く撮り続けた車だ。
次回は「C」から始まるケイターハム、チェッカーなどあまり大きくないメーカーが続きます。

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第59回 F項-3(英国フォード)
モデルY、アングリア、エスコート、プリフェクト、
コルチナ、パイロット、コンサル、ゼファー、ゾディアック、
コンサル・クラシック、コルセア、コンサル・カプリ、

第58回  F項-2 フランクリン(米)、フレーザー(米)、フレーザー・ナッシュ(英)、フォード(仏)、フォード(独)

第57回 F項-1 ファセル(仏)、ファーガソン(英)、フライング・フェザー(日)、フジキャビン(日)、F/FⅡ(日)

第56回 E項-1 エドセル、エドワード、E.R.A、エルミニ、エセックス、エヴァ、エクスキャリバー

第55回  D項-8 デューセンバーグ・2

第54回 D項-7 デューセンバーグ・1

第53回  D項-6 デソート/ダッジ

第52回 D項-5 デ・トマゾ

第51回 D項-4 デイムラー(英)

第50回 D項-3 ダイムラー(ドイツ)

第49回  D項-2 DeDion-Bouton~Du Pont

第48回 D項-1 DAF~DeCoucy

第47回 C項-15 クライスラー/インペリアル(2)

第46回 C項-14 クライスラー/インペリアル

第45回 C項-13 「コルベット」

第44回 C項-12 「シボレー・2」(1950~) 

第43回 C項-11 「シボレー・1」(戦前~1940年代) 

第42回  C項-10 「コブラ」「コロンボ」「コメット」「コメート」「コンパウンド」「コンノート」「コンチネンタル」「クレイン・シンプレックス」「カニンガム」「カーチス]

第41回 C項-9 シトロエン(4) 2CVの後継車

第40回  C項-8シトロエン2CV

第39回  C項-7 シトロエン2 DS/ID SM 特殊車輛 トラック スポーツカー

第38回  C項-6 シトロエン 1 戦前/トラクションアバン (仏) 1919~

第37回 C項-5 「チシタリア」「クーパー」「コード」「クロスレー」

第36回 C項-4 カール・メッツ、ケーターハム他

第35回 C項-3 キャディラック(3)1958~69年 

第34回  C項-2 キャディラック(2)

第33回 C項-1 キャディラック(1)戦前

第32回  B項-13  ブガッティ(5)

第31回 B項-12 ブガッティ (4)

第30回  B項-11 ブガッティ(3) 

第29回 B項-10 ブガッティ(2) 速く走るために造られた車たち

第28回 B項-9 ブガッティ(1)

第27回 B項-8 ビュイック

第26回 B項-7  BMW(3) 戦後2  快進撃はじまる

第25回 B項-6 BMW(2) 戦後

第24回  B項-5   BMW(1) 戦前

第23回   B項-4(Bl~Bs)

第22回 B項-3 ベントレー(2)

第21回 B項-2 ベントレー(1)

第20回 B項-1 Baker Electric (米)

第19回  A項18 オースチン・ヒーレー(3)

第18回  A項・17 オースチン(2)

第17回 A項-16 オースチン(1)

第16回 戦後のアウトウニオン

第15回  アウディ・1

第14回 A項 <Ar-Av>

第13回  A項・12 アストンマーチン(3)

第12回 A項・11 アストンマーチン(2)

第11回  A項-10 アストン・マーチン(1)

第10回 A項・9 Al-As

第9回 アルファ・ロメオ モントリオール/ティーポ33

第8回 アルファ・ロメオとザガート

第7回 アルファ・ロメオ・4

第6回 アルファ・ロメオ・3

第5回 アルファ・ロメオ・2

第4回  A項・3 アルファ・ロメオ-1

第3回  A項・2(Ac-Al)

第2回  「A項・1 アバルト」(Ab-Ab)

第1回特別編 千葉市と千葉トヨペット主催:浅井貞彦写真展「60年代街角で見たクルマたち」開催によせて

執筆者プロフィール

1934年(昭和9年)静岡生まれ。1953年県立静岡高等学校卒業後、金融機関に勤務。中学2年生の時に写真に興味を持ち、自動車の写真を撮り始めて以来独学で研究を重ね、1952年ライカタイプの「キヤノンⅢ型」を手始めに、「コンタックスⅡa」、「アサヒペンタックスAP型」など機種は変わっても一眼レフを愛用し、自動車ひとすじに50年あまり撮影しつづけている。撮影技術だけでなく機材や暗室処理にも関心を持ち、1953年(昭和28年)1月には戦後初の国産カラーフィルム「さくら天然色フィルム」(リバーサル)による作品を残している。著書に約1万3000余コマのモノクロフィルムからまとめた『60年代 街角で見たクルマたち【ヨーロッパ編】』『同【アメリカ車編】』『同【日本車・珍車編】』『浅井貞彦写真集 ダットサン 歴代のモデルたちとその記録』(いずれも三樹書房)がある。

関連書籍
浅井貞彦写真集 ダットサン 歴代のモデルたちとその記録
60年代 街角で見たクルマたち【ヨーロッパ車編】
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