三樹書房
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第64回 スパ・ヒストリックカーレース
2015.9.29

9月18日から20日に、ベルギーのスパ・フランコルシャンサーキットで、ヒストリックカーレースが行われた。その中の≪マスターズ70sレース≫に、日本から2台のマツダR100(ファミリアロータリークーペ)を持ち込まれた愛知県在住の加藤仁さんのチームに現地で合流した。この2台は、1970年のスパ・フランコルシャン24時間レースに出場したR100のレプリカで、マスターズ70sレースでコース上を走る姿はまさに当時をそのまま再現したかのようだった。加藤さんのR100とスパにかける情熱により実現した今回のイベントに、初期のロータリーエンジン(RE)開発に従事した一人として言葉では表せない喜びを感じるとともに、改めてヨーロッパにおけるモータースポーツ、クルマ文化の奥深さと幅の広さを痛感した。今回はそのイベントと、1970年前後のマツダのレース活動の概要をお伝えしたい。(今回の写真の多くはMZRacingのご厚意による)

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マスターズ70sレース
今回のマスターズ70sレースのスケジュールは、9月17日がプラクティス、18日に予選、20日に40分のレースが行われた。プラクティスには排気音が103dbという規制があり、2台のR100はいずれもそれを超えたため出走出来ず、予選が初めての走行になった。上から2番目のテント前の2台と4人のドライバーの写真は、133号車の右が愛知県在住の医師加藤仁さんと、ロータリーエンジン搭載車専門のメンテナンスガレージを経営する杉山栄一さん、31号車の左が加藤さんの友人としてプライベートで参画したマツダ(株)執行役員デザイン本部長前田育男さんと、ベルギーの自動車専門誌(Le Moniteur Automobile)の編集長Xavier Daffeさんだ。

20日の40分の本番レースはハーフウェットのコンディションの中でスタート、133号車は加藤仁さんが序盤からマイペースで周回を重ね、第一コーナーで一度スピンを喫するものの、無事完走した。31号車は第一ドライバー(前田さん)が高速コーナーでスピン、クラッシュパッドにノーズをヒット、前部を破損したが、走行は可能で、第二ドライバーのXavier Daffeさんにバトンタッチすることが出来た。31号車は周回数が不足し完走にはならなかったが、2台とも独特のロータリーサウンドを響かせながら、あたかも1970年当時を想起させるような走りを再現、無事レースを終了した。最後の集合写真は、ベルギーマツダが準備してくれたトレーラーハウス&テントにおける133号車と31号車、そしてチームメンバーに加えて、ベルギーのマツダ愛好者が持参してくれたレストアーされたR100だ。

レースの動画として以下のyoutubeもご参考までに。
https://www.youtube.com/watch?v=M1xXZ5QZUiM

以下はMZRacingの了解を得た上での引用だが、一言加藤さんとR100の結びつきに関して述べておきたい。加藤さんは青年時代からファミリアロータリークーペでモータースポーツに参画、1970年のスパ24時間レースの結果を知り、以来「いつか自分もR100でスパを走ってみたい」と夢見るようになった。その後10A型ロータリーエンジンに自分で手を加えながら、当時のレース用ユニットと同じ仕様にチューニング、国内のヒストリックカーレースに何度か出場してマシンの信頼度をあげた。そしてもう一台同仕様のR100を入手し、40年以上にわたって夢見てきたスパ・フランコルシャンに出場できる準備が整い、本年のスパ・クラシックレース(9月17日から20日)に2台で出場することになった。

プライベートのオーナーの方がこのようにロータリーエンジン車を愛し、スパへの挑戦を夢見られ、遂にその夢を達成されたことは、私にとっても言葉には表せない喜びであり、この場を借りて感動を与えて下さった加藤さんに心からお礼を申し上げたい。


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マスターズヒストリックレーシング
『マスターズヒストリックレーシング』というイギリスに本拠を置くレーシングオーガナイザーは、今年は年間17回のヒストリックカーレースをイギリス、スペイン、イタリア、ドイツ、オランダ、ベルギー、フランス、メキシコ、そしてアメリカで開催している。今回のスパにおけるイベントは、108台ものGTP、GTS、CTクラスのクラシックカーが出場した≪スパ6時間耐久レース≫を核に、≪ヒストリックフォーミュラ1チャンピオンシップ≫(出場30台)、≪ヒストリックスポーツカーチャンピオンシップ≫(56台)、≪プリ66ツーリングカーチャンピオンシップ≫(23台)、≪マスターズ70s、ヒストリックツーリングカー、DRM Klassix Pokal≫(32台)などのレースなどが行われた。マスターズ70sのクルマの中には、ポルシェ(3台)、アストンマーチン(2台)、アルファロメオ(3台)、フォード、BMW、サンビーム、ボクゾール、ローバー、トライアンフのほかにマツダ(3台、うち1台はベルギーから参加のRX-3)、日産240Zなどがあった。また参加ドライバーの国別の比率を見てみると、ほとんどのカテゴリーでイギリス人が半数以上を占ており、イギリスにおけるモータースポーツ文化の歴史とイギリス人のモータースポーツへの情熱の深さをいみじくも示していると言っていいだろう。


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1970年前後のマツダのレース活動
上記の写真は1970年のスパ24時間レースのものだが、ここで簡単に1970年前後のマツダのレース活動を振り返ってみよう。REの開発が進み、1967年に初めて市販されたのがコスモスポーツで、当時マツダではREの性能と信頼性を実証する重要なイベントとしてルマンも含む耐久レースを視野に入れた。まず選択したのは1968年のニュルブルクリンク84時間レースで、このレース用のエンジンの開発には長年マツダのモータースポーツ用エンジン開発の中核となる松浦国男さんとともに私もかかわった。この時の10A エンジンは低速ではサイドポート、高速ではペリフェラルポートから吸気するコンビネーションポートで、出力は84時間レースということから耐久性を考慮して130ps/7000rpmにおさえたものだった。2台のうち1台は81時間目にリタイヤするが、もう一台のベルギー人がドライブするコスモスポーツが84時間を走りぬき、総合4位に入賞した。

一方で1968年7月にファミリアロータリー(R100)が発売され、モータースポーツの主力車種もファミリアロータリーになった。エンジンはコスモスポーツと同じ10Aだが、レース用はペリフェラルポートの採用により200ps近い出力となった。デビューレースの69年4月のシンガポールGPで総合優勝をかざり、7月にはスパ・フランコルシャン24時間レースに3台のR100で挑戦、4台のポルシェ911に次ぎ、5位と6位でフィニッシュ、続く8月のニュルブルクリンクの24時間レースでも総合5位に入賞した。

翌1970年には更に高性能化されたR100が登場、6月のRACツーリストトロフィーでは総合8位、7月の西ドイツツーリングカーレースでは総合4位を獲得、同じく7月のスパ・フランコルシャン24時間レースに駒を進めた。4台のR100はスタートから快調に飛ばし、12時間後には片山義美/武智俊憲組のR100がトップに立ち、残りの3台も3,4,8位となった。BMWとデッドヒートを展開、21時間目まで1,3,5位をキープしたが、その後相次いでエンジントラブルでリタイヤ、最後の1台(R.エネヴァー、J.ハイン組)もフィニッシュラインの手前で55分間も止めさせ、24時間直前にフィニッシュラインを超えることにより、かろうじて5位入賞となった。

このエンジントラブルの原因は、オーバーフェンダーに対するオフィシャルからのクレームにより、レース直前にフロントタイヤを幅の狭いものに変更せざるを得なくなったため、コーナリングスピードが低下、それをカバーするためにエンジン回転限界を8000rpmから8500rpmに上げたため、エンジンの固定ギヤが24時間もたずに破損したものだ。もしもレース直前にフロントタイヤのサイズダウンを強いられなければ、総合優勝も夢ではなかったようだ。

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68年、69年のニュルブルクリンク84時間レース、69年、70年のスパ・フランコルシャン24時間レースの経験は、81年の初代RX-7によるスパ・フランコルシャン24時間レースでの総合優勝、79年、82~93年のデイトナ24時間レースにおけるIMSA GTUクラス優勝、更には91年のルマン24時間レースでの優勝などへの大きな弾みになっただけではなく、ロータリーエンジンへの関心と信頼感の醸成に大きく貢献した。

現在マツダのモータースポーツ活動はアメリカのユーザー参画型モータースポーツの領域でダントツのシェアーを誇っており、新型ロードスターの導入を期に日本も含む世界のユーザー参画型モータースポーツが一段と加速されることを期待するとともに、遠からずルマンなどへの挑戦が復活することを念じてやまない。

上の写真は6月25日から28日までイギリスのGoodwoodで行われた≪グッドウッド フェスティバル オブ スピード≫に展示されたスカルプチャーにかかげられたルマン優勝車787Bと、グランツーリスモ6用のキャラクター マツダLM55の実寸大のモデルで、マツダのルマンへの更なる挑戦を暗示しているかのようだ。

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執筆者プロフィール

1941年(昭和16年)東京生まれ。東洋工業(現マツダ)入社後、8年間ロータリーエンジンの開発に携わる。1970年代は米国に駐在し、輸出を開始したロータリー車の技術課題の解決にあたる。帰国後は海外広報、RX-7担当主査として2代目RX-7の育成と3代目の開発を担当する傍らモータースポーツ業務を兼務し、1991年のルマン優勝を達成。その後、広報、デザイン部門統括を経て、北米マツダ デザイン・商品開発担当副社長を務める。退職後はモータージャーナリストに。共著に『マツダRX-7』『車評50』『車評 軽自動車編』、編者として『マツダ/ユーノスロードスター』、『ポルシェ911 空冷ナローボディーの時代 1963-1973』(いずれも三樹書房)では翻訳と監修を担当。そのほか寄稿多数。また2008年より三樹書房ホームページ上で「車評オンライン」を執筆。

関連書籍
ポルシェ911 空冷・ナローボディーの時代 1963-1973
車評 軽自動車編
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