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第34回 1950年代のアメリカンドリームカー(3)
2015.5. 7

 GM及びクライスラー社のドリームカーを紹介してきたが、今回は先の2社より少し遅れて1953年から登場したフォード社による1950年代のドリームカーを紹介する。
 フォードXL-500を皮切りに多くのフルサイズモデルが登場したが、同時に多くの3/8スケールモデルも公表されたので、代表的なモデルを併せて紹介する。また、1950年代から1960年初めに描かれた21世紀のクルマを中心としたライフスタイルの想像図も何点か紹介する。

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上の3点は1953年にリンカーン・マーキュリー部門から発表されたXL-500。赤(スカーレット)色のファイバーグラスボディーにプレキシグラスルーフを持つ、全長5493mm、全幅2070mm、全高1446mm、ホイールベース3124mmのスポーティーモデル。2分割型のフロントグリルとバンパー、アーチ型のリアフェンダー、そしてアーチ後方にはテールフィンが付く。内装は赤と白のレザーでまとめられ、ステアリングホイール中央のハブにはAT操作用のプッシュボタンが縦1列に並び、ホーンリングは消えて、ホーンスイッチはフロアに移されている。ワーニングランプ類はドライバー前面のウインドシールド上部に装着されている。ウインドシールドの上部中央から前方に突き出しているのは自動車電話用アンテナで、電話使用時には自動的に立ち上がる。また、ディクタフォン(dictaphone:口述を録音し再生するテープレコーダ)も装備していた。エンジンはリンカーンの205馬力V8を強化したものが搭載され、スピードメーターのフルスケールは150mph(241km/h)。電動のビルトインジャッキも装着している。(Photos:Ford Motor Company)

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上の3点は1954年に登場したフォードX-100。このモデルは1953年の秋も終わるころ、英国とフランスで最初に紹介された。当時はスタイリングモデルで名前も「フォード195X」と呼ばれており、その後、50を超える新しい試みが織り込まれた実験車として仕立てられて「フォードX-100」となった。新しいリンカーンコンチネンタルのプロトタイプではないかと噂されていたが、それは違うし、量産の予定もないと広報資料ではっきり否定している。
スチールとアルミで造られた全長5611mm、全幅2064mm、全高1445mm、ホイールベース3124mmの車体に300馬力エンジンを積む。車両重量は2676kgあり、その内302kgは約13kmに及ぶ電線で接続される電装品が占めていた。24個のモーター、44本の真空管、50個の電球、92個のスイッチ類、29個のソレノイド、53個のリレー、23個のサーキットブレーカーを12Vの電源で作動させていた。エンジン停止状態で電気的な仕掛けのデモンストレーションを行うため、ビルトイン式バッテリーチャージャーを装備していた。

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テストコースを疾走するX-100。透明な電動スライディングルーフはルーフ後部の内側に収納されている。オープンの状態で無人で駐車中に雨が降り出した時には、雨滴センサーによって自動的にルーフとドアガラスは閉じる仕掛けになっている。控えめだがテールフィンもついている。4個の電動ジャッキを内蔵しており、ドアの開閉はプッシュボタンで行なう。(Photo:Ford Motor Company)

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フォード博物館に展示されているX-100。フォードでは1952年型からリンカーン、マーキュリーにバンパーグリルのフロントデザインが導入され始めたが、X-100では大胆なバンパーグリルが取り入れられている。ワイパーブレードが4本あるのが分かるだろうか。後方に見える水色のクルマは、1950年代中ごろに造られた安全実験車「サバイバルカー 1」。

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上の3点は1954年に発表された「リンカーン フューチュラ(Lincoln Futura)」。製作費25万ドル(当時の換算レート、1ドル:360円で9000万円)と言われる実験車で、全高わずか1341mmのツインプレキシグラスドームを持つ2シーターモデル。300馬力のV8エンジンにプッシュボタン式ターボドライブATを積む。トランクリッドには円形のラジオアンテナが装着され、中央には後続車の警笛をキャッチするマイクロフォンが付く。このクルマはその後、ハリウッドのプロデューサーの目に留まり、改造されて1966年から1969年にかけて米国で放送されたテレビドラマ「バットマン」で、初代「バットモービル」として活躍した。(Photos:Ford Motor Company)

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ヘッドランプ周りとテールフィンのデザインに「フューチュラ」の影響が見られる1957年型リンカーン。

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1954年3月、シカゴオートショーに登場した「フォードFX-アトモス(FX-Atmos)」。FXは「future experimental」、Atmosは「atmosphere(大気、雰囲気)」で、制約のない自由な発想でまとめられたモデルを意味する。生産技術的な配慮は無視して、純粋に未来のクルマのスタイルを追求したもので、自走はできなかった。パールホワイトのプラスチックボディーには、アクセントとしてフロントトランクリッドとリアフェンダー下部をレッド、ドアショルダー部からリアスタビライザーフィンがアイスブルーで塗装されていた。ドライバーシートを中央に、左右のやや後方にパッセンジャーシートを配した3シーターで、サイズは全長5603mm、全幅2024mm、全高1222mm、ホイールベース2667mm。(Photos:Ford Motor Company)

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上の2点は1954年に発表された「フォード ミスティア(Mystere)」。リアエンジン車でガスタービンまたは通常のエンジンのどちらも搭載可能であった。デザインの特徴はバブルタイプキャノピーで、前後キャノピーの間にロールバーを兼ねたスチールメンバーが装備され、フロントキャノピーは前ヒンジで跳ね上がり、同時にドアが開く。後部キャノピーは固定式で、乗車定員は4名。ステアリングホイールは前席左右どちら側にも移動可能であった。キャノピーの上部中央にはエアインテークがあり、室内の空調システムに必要な外気を取り入れる。リアホイール前方にはガスタービン冷却用のエアインテークが付き、巨大なフロントバンパーポッドにはオイルクーラーリザーバーが収められている。早くも4灯式ヘッドランプを採用している。サイズは全長5588mm、全幅2032mm、全高1321mm、ホイールベース3073mm。(Photos:Ford Motor Company)

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「ミスティア」のデザインをサイドモールディングに取り入れた1955年型フォード。これはハイエンドモデルのフェアレーン クラウンビクトリアで「XL-500」に近いBピラーとルーフ前半には透明なパネルが装着されていた。

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1954年3月、シカゴオートショーに登場した「マーキュリー モントレー(Mercury Monterey)XM-800」。XM-800は遠い未来のクルマではなく、すぐにでも量産に移せることを前提に開発された、4人乗りの2ドアハードトップクーペで、リアフロアを低くする新しいフレーム構造を持ったシャシーに、ファイバーグラスボディーを架装している。エンジンを冷却するための十分な空気を取り入れるため、「フューチュラ」と同じ内側に湾曲したコンケーブフロントグリルに加えて、エンジンフードにもエアスクープを設置している。サイズ(カッコ内の数字は1954年型マーキュリー モントレーハードトップ)は全長5268(5136)mm、全幅2002(1880)mm、全高1412(1628)mm、ホイールベース3023(2997)mm、最低地上高178(211)mm。(Photos:Ford Motor Company)

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上の5点は1955年に登場した「マーキュリー XM-ターンパイククルーザー」。この頃、発展を続ける高速道路網を走るドライバーたちに最大の視界とイージードライビングを提供すべく開発されたモデル。フロントシートの上のルーフは透明なプラスチックで、ドアを開くと跳ね上がり、楽に乗降できるようになっていた。外観で最も目を引くのは、ドア後端からリアフェンダー上部に12インチ幅の凹断面のチャンネルと、その後端につけられたV型の大きなテールランプであろう。ブレーキとターンシグナルランプはルーフ後端の左右に設置されている。フロントバンパー下のジェットポッドはボーイングB-47ストラトジェット、B-52ストラトフォートレスからヒントを得たものであろう。(Photo:Ford Motor Company)

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上の2点は「明日の世界から抜け出してきたようなドリームカーデザインの1957年型マーキュリー」のコピーとともに1957年シーズン途中から戦列に加わったターンパイククルーザー。XM-ターンパイククルーザーのデザインモチーフが取り入れられている。2次曲面のフロントウインドシールドの上面にはエアダクトが付き、リトラクタブルリアウインドーを持つ。ジェットポッドデザインは4灯式ヘッドランプ周りに採用されている。ターンパイクシリーズはマーキュリーの上級グレードで、他のシリーズが2576~3430ドルであったのに対し、3758~4103ドルと高価であった。

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上の2点は1957年に発表された「フォード ラ・ギャラクシー(La Galaxie)」。ホイールベース3200mmのシャシーに全長5679mm、全高1316mmのボディーが架装されている。特筆すべきは、ウインドシールドからフード中ほどまで伸びる2本のポッドは、いま流行の自動停止装置の元祖ともいうべき、障害物に接近すると減速あるいは停止する仕掛けだが、この時点では完成していなかった。しかし、将来必ず実現できるだろうと予言している。フロントの両端にある巨大な円形のランプベゼルには霧の中でも透過する強力なランプが装着されているが、通常の走行にはフロントグリルに収められた横長の蛍光ランプで十分であった。左右に1枚ずつあるドアは非常に大きく、フロントシートを移動せずに後席に出入りできる新しいドアシステムが採用されていたが、詳細については公表できないと記されていた。(Photos:Ford Motor Company)

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ラ・ギャラクシーのリアエンド。「ビソラマ(Vis-O-Rama)」と称するテールランプとリアエンドの造形。トランクリッドは左右2分割され、両側から電動で開閉される。(Photo:Ford Motor Company)

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ラ・ギャラクシーの前席は独立した3つのパワーシートで構成され、いずれにもヘッドレストと、左右2席にはアームレストが備わる。後席は3人掛けのベンチシートとなっている。パワーシートの操作スイッチはインストゥルメントパネルに設置されていた。(Photo:Ford Motor Company)

 以上、フルサイズモデルを紹介したが、次に3/8スケールモデルの代表的なものを紹介する。

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1953年に発表された将来のレーシングカーの提案「メキシコ(Mexico)」。3/8スケールのファイバーグラスモデル。(Photo:Ford Motor Company)

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1955年に発表された「ラ・トスカ(La Tosca)」。これも3/8スケールのファイバーグラスモデルで、スライディング式プレキシグラス製キャノピーによって、簡単にセダンとコンバーティブルの両方が堪能できる。このモデルはラジコンカー(Radio-controlled car)で、最高速度5mph(8km/h)、2.4km離れたところからでも操縦できた。(Photo:Ford Motor Company)

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将来エアロカーも普及するのではなかろうかと1955年に発表された「ボランテ」。浮上と推進のためのパワーユニットはフロントに1基(逆回転する2段のブレードを持つ)、リアには逆回転することでトルクをオフセットする2基を装備する。(Photo:Ford Motor Company)

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1955年に発表された原子力カー「ニュークリオン(Nucleon)」。オーナーが希望する出力の脱着可能な原子炉をリアに積み、1回の充填で8000km以上走行できるという。原子炉は重いため前輪を極端に後退させて前後輪の重量バランスを保っている。実現は難しいだろう。(Photo:Ford Motor Company)

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1955年に発表された未来のスポーツカーの提案「デ・パオロ(De Paolo)」。(Photo:Ford Motor Company)

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1955年に発表された高性能車の空力を探究するためのモデル「オクラホマン(Oklahoman)」。フロントフェンダーサイドの大きなポートホールはエンジンルーム内の熱気を抜くウェイストゲート。(Photo:Ford Motor Company)

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これも1956年に発表された空力探究車「X-1000」。バブルタイプキャノピー、ジェットポッド型フェンダー、垂直尾翼のような巨大なテールフィンには魚雷型のテールランプが付き、この中にはクルマの接近を知らせるワーニング装置が内蔵される。(Photo:Ford Motor Company)

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これも1956年に発表された「X-2000」。楕円形のグリルと、その中央に縦型のバンパーを装備する。リアフェンダー上にはロケットのようなテールランプが付くが、代わりにテールフィンを装着したモデルも作られていた。(Photo:Ford Motor Company)

 正確な制作時期は不明だが、1950~60年代初めにフォードのスタイリング部門で描かれた、21世紀あるいは未来の交通想像図の内、5点を紹介する。半世紀前にフォードのスタイリストたちがどんな夢を見ていたかが想像できる。

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「モータリストたちは幅が1/2マイル(800m)もあるハイウエイを使って大陸横断をしている。パッセンジャーは快適なクラブカーシートに座って談笑しながら旅を楽しみ、自動運転によってドライバーもこの輪に加わることが出来るだろう」と記されている。このイラストが描かれたころは夢であったが、今や自動運転は現実のものになりつつある。(Photo:Ford Motor Company)

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50年前に描かれた、未来の高速道路のインターチェンジ。クルマはコントロールタワーから誘導され、ドライバーは希望する車速のレーンに入ると、後は自動運転となる。イラストにはレーン速度を表示する大型のオーバーヘッドインジケーターが描かれ、速度は100(161)、125(201)、150(241)、175マイル(282km/h)とある。(Photo:Ford Motor Company)

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50年前に描かれた未来のビーチハウス。水面より低い位置にカクテルラウンジがあり、そのルーフ上には進化した通常の乗用車が2台駐車しており、更にその上にはヘリコプター型エアロカー。右上には1台のエアロカーがホバリングしているのが見える。左手前には1台のアクア・ランナバウトがまさにランディングしようとしている。(Photo:Ford Motor Company)

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郊外と都市部は今日(50年前のこと)では考えられない高速のモノレールトレインで結ばれ、住まいの最寄り駅には奥さんや子供たちが出迎えている。描かれているクルマやファッションに注目。最近、サンフランシスコとロサンゼルス間約840kmを3時間以下で結ぶ計画があり、わが国も新幹線の売り込みを進めている。クルマと飛行機に加えて高速鉄道が移動手段となるのも近いようだ。(Photo:Ford Motor Company)

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21世紀は宇宙旅行も気楽にできるようになり、これは月への定期便「ルナーライナー(Lunar Liner)」。ドリームカーの傍らで語らう男性がタバコをくゆらせているが、50年後が喫煙者にとって住みにくくなることまでは想像できなかったようだ。(Photo:Ford Motor Company)

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執筆者プロフィール

1937年(昭和12年)東京生まれ。1956年に富士精密機械工業入社、開発業務に従事。1967年、合併した日産自動車の実験部に移籍。1970年にATテストでデトロイト~西海岸をクルマで1往復約1万キロを走破し、往路はシカゴ~サンタモニカまで当時は現役だった「ルート66」3800㎞を走破。1972年に海外サービス部に移り、海外代理店のマネージメント指導やノックダウン車両のチューニングに携わる。1986年~97年の間、カルソニック(現カルソニック・カンセイ)の海外事業部に移籍、うち3年間シンガポールに駐在。現在はRJC(日本自動車研究者ジャーナリスト会議)および米国SAH(The Society of Automotive Historians, Inc.)のメンバー。1954年から世界の自動車カタログの蒐集を始め、日本屈指のコレクターとして名を馳せる。著書に『プリンス 日本の自動車史に偉大な足跡を残したメーカー』『三菱自動車 航空技術者たちが基礎を築いたメーカー』『ロータリーエンジン車 マツダを中心としたロータリーエンジン搭載モデルの系譜』(いずれも三樹書房)。そのほか、「モーターファン別冊すべてシリーズ」(三栄書房)などに多数寄稿。

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