三樹書房
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第11回  A項-10 アストン・マーチン(1)
2013.10.28

「アストン・マーチン」は少しでも自動車に関心のある人なら間違えなく知っているスポーツカーの名門で、歴史は古く1913年まで遡る。しかし、その創世期には ほぼ10年に1度ずつ倒産の危機に見舞われ、その都度救世主が現れて不死鳥のように奇跡の復活を繰り返してきたという厳しい現実があった。造られる車もその時代ごとに特徴があるのでそれぞれに区切って解説を進めたい。
第1期 1913-25年  ライオネル・マーチンの時代(創成期)
第2期  1926-36年  A.C.ベルテリの時代
第3期 1936-46年  サザーランドの時代
第4期 1948-72年  デビッド・ブラウン(D.B)の時代
第5期 1972-75年  カンパニー・デベロップメンツ社の時代(経営者)ウイリアム・ウイルソン
第6期 1975-84年  アストン・マーチン・ラゴンダLtd.の時代(経営者)アラン・カーティス

<第1期・創世記 1913~25年>  バムフォード&マーチンの時代
1913年、ライオネル・マーチンとロバート・バムフォードが英国車「シンガー」のチューンナップから始め、その後「ブガッティ・ブレシア」を範としたスポーツカーの自製を図る。1922年から25年までに約60台が生産販売された。

< 1922 1.5リッター DOHC 16バルブGPカー >
創成期の市販車は残念ながら写真を撮っていないが、同時期に造られたスペシャルGPカーがこの写真で、ポーランドの貴族ルイス・ズボロウスキー伯爵の依頼で2台造られた。#33はズボロウスキー伯自身が、#8は伯爵のメカニック、クライブ・ギャロップがドライブしてフランスGPに出走した車そのものである。

01-1a 1922 Aston Martin B&M GP_edited-1.jpg
01-1b 1922 Aston Martin B&M GP_edited-1.jpg
(写真01-1a,b) 1922 1.5Litre DOHC 16-Valves GP Car (2000-06 シルバーストーン・サーキット/イギリス)
広い駐車場の向こうにズラリと並んでいるのは、本場英国のアストンマーチン・クラブが開いたミーティングに集まった戦前の名車たちで、この後順次登場するので乞うご期待。


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(写真01-2)1922 1.5Litre DOHC 16-Valves GP Car(2007-06 ビューリー自動車博物館/イギリス) こちらは#8番で、メカニックのギャロップがドライブした車も博物館で偶然発見した。


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< 1925 1.5リッター DOHC 16バルブGPカー >
この車は1925年イギリスのジェントルマン・ドライバー ハンフリー・クックの注文で造られたGPカーで、ブルックランズ200マイル・レースに出走するもクラッシュ、戦後修復されて1987年からは神戸の愛好家の元にある。

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(写真02-1)1925 1.5Litre DOHC 16-Valves GP Car (2000-06 シルバーストーン/イギリス)
写真はクラブ・ミーティングのため遥々日本の神戸から参加した際イギリスで撮影したもの。

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< 1923 1.5リッター 11hp 単座ワークスカー (レザーブレード) >
「レザーブレード」(カミソリの刃)と呼ばれるこの車のラジエターは、アストンとしては珍しい横段型のシャッターを持っている。ボディの幅が47センチしかないシングル・シーターで、ブルックランズ・コースでのライトカー初の100マイル越えを狙って造られたが残念ながら「AC」に先を越された。(その「AC」の写真はこのシリーズ第3回に紹介あり)

03-1a (07-06-03_1089) 1923 Aston Martin 11hp RazorBlade.JPG
03-1b (07-06-03_1090) 1923 Aston Martin 11hp Razorblade.JPG
(写真03-1a)(03-1b) 1923 1.5Litre 11hp Single Seater Works Car  (2007-06 グッドウッド/イギリス)僕はこの車に見覚えが有った。1981年「カーレース・グラフティ」と言う雑誌の見開きに、恐ろしく幅の狭いレースカーを正面から写した写真があって強く印象付けられて居たからだ。だから25年以上経っていたのにイギリスで見つけたとき即座に「あれだ!」と判った。実は前日外皮を殆ど外しストリップ・ダウンした貴重な写真を撮ったのだが、ホテルに帰って資料を編集している時に誤って消去してしまうという大失敗を犯しデジタルの怖さを知った。幸い翌日も会場に行ったのでこの写真を撮ることが出来た。

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<第2期 1926~36> A.C.ベルテリ時代(アストン・マーチンモータースLtd.)
「経営者」アウグストゥス・チェザーレ・ベルテリの出身はイタリアで、「設計者」であり「ワークスドライバー」でもあった。彼の在任中の10年は戦前のアストンマーチンを代表する殆どのモデルが造られているので、わかり易く整理すると次のようになる。

   1.5リッター マークⅠ  初期型   1927-28 T-type、S-type (15台)
   .................................... 1stシリーズ 1928-32 インターナショナル (113台)
   .................................... 2ndシリーズ 1932-33 ニューインターナショナル(20台)
   . ................................................... 1932-34 ルマン(72台)
   ..................................................... 1933-34 12/50 スタンダード(20台)

   1.5リッター マークⅡ        1934-36 MkⅡショート(56台)
   ............................... ..................... 1934-35 MkⅡロング (61台)
   . ............................. ..................... 1934-35 アルスター(17台)

. *この時期のエンジンは全て1.5リッターの右吸気、左排気である。

<1927-28 T-type, S-type >
ベリテリ時代の最初のモデル「Tタイプ」の1台が1930年代の始めに輸入され1945年戦災で焼失してしまったが、これが戦前日本に存在した唯一の存在で、勿論僕は見ていない。

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<1.5リッターマーク11stシリーズ1928-32 インターナショナル>
生産型Sタイプを基に造られたワークスカーが「LM1」「LM2」で、このエンジンを使って造られた生産者が「インターナショナル」である。2/4シーターが代表的だが、名称は「ボディ・タイプ」ではなく「シャシー・タイプ」を表すものなので色々なボディーが載せられている。

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(写真04-1a,b) 1930 International 2-seater (2009-03 東京コンクール・デレガンス/六本木ヒルズ)殆どが4シーターで「インターナショナル」と言えば垂直のリアにスペヤイヤを背負っているのが典型的なボディだが、写真の車は数少ない2シーターで、テールも丸みを持っている。


04-2a(00-31-24) 1929-32 AstonMartin International 2/4Seater Sport.jpg
04-2b(00-31-26) 1929-32 AstonMartin International.jpg
(写真04-2a,b) 1929-32 International 2/4-seater (2000-06 シルバーストーン/イギリス)
前の車と同じ系統のボディを持っているが、こちらは4シータでである。


04-3a 272-50 1930 Aston Martin International.jpg
(写真04-3) 1930 International 2/4-seater (1973-09 安宅産業コレクション/玉川高島屋)
この車は僕が初めて見たアストンマーチンで、典型的な2/4シーターのボディを持っている。イベントのタイトルは「安宅コレクション」となっているがこの車は神戸在住のコレクターから特別出展されたものである。

04-4a(00-32-12) 1929-32 AstonMartin International.jpg
04-4b(00-32-09) 1929-32 AstonMartin International.jpg

04-5(00-32-10) 1929-32 AstonMartin International.jpg

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04-7(00-33-35) 1929-32 AstonMartin International.jpg
(写真04-4a,b)(04-5~04-7) 1929-32 International 2/4-seater (2000-06 シルバーストーン/イギリス)写真の4台はイギリスのアストンマーチン・クラブのミーティングで撮影したもので、2/4シーターの典型的なスタイルを持っている。「ベルテリ」時代のボディは弟の「エンリコ」がデザイン・制作を担当していたので、このデザインがカタログ・モデルとして一番多く造られたのだろう。

04-8a 11-10-29_163 1930 Aston Martin 1.5Litre International.JPG
04-8b 11-10-29_164 1930 Aston Martin 1.5Litre International.JPG
(写真04-8a,b) 1930 International 2/ 4-seater (2011-10 ジャパン・クラシック・オートモビル/日銀本店前)我が国にも数台のインターナショナルが存在するが中でも一番良く写った1台を紹介する。

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(写真04-9) 1930 International 2/4-seater (1997-05 ミッレミリア/イタリア)
アストンマーチンはミッレミリアでも数多く撮影しているが、有名な「フータ峠」(Passo Della Futa)が背景のこの写真を選んだ。


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<1.5リッター マークⅠ 2ndシリーズ 1932-34 ルマン >
1932年機構的な変化を受けセカンド・シリーズとなった。それまで部品の殆どを自社製造していたがこの機会に最大限外注に切り替えコストダウンを図った。テールに大型スラブ・タンクを背負い、V型の低いラジエターを持つ「ルマン」は「インターナショナル」と共に、アストンマーチンを代表するお馴染みのスタイルだ。

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(写真05-1a,b)(05-2)(05-3) 1932-34 LeMans 2/4-Seater (2006-06 シルバーストーン/イギリス)

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(写真05-4) 1933 LeMans 2/4-seater (1980-05 筑波サーキット)


  
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<1.5リッターマークⅠ 2nd シリーズ 1933-34 12/50 スタンダード・モデル>
12/50 スタンダード・モデルは「ルマン」のロングホイール版だが国内では見たことがなく知名度も低い。
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06-1b (00-35-24) 1933-34 AstonMartin 12/50 Standerd Sports Touarer.jpg

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(写真06-1a,b)(06-2) 1933-34 12/50 Standard Model Sports Tourer (2006-06 シルバーストーン/イギリス)「ルマン」モデルでは背中に背負って居たタンクは内蔵され、スペア・タイヤはトランクに埋め込まれて斜めに背負っている。

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 < 1.5リッター マークⅡ 1934-36 ショート/ロング/アルスター >
1933年秋1.5リッターのままマークⅡとなった。マークⅡには8'7"の「MkⅡShort」と、10'の「MkⅡLong」があり、そのほかに、2シーター・レースバージョンの「アルスター」があった。今では簡単に「マークⅡ」と呼ばれているが、1934年の広告では「ルマン・マークⅡ」となって居り、発売時点では「ルマン」の後継モデルと位置付けられていたようだ。
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(写真07-1a,b)(07-2)(07-3)(07-4) 1934-36 MarkⅡ Short 2/4-Seater (シルバーストーン/イギリス)「マークⅡショート」のボディは2/4シーターで「ルマン」と殆ど同じだが、メッキのラジエター・グリルが付いた。これはサーモスタットで開閉する。

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(08-1a,b)(08-2)(08-3) 1934-36 MarkⅡ Long 2/4-Seater (シルバーストーン/イギリス)
「マークⅡ ロング」は前から見ると「ショート」と同じだが、後部の処理は「12/50 スタンダード」と同様斜めに傾斜したトランクとそこに半分埋め込まれたスペア・タイヤを持つ。

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(写真08-4)(08-5)(08-6a,b) 1934-36 MarkⅡ Long 2 Drophead Coupe/Sport Saloon
(シルバーストーン/イギリス)日本ではスポーツカーと位置づけされている「アストンマーチン」はフル・オープンが主体で、写真のようなお洒落なスポーツサルーンなどには国内では1度も出逢った事がない。だから、アストンマーチンに関心をお持ちの方にとっては珍しい写真ではないだろうか。

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09-1b 1935 AstonMartin Ulster.jpg

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(09-1a,b)(09-2) 1934-36 MarkⅡ Ulster (シルバーストーン/イギリス)
マークⅡのショートシャシー版(8フィート7インチ)をベースに造られたワークスカー「アルスター」の市販バージョン。スペア・タイヤを後部に水平に収納する独特のスタイルが特徴。

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< 1928-35 ワークスカー LMシリーズ>
アスチンマーチンのワークスカーは「LM」の記号を持ち「LM1」から「LM21」まで存在する。最初の2台1928 年の「LM1」「LM2」は生産型「S-type」がベースとなり、このワークスカーから生まれたのが「インターナショナルである。写真の4台は1934-35年ルマンに参加した車で、ワークスとしては最晩年のもの。「マークⅡショート」をベースに開発され、市販車「アルスター」となった。

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(写真10-1)(10-2) 1934 1.5Litre WorksCar LM14/LM15 (2006-06 シルバーストーン/イギリス)


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(写真10-3)(10-4a,b) 1935 1.5Litre WorksCar LM17/LM20 (2006-06 シルバーストーン/イギリス)


今回は戦前を全て紹介する予定で始めたが「ベリテル時代」の1936年までで一杯になってしまった。次回は1936年の「サザーランド時代」から戦後のデビッド・ブラウン(D.B.)時代を紹介する予定です。

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第56回 E項-1 エドセル、エドワード、E.R.A、エルミニ、エセックス、エヴァ、エクスキャリバー

第55回  D項-8 デューセンバーグ・2

第54回 D項-7 デューセンバーグ・1

第53回  D項-6 デソート/ダッジ

第52回 D項-5 デ・トマゾ

第51回 D項-4 デイムラー(英)

第50回 D項-3 ダイムラー(ドイツ)

第49回  D項-2 DeDion-Bouton~Du Pont

第48回 D項-1 DAF~DeCoucy

第47回 C項-15 クライスラー/インペリアル(2)

第46回 C項-14 クライスラー/インペリアル

第45回 C項-13 「コルベット」

第44回 C項-12 「シボレー・2」(1950~) 

第43回 C項-11 「シボレー・1」(戦前~1940年代) 

第42回  C項-10 「コブラ」「コロンボ」「コメット」「コメート」「コンパウンド」「コンノート」「コンチネンタル」「クレイン・シンプレックス」「カニンガム」「カーチス]

第41回 C項-9 シトロエン(4) 2CVの後継車

第40回  C項-8シトロエン2CV

第39回  C項-7 シトロエン2 DS/ID SM 特殊車輛 トラック スポーツカー

第38回  C項-6 シトロエン 1 戦前/トラクションアバン (仏) 1919~

第37回 C項-5 「チシタリア」「クーパー」「コード」「クロスレー」

第36回 C項-4 カール・メッツ、ケーターハム他

第35回 C項-3 キャディラック(3)1958~69年 

第34回  C項-2 キャディラック(2)

第33回 C項-1 キャディラック(1)戦前

第32回  B項-13  ブガッティ(5)

第31回 B項-12 ブガッティ (4)

第30回  B項-11 ブガッティ(3) 

第29回 B項-10 ブガッティ(2) 速く走るために造られた車たち

第28回 B項-9 ブガッティ(1)

第27回 B項-8 ビュイック

第26回 B項-7  BMW(3) 戦後2  快進撃はじまる

第25回 B項-6 BMW(2) 戦後

第24回  B項-5   BMW(1) 戦前

第23回   B項-4(Bl~Bs)

第22回 B項-3 ベントレー(2)

第21回 B項-2 ベントレー(1)

第20回 B項-1 Baker Electric (米)

第19回  A項18 オースチン・ヒーレー(3)

第18回  A項・17 オースチン(2)

第17回 A項-16 オースチン(1)

第16回 戦後のアウトウニオン

第15回  アウディ・1

第14回 A項 <Ar-Av>

第13回  A項・12 アストンマーチン(3)

第12回 A項・11 アストンマーチン(2)

第11回  A項-10 アストン・マーチン(1)

第10回 A項・9 Al-As

第9回 アルファ・ロメオ モントリオール/ティーポ33

第8回 アルファ・ロメオとザガート

第7回 アルファ・ロメオ・4

第6回 アルファ・ロメオ・3

第5回 アルファ・ロメオ・2

第4回  A項・3 アルファ・ロメオ-1

第3回  A項・2(Ac-Al)

第2回  「A項・1 アバルト」(Ab-Ab)

第1回特別編 千葉市と千葉トヨペット主催:浅井貞彦写真展「60年代街角で見たクルマたち」開催によせて

執筆者プロフィール

1934年(昭和9年)静岡生まれ。1953年県立静岡高等学校卒業後、金融機関に勤務。中学2年生の時に写真に興味を持ち、自動車の写真を撮り始めて以来独学で研究を重ね、1952年ライカタイプの「キヤノンⅢ型」を手始めに、「コンタックスⅡa」、「アサヒペンタックスAP型」など機種は変わっても一眼レフを愛用し、自動車ひとすじに50年あまり撮影しつづけている。撮影技術だけでなく機材や暗室処理にも関心を持ち、1953年(昭和28年)1月には戦後初の国産カラーフィルム「さくら天然色フィルム」(リバーサル)による作品を残している。著書に約1万3000余コマのモノクロフィルムからまとめた『60年代 街角で見たクルマたち【ヨーロッパ編】』『同【アメリカ車編】』『同【日本車・珍車編】』『浅井貞彦写真集 ダットサン 歴代のモデルたちとその記録』(いずれも三樹書房)がある。

関連書籍
浅井貞彦写真集 ダットサン 歴代のモデルたちとその記録
60年代 街角で見たクルマたち【ヨーロッパ車編】
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