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第11回 コペンの屋根:リトラクタブルハードトップ
2012.9.27

 2012年8月末、ユニークな軽自動車がひとつ生産を終えた。ダイハツ「コペン」である。クーペかと思っていると、あっというまに金属製の屋根がトランクの中に納まって、完璧なオープンカーが出現するという、まるで手品のようなクルマだ。 1999年の第33回東京モーターショーに初めて姿を現したときは、軽(K)のオープン(Open)だからコペン(KOPEN)と呼ばれていたが、開発を進めていくと、予想以上に良くできてしまった。こりゃ軽の域を越えているから、コンパクト(Compact)のオープンだ。というわけで、コペンはコペンでも英字スペルをCOPENとした。ターボをおごった軽の動力性能は小型車に負けないし、音にもかなり気をつかって静かだからなおさらだ。
 このクルマ、とにかく"カワイ~"のだ。小さいけれど存在感はある。運転していると多くの視線を感じる。その視線はおおむね友好的だ。だから、街中で屋根を開閉してもキザだ! とは思われない。幌つきのオープンカーより耐侯性は良く、いたずらされる心配も減るし、良いのだが、唯一の欠点はオープンにしたときのトランクルームの狭さだろう。だが、苦情は意外に少なかったようだ。楽しさが勝るのだろう。

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上の2枚は1999年の第33回東京モーターショーに参考出品車として登場した「KOPEN」。電動格納式ハードトップを採用し、660cc 4気筒DOHCターボ64馬力エンジン+スポーツシフト付き電子制御4速ATを積み、4輪ダブルウイッシュボーン独立懸架、4輪ディスクブレーキ、165/55R15という、かなりスポーツカーなスペックであった。

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2001年の第35回東京モーターショーに「COPEN」の名前で参考出品されたあと、2002年6月に発売されたコペン。660cc 4気筒DOHCターボ64馬力エンジン+スポーツシフト付き電子制御4速ATまたは5速MTを積み、サスペンションは前輪がマクファーソンストラット、後輪がトーションビーム式トレーリングアームで、ブレーキは前輪ディスク、後輪ドラム、タイヤは165/50R15であった。
 これはカタログに載った生産ラインの写真で、匠の工房(エキスパートセンター)と呼ばれる専用ラインで、社内技能認定制度で認定された熟練した技能者集団によって手作りされた。
 「アクティブトップ」と称する電動開閉式ルーフの開閉に要する時間は約20秒。価格はAT、MTとも149.8万円であった。発売から4ヵ月後には受注台数累計1万台を突破し、2009年5月には国内販売累計5万台を達成している。

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これは生産終了4ヵ月前の4月に発売された、ダイハツ軽オープン・スポーツカー「コペン」特別仕様車「10th アニバーサリーエディション」。アルミスカッフプレートカバー(ドアを開けたときの敷居部分のカバー)に10th アニバーサリーロゴとシリアルナンバーが付き、ブラックメッキフロントグリルや本革製スポーツシートを採用して特別感、プレミアム感を演出していた。価格はAT車180.0万円、MT車182.0万円で標準のアクティブトップより10.5万円高であった。

 コペンを取り上げたついでに、リトラクタブルハードトップ(Retractable Hardtop:引っ込められるハードトップ)のルーツについてすこし紹介しよう。

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電動格納式ハードトップの歴史は意外と古く、1934~1935年に生産されたプジョー401D(1720cc)および601D(2147cc)のクーペ・トランスフォルマブル・エレクトリク(Coupé transformable électrique)が最初である。上の2枚は401Dで、これらのモデルは、屋根が消えてしまうので、「エクリプス(Éclipse)」、あるいは、考案者の名前から「ポーリン(Paulin)・カー」とも呼ばれた。

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上の2枚は1935~1938年に生産されたプジョー402Lのカタログ。402Lには電動開閉式のほかに手動で屋根を開閉するモデル(上の茶色のクルマ)も追加された。コーチ・トランスフォルマブル・メタリク(Coach transformable métallique)と呼ばれ、 クォーターウインドーがあることで容易に識別できる。

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これは1940年に米国クライスラー社がコーチビルダーのル・バロン社のカスタムボディーショップに6台だけ造らせたアイデア/ショーモデルのクライスラー・サンダーボルト(Thunderbolt)で、電動のリトラクタブルスチールトップを持つ。 6台とも外部に売却されたが、1台はW. P. クライスラー・ミュージアムに戻っている。

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これは1947年に登場したリトラクタブルハードトップを持ったプレイボーイの広告。米国ニューヨーク州バッファローで創業した会社で、1940年にプロトタイプを完成していたが、第2次世界大戦が勃発したため中断。生産開始は1947年であった。ホイールベース90in(2286mm)、全長155in(3937mm)のコンパクトな車体にハーキュレス(Hercules)製またはコンチネンタル(Continental)製の4気筒40馬力エンジン+ワーナー(Warner)製3速ATを積んでいた。屋根の開閉は手動だが、カウンターバランスによりスムースに行なえたという。1951年の倒産までに生産されたのは100台に満たなかった。

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上の2枚は1957年型フォード・フェアレーン500スカイライナー。「世界で唯一のハイダウエイ(Hide-Away:隠れた、人目につかない)ハードトップ」と謳っている。屋根は7個のモーターで開閉され、開閉に要する時間は48~55秒であった。開発は1953年に始まり、当初リンカーン・コンチネンタルに使う予定であったが要らないと言われ、フォードにまわってきたという。価格はフォードブランドでは最も高く、ソフトトップのコンバーティブルが2,605ドルで買えたのに、2,942ドルと13%も高かった。 さらに、致命的だったのはイラストでも分かるように、米国で使うにはオープン時のトランクルームの狭さだった。 しかし、信頼性は非常に高く、屋根の開閉機構の故障はほとんど無かったと言われる。 生産台数は57年型2万766台、58年型1万4713台、59年型1万2915台、合計4万8394台。欧州の自動車博物館でもときどき見かけるなど、コレクターズアイテムとなっている。

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デアボーン工場における1957年型フォード・フェアレーン500スカイライナーのアッセンブリーラインの様子。

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上の2枚は1996年7月発表されたメルセデス・ベンツSLK。 日本での発売は1997年1月であった。 メルセデスはバリオルーフ(Vario roof)と称する。 屋根は電動油圧ポンプと5個の油圧シリンダーで開閉される。開閉に要する時間は約25秒。日本での価格は480~630万円であった。

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1998年のジュネーブ・ショーで元祖プジョーが発表したコンセプトカー、20 ♡(ハート)。 これがのちに206CCに発展した。

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2000年のパリ・ショーで発表されたプジョー206CC。 CCはCoupé Cabrioletの意。 日本での発売は2001年4月であった。 プジョーはリトラクタブルルーフと称する。 屋根は電動油圧ポンプと5個の油圧シリンダーで開閉される。開閉に要する時間は約20秒+ウインドーグラスの上下に8秒。 日本での価格は279~294万円であった。その後、兄貴分の307CCも発売されている。

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上の2枚は2000年5月に発売された日産シルビア コンバーチブル・ヴァリエッタ(Varietta:イタリア語のVarietà〈変化〉からの造語)。国産初のフルオープンタイプの電動メタルルーフ(日産はヴァリアブル・メタルルーフと称した)を採用。 屋根は2個のモーターによって約20秒で開閉される。架装はオーテックジャパンが担当。279.8万円(5MT)、289.5万円(AT)。このクルマは前年の第33回東京モーターショーに参考出品されて好評を博したので市販化されたのだが、残念ながら2002年8月に生産は打切られた。我が家のすぐ近くに1台生息する。

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1999年の第33回東京モーターショーに参考出品されたレクサス・スポーツクーペ。 2001年4月に発売されたトヨタ・ソアラの原型。

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2001年のジュネーブ・ショーで配布されたレクサスSC430のカタログ。 日本国内では2001年4月、トヨタ・ソアラ 430SCVとして発売された。トヨタはメタルトップコンバーチブルと称する。屋根は8個のモーターで開閉され、 開閉に要する時間は約25秒。ソアラ 430SCV の価格は600万円であった。

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上の2枚は2002年の北米自動車ショー、通称デトロイト・ショーで発表された2004年型キャデラック XLR。1999年デトロイト・ショーで発表された、リトラクタブル・ハードトップをもつ新しいキャデラックのイメージづくりを狙ったコンセプトカー、キャデラック・イヴォーク( Evoq)を量産型に仕立てたモデル。屋根は電動油圧ポンプと8個の油圧シリンダーで開閉される。屋根の開閉モジュールはドイツのカー・トップ・システムズ社製。開閉に要する時間は30秒以内。タコメーター外周にはゲージ類のデザインを担当したイタリアのBVLGARI(ブルガリ)の文字が入り、ラグジュアリーな雰囲気を演出している。

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2006年に登場したフォルクスワーゲン・イオス(Eos)。世界初の画期的な5分割式ルーフシステムによって、短めのAピラーによる圧倒的な解放感を得るとともに、電動ハードトップとして初めてチルト機構付きの大型ガラススライディングルーフを実現している。複雑な機構にもかかわらず開閉に要する時間は約25秒であった。残念ながら日本国内での販売は2009年に終了してしまった。3.2ℓ V6 250馬力+6速DSGの498.0万円と、2.0ℓ 直4ターボ200馬力の459.0万円(受注生産仕様として438.0万円のモデルもあった)が設定されていた。

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2006年8月に3代目マツダ・ロードスターに追加設定されたロードスター・パワーリトラクタブルハードトップ。3分割されたルーフをソフトトップモデルと同じくホイールベース間のシートバックスペースに収納するという世界初のシステムにより、トランクスペースをまったく犠牲にしない画期的な仕掛けを持つ。2つのルーフモーターと2つのリアデッキモーターによって開閉は約12秒で行なわれる。スポーツカーの命である走りを犠牲にしないため、システムの軽量化を図り、ルーフのアウターパネルは軽量で成形性に優れたSMC(シートモールディングコンパウンド)を、インナーパネルには強度の高いGFPP(ガラス繊維強化ポリプロピレン)を使い、さらにはボディー補強の最適化によってボディー剛性を確保した結果、車両重量はソフトトップモデルよりわずか37kg増に抑えている。価格は240.0~280.0万円で、同じグレードのソフトトップに比べ20万円高であった。

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執筆者プロフィール

1937年(昭和12年)東京生まれ。1956年に富士精密機械工業入社、開発業務に従事。1967年、合併した日産自動車の実験部に移籍。1970年にATテストでデトロイト~西海岸をクルマで1往復約1万キロを走破し、往路はシカゴ~サンタモニカまで当時は現役だった「ルート66」3800㎞を走破。1972年に海外サービス部に移り、海外代理店のマネージメント指導やノックダウン車両のチューニングに携わる。1986年~97年の間、カルソニック(現カルソニック・カンセイ)の海外事業部に移籍、うち3年間シンガポールに駐在。現在はRJC(日本自動車研究者ジャーナリスト会議)および米国SAH(The Society of Automotive Historians, Inc.)のメンバー。1954年から世界の自動車カタログの蒐集を始め、日本屈指のコレクターとして名を馳せる。著書に『プリンス 日本の自動車史に偉大な足跡を残したメーカー』『三菱自動車 航空技術者たちが基礎を築いたメーカー』『ロータリーエンジン車 マツダを中心としたロータリーエンジン搭載モデルの系譜』(いずれも三樹書房)。そのほか、「モーターファン別冊すべてシリーズ」(三栄書房)などに多数寄稿。

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