第14回 嫁入り前の江戸時代女子

 「嫁入り前」いい響きです。「嫁入り前の体なのに......」「嫁入り前の娘に何をするの?」うら若くて可憐な娘さんの姿がイメージされる言葉です。「嫁入り前」......一生使いたいくらいです。 
 江戸時代の嫁入り前事情はどんな感じだったのでしょう。まだ子ども同士の時に双方の親が婚約を締結する場合があり、「許嫁」と呼ばれます。いいなずけ、この言葉もいい響きです。
「色事のけもない時にいい名付け」
「かわゆくもにくくも無いといい名つけ」
 相手に対しては恋愛感情も全然なく、家同士の取り決めでした。将来の夫を何と呼んでいいかわからず、兄さんと言ったりします。それもまた萌えますが......。
「兄さんと言ふなと叱るいひなづけ」
「昼ばかり兄さんといふおもしろさ」
昼のお兄さんはいつしか夜はけだもののように......。
「あにさんあにさんといふ内にはらみ」
「いい名づけいつの頃にやちぎりけん」
親が決めた相手であっても、年頃になれば自然と性欲が芽生えるようです。
また、許嫁には「客分」という立ち位置もありました。年が若すぎたり、易占いなどでタイミングが良くないと、しばらく婚約の状態のまま娘を婿の家に置きます。
「客分といはるる女立のまま」
「客分といふ内息子でかくする」
「客分をやめねばならぬ腹に成り」
将来の夫は、一つ屋根の下に若い娘がいたら、つい行為に及び、妊娠することも。いつの間にかお腹が大きくなった許嫁。でも婚約相手なので大目に見られていたようです。結婚前で親兄弟の目を盗んでいたす背徳感とスリルが良いのかもしれません。結婚していつでも許されるようになったら、逆に張り合いがなくなって倦怠期になりそうです。
 ところで、嫁には「裸嫁」「持参嫁」というシビアな区分けがあったようです。裸嫁、は文字通り身一つで嫁入りするバターン。貧しい家に生まれたけれど美しい娘は持参金なしでも喜んで迎えられるという、外見至上主義です。
「裸百貫は女も見事也」
「絵のやうな女房なんにも持って来ず」
「真っ裸顔の道具はよく揃ひ」
「いもじ迄先から出来るうつくしさ」
いもじとは、下着の意味。下着まで嫁ぎ先に準備してもらえるという至れり尽くせりぶり。まるでミスコンの賞品のようです。
「百両を男からとるうつくしさ」
お嫁さんの持参金は百両と言われていました。江戸時代初期は百両は10万円、中期は3~4万円という説があるので多く換算して1000万円も持参しなければなりません。美女の場合は無料、もしくは夫側からもらうくらいでしたが......。
 いっぽう、美しくない娘さんは、持参金を弾まないと結婚できませんでした。
「ぼた餅へ砂糖をつける持参金」
ぼた餅とは、当時醜女のことをこう表現していました。江戸時代の人、キツい......。砂糖は現金を表します。
「金を貰ふにつき嫁がついて来る」
「是は百両と申す嫁にて候ふ」
世知辛い事情ですが、婿の家が経済的に困って年の暮れに持参金付きの嫁を迎えることもあったそうです。
「福は内鬼は内だと暮の嫁」
鬼って......。持参金をもらっておいてひどい言いようです。
「一と目ほか見られぬ嫁を暮によび」
全ては持参金システムが元凶なのかもしれないと思えてきました。
美人の嫁→娘が生まれたら美人になる確率が高い→娘の持参金が必要ないどころかもらえる可能性が。なので美人嫁は金を生み出す存在として大切に扱う。
醜女の嫁→娘も醜女に→娘が嫁入りのとき多額の持参金が必要。
ということで、投資みたいなものなのかもしれません。目先の利益が欲しくて不美人の嫁を迎え入れた家も、将来的には持参金を払う羽目に......。
 現代では結納や持参金といった風習はすたれつつあるので、良かったです。そして平成の基準で見れば江戸時代の浮世絵の美人画も美人といっていいのか微妙な気がします。すべての価値観はうつりゆくものです。

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